sea
blue
3
血を流しすぎた所為か。
がくりとサンジの身体から力が抜けた。
急激に寒さを感じた。
鎖鎌で斬られた腕と背中は 思ったより深いのかも知れない。
ズキズキと疼いていた傷は 熱を持ち
その替わりにそれ以外の身体は震えがくるほどに寒い。
喉元から 競り上がる吐き気に噎せると 血の塊が飛び出した。
何度こうやって噎せたのか。
こんなに出るものかと思うくらい口から血は吐き出される。
体内から大量の血液を失うと人間は生命維持出来ないんだよ。
そう言ったチョッパーの言葉が頭をよぎる。
俺の血は 船にたどり着くまで持つのか。
そんな事を考えている間にも鉄の液体は吐き出される。
ぐったりとしたゾロは それには気付いていないようだ。
ゾロの彷徨う視線に 怪我を負った俺が映されないのがせめてもの救い。
でなければ こうも身体を預ける事などしないだろう この剣士は。
背中と共に撃たれた太ももがドクンドクンと存在を主張する。
支えているはずの俺の足がガクガクと縺れる。
肩から落ちそうになるゾロの手を掴もうとして 左腕から流れ出た血で滑ってしまった。
刀を持てるかどうか心配するゾロは 腕の感覚も無いらしい。
大丈夫だゾロ。そりゃ俺様の血だ。
テメェの・・・剣士の腕の傷は浅い。
毒が抜ければいつも通り刀を握れるだろう。多分。
世界一の剣豪になるんだろう、テメェは・・・。そんな傷クソでもねぇよ。
・・・・近いはずの船までの距離が・・・遠い。
・・・しつこい奴らだ。
後ろを付いてくる二つの気配にそう思う。
先程までは間合いを取っていたものが・・・殺意を纏って距離を詰めてきた。
甘く見られたもんだ。
・・・まだ俺はやれる・・・俺がやる。
「・・・よぉ。ちょっと・・・待っててくれるか。」
「あぁ、・・・行って来い。」
大きな木の根元に洞を見つけるとゾロを寄掛らせ 声を掛けた。
動けないゾロから離れなければ。
もたつく足を気合で進める。
二人を引き付けるように進んだ所で 男が飛び掛ってきた。
一人を足刀蹴りで沈めると もう一人に踵を落とす。頭蓋骨の砕ける音がした。
すぐに息のある男に近付くと 倒れた頭に脚を乗せた。
「おい!・・・解毒剤 よこしな。」
ヒュッと息をのむ音がして 足の下の体が僅かに動いてポケットから小さな小瓶を取り出す。
「・・・これか?」
僅かに頷いた頭に 置いた脚を持ち上げ 思い切り振り下ろす。それきり男はピクリとも動かなくなった。
「さぁて、・・・本物かね?」
水色の小瓶に入った透明な液体を日に透かす。
確かめてみるには 自分が飲んでみればいいのだが・・・
ゾロに刺さったのと同じ吹き矢を扱う男は つい先程も吹き矢を放ち サンジの肌を掠ったのを最後に息を引き取ったのだ。掠っただけなのにドクンと脈打つ腕。
「ヤベェかな・・・。」
あれだけ流したのにまだ有ったのかと思うほど血が集まる感覚。
「これって・・・一人分だよな。・・・あ。」
目指す方向には 木に邪魔されながらも羊の頭が見える。
ホッとするのと同時に周りの音が聞こえ出した。
ならず者の気配があった時は それに集中していた所為か 自然の音は耳に入らなかったのだが・・・気が付けば すぐ近くから水音が聞こえていた。
豊富に湧き出ている泉の水で喉を潤す。
知らぬうちに 身体が水を求めていたようだ。
血で汚れた口や顔、手を洗い流すと 気力が戻ったような気がした。
側にあった大きな葉を器にして綺麗な水を汲んだ。
目を開けてくれ。頼むから。
「・・・ゾロ・・・・・ゾロ・ゾロ・・・。」
声を掛けながら 口に水を含ませようとするが 飲まれる事は無い。
残り少なくなった水を口に含み かさつく唇に触れた。
舌で唇をこじ開けると 水を流し込む。
数回繰り返すと ゾロがようやく目を開けた。
焦点の合わない目で 俺を見る。
ぎこちなく笑いながら 手を少しだけ持ち上げた。
それ以上、上がって来ない手を 俺は自分の手で包むとそっと頬にあてた。
俺の手が 顔が 身体が 震えているのは気付かれないだろうか・・・。
血を失いすぎて 自分の身体が震える。
もう 自分の身体を維持する事で精一杯だ。
ゾロ・・・
・・・ゾロ・・お前を死なせやしねぇ・・・・
必ず助けるからな・・・。
頬に置かれた暖かいお前の手が 生命の力を主張している。
俺の大切な お前。
お前の命を感じたら涙が溢れて止まらなかった。
・・・この命を消してはいけない。
そう思った。
空いた左手でゾロの唇をなぞる。
傷を負い 毒が掠った為か上げるのも辛く 震えも止まらないが どうにか愛しい人の唇に指は触れた。
指先に彼を感じて、そのまま彼にキスをした。
今も暖かい 大好きな唇。
自分が消えたら 違う唇と触れ合うのだろうか。
「サンジ・・・先に船に行っててくれ。」
俺の名を・・・こんな時になって呼ぶのは 反則だぜ、クソ剣豪。
「・・・・・ゾロ。」
何度呼んでも飽きる事の無い その名前を後何回呼べるんだろう。
「・・・俺は・・大丈夫だから。・・・落ち・・着いたら・・後から・・行く。」
ゾロ 大好きだ・・・だからお前には生きていて欲しい。
「・・・そっか。・・・じゃ、先に行ってるから・・・お前はゆっくり・・・来いよ。」
ゾロ、必ず迎えを呼ぶ。もし・・もし何かあったら・・・お前をここに置いてった俺を 許さなくていいからよ。嫌ってくれていいから、 記憶の片隅で覚えててくれ。いや、忘れてくれてもいい。テメェが無事ならそれでいい。
そして、大剣豪を目指せ。
クソゴムの隣で 夢を叶えろ!。
んで、出来るなら、・・うまく間に合って・・・二人とも無事なら・・・又 会おうぜ・・・。
そん時ゃ、テメェのその憎らしくて愛しい笑顔を嫌と言うほど見せやがれ。
ま、俺は死ぬ気はねぇし、テメェを死なせるつもりもねぇけどな。
愛しのメリーちゃんに医者呼びにいかねぇと・・・・。
一回り大きな身体を抱きしめ 唇を寄せた。
「・・・了解。」
「ゾロ、・・・・・・愛してる・・・ぜ。」
愛なんて 言葉一度も言わなかったな 俺達。
くれてやっから・・・土産にとっとけよ。
無事助かったら そんときゃ笑い話にすればいい。
メリー号のキッチンのテーブルには金色のこの部屋の主がいた。
左手を力なく垂らし テーブルに寄掛るように凭れ 紫煙を燻らせている。泉で洗われた顔は意外なほど白く。
いつも賑やかなこのキッチンも 今は女部屋に運ばれたゾロの治療と 出航の準備に追われて静かだ。
手に入れた解毒剤は、チョッパーの検査で本物と認定され ゾロに投与された。
ギリギリ間に合いそうだよ、と泣きながら喜び帰船した船医の言葉にホッとした。
視界が暗くなってきて 吸い込まれる事のないままの小刻みに揺れるタバコを灰皿に置いた。
開いている筈のドアの向こうは まだ青空だろうか。
女部屋のゾロが気になるが、もう顔を上げるのもおっくうでいけねぇ。
優秀な船医が付いているから 任せていいだろう。
俺は、ここに戻って来れただけで充分だ。
なぁ、ゾロ。
このキッチンで 俺達始まったんだよなぁ。
喧嘩もいっぱいしたよな。
解り合えるまですげぇ遠回りしたけど お前と一緒に過ごせて・・・よかったよ。
お前の夢を、野望を、・・・俺の夢を、野望を、持ってお前は生きろ。
負担になんか思うなよ、お前が満足すりゃ 俺は結果なんかどうでもいいさ。
又 会った時に教えやがれ。
俺死んじまうのかな・・・
・・・神様って・・・いるのか?
突然思いついた事に
普段祈った事なんかないのにと 笑いが浮かぶ。
よぉ・・・神様。
もし、いるんなら、願いがある。
大切なあの人を救ってくれないか。
今日の事が 彼の枷とはならないよう・・・俺の死を優しく伝えてくれ・・・。
そして、もし・・・生まれ変わりがあるのなら どうか又、彼と・・・。
・・・・いつか、彼にめぐり逢えます様に・・・。
ゾロ。ゾロ・・。逢いたい。
傷のない背中が 俺の誇りだった。
俺にだけ見せてくれる笑顔が 声が 心地よかったんだ。
お前が世界一になる時は その顔を隣で見る筈だったのにな。
ごめん、それと、ありがとう。
・・・また、会おうぜ。
途切れていく意識と、暗くなった瞼の裏で
今日の空が いつか見た青い海と同じ色に見えたのは気のせいだろうか・・・。
あの日、剣士がくれた優しい翡翠色の眼差しが 今も俺を包んでいる。
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