長くなった灰に気付かず、刀を見詰めたまま呆けたサンジから ゾロはタバコを抜き取りシンクに放り投げた。
「そうだ。くいなは居ねぇ、お前の言う女とやらも居ねぇ。 俺はお前がいいんだ、クソコック。」
 突然無くなったそれを惜しむように口元を一度歪めてサンジは顔をあげた。
「そうかよ、クソマリモ。」
 ゾロはサンジの顔を見るとニヤリと笑った。
 サンジもそれを見てニヤリと笑って続けた。











「奇遇だな、俺もテメェの事が欲しいんだぜ。」




 サンジが出した米の酒を飲む。
 あのまま抱き込もうとしたゾロを制止して サンジは酒を出しつまみを作ってテーブルに載せた。
 我慢できなかったのか 封を切って開けたばかりの筈のそれは。もう半分ほどに減っていて
「もっと味わって飲め。」
 苦笑したサンジが ゾロの隣に座る。
 グラスに酒を満たし口にするとキレのいい辛口の酒が喉を流れ かぁっと腹が熱くなった。
「俺にはちときついな。」眉を顰めて小さく笑うサンジに ゾロは満足そうに微笑んだ。


「つっ‥‥。」
「見せてみろ。」
 空いた皿を片付けようと 手に持った時だった。角皿の角が傷に当たって声が出た。
 皿を奪い取ると ゾロはサンジの左手をまじまじと見詰め 傷口に唇を寄せる。
 唇が離れた後も 手を離そうとしないゾロに手を預けサンジは酒を口に運んだ。
 さっきと同じような状況なのに 落ち着いている自分が今はいる。
 どこかそわそわするのは 自分の手に触れるゾロの体温が気になるからだ。酔いの所為なのかゾロの体温を感じるからなのか サンジの身体は熱を帯びてゆく。



 先程まで手に触れていた温かさが急に消えて、物足りなく思いサンジはゾロの手元を目で追った。無骨な男は腹巻の中を何やらごそごそといじっている。緑色のそれを両手で一頻り探るとその手をサンジの手に乗せる。そしてそっと手を開いた。

 掌に載せられたのは 小さな銀色の指輪。

「てめぇに、やる。」
「これ‥‥指輪じゃねぇか。」
「この前の てめぇの誕生日にやるつもりだったが 壊しちまってよ。」
 今、手の中にあるのは あの日に見たゆがんだ指輪。
 ゾロの優しげな視線に包まれていた指輪。

 それは今サンジの手の上で多少の歪みはあるものの小さく光を放っている。
 よくもあれだけの物を直したものだ。
「俺にか?」
「あぁ。てめぇにだ。」
 ゾロは残りの酒を一口で飲み干すと にかりと笑う。
 俺はゾロの言葉を信じていいんだろうか。俺の心が欲しいと言ったゾロを。
 ‥‥‥‥‥あの日 この指輪を見るゾロを通して嫉妬したのは 俺自身だったというのか。だとしたら悪くねぇ。この男にあんなツラをさせるのが俺だと言うなら、 俺をくれてやる。 

 サンジは指輪を指でつまんだ。
「嵌めてくれよ。」
 サンジはゾロに指輪を差し出すと 手をテーブルの上に乗せた。
 
 迷わず左手を取ってゾロは薬指に指輪を通す。「ンァ?」眉間に皺を寄せゾロは不思議そうな顔になる。
「てめぇ、サイズが合わねぇぞ。」
「アァ?いつ俺のサイズ測ったってんだ? テメェとそんな甘ったるい時間を過ごした覚えはねぇぜ。 誰かと間違えてんじゃねぇかクソ腹巻。」
「そんなことはねぇ。俺の指にはぴったりだ。」
 険悪な眼で睨みつけるサンジに フンと鼻息を荒くしてゾロは自分の左の薬指に嵌めてサンジの眼前に差し出した。
 呆気に取られてサンジは 得意げに手を差し出すゾロを見た。

 がぼーんと口を開けたまま何も言わないサンジの手を取り 他の指に指輪を通すゾロ。
「おっ、ここならぴったりだ。」
 左の中指にピタリと嵌った指輪に片眉をあげてゾロが笑う。その顔がやけにガキっぽくてサンジは自然と頬が緩んだ。
 くいなちゃんは見た事があるんであろう、幼いゾロの笑顔。それを今俺は見ているのかもしれない。
 今まで自分に向けられなかった 初めて見るゾロの表情に胸が熱くなった。
「テメェの太くてごつい指と俺様のクソ素敵な指を一緒にすんじゃねぇ。この剣ダコ野郎。」
 太さが違うんだよ、このボケは。  真っ赤な顔で悪態をつくサンジの指は、ゾロより太くはないものの 料理人らしく節々が張っている。

「俺と同じ位ぇだと思ってたんだよ、てめぇの指は。‥‥‥‥とにかく俺からの祝いだクソコック。 遅くなって悪かったな。」
 顔を赤らめてラックに向かったゾロの背中を サンジはなんとなく目で追った。
 テメェのサイズで買ってきやがったのか? しかも左の薬指に。 その意味を解って買ったか? この刀馬鹿は‥‥。 そう思うと心が躍った。
 でもそれよりも、最強を目指すこの男の刀を持つ指と コックである自分の指をゾロが同じだと思ってくれていた事が まるで二人は同等だとゾロが言ってくれたようで‥‥‥‥凄く嬉しかった。

 瓶を一本手にしてテーブルに戻ったゾロに 思わず手を伸ばして腹巻に触れる。
「ここほつれてる。」
「あぁ、この前ちっとな。腑抜け共に隙作っちまってよ。」
慌てて腹巻とシャツを捲くろうとしたサンジに苦笑してゾロは腹巻を押さえた。
「傷はねぇ。コイツが守ってくれた。痣は出来たけどよ。」
 そう言ってサンジの左手に光る指輪に口付ける。手に掛かるゾロの吐息にサンジはビクリと身体を震わせ眼を閉じた。
「これからはコイツを守り代わりに付けてくれねぇか?俺はてめぇの側に居られるとは限らねぇ。そん時には俺の変わりにきっとコイツが守ってくれる。気休めだけどよ。」
 ゾロはサンジの丸い頭を抱きこむと そっと髪を梳き鼻先の金色の髪に顔をうずめ、愛しい者の匂いを吸い込む。
 硬くなっていたサンジの身体が僅かに緩むのを待って口付ける。 閉じられていた唇を舌で舐めてゾロはサンジの唇をノックする。
 薄く開かれたそこに舌が差し入れられ。 まるで舌に意志があるように、縦横無尽にかき乱しなんども角度を変え、むさぼるように口内をくすぐる。
 触れ合った熱い舌に背中から快感が這い上がり 息が乱れる頃。 快感とともに何処からか 忘れかけた不快感が立ち上り、サンジはゾロの唇から逃れ、身体を引き離した。

「・・・・ゾロ。」
 俯いたままの金髪が掠れる様な小さな声で剣士の名前を呼んだ。
「ん?」
「ゾロ。ごめん。やっぱり俺 ゾロとは寝ねぇ。」
「どうした?コック。」
「お前とは、もう寝れねぇ。」
 消え入りそうな声にゾロはサンジの背中を優しくあやし、繰り返す。
「どうした。コック。」
「ん・・・。お前とは、寝れねぇよ。」

「やっぱり、俺にゃ、てめぇは手に入んねぇんだな。」
 回された温かい手を背に感じながら ゾロの胸でくぐもった声を聞く。
「・・・」
「いいさ、俺の気持ちを嫌がらずに聞いてくれた、それだけで充分だ。 無理に合わせる必要はねぇ。 ただ、今日だけはもう暫くこのままで居てくれねぇか?」
 ゾロはサンジの背中に回した腕に力を込める。 まるで身体の線を記憶に刻み付けるように。
 こいつは、根が優しい男だから俺の気持ちを拒絶出来なかったんだろう。 いつでもギリギリのところでも自分より他人を優先する男だから。
 きっと、捨て身の告白をした情けねぇ俺を見て 自分より俺を優先したんだろう。 でも、やっぱり同情では俺と寝れねぇんだろうな。
 自分より細い線を腕の中に抱きながらゾロはそう思う。
「無理する事ぁねぇ・・・。俺の事が嫌いなら嫌いって言っていいんだ。俺ぁ、同情なんかいらねぇ。」
「嫌いじゃねぇよ・・・・同情なんかしてねぇよ。」
 胸の方から小さな声が聞こえてくる。ゾロは背を丸め、サンジの頭に鼻を寄せる。
「嘘付かれても うれしくねぇ。」
「同情なんかで テメェの事が欲しいなんて言わねぇよ。」
「じゃぁ?何でだ?」
 腕の中のサンジがほんの少し ほんの少しだけ揺れた。
「なぁ、ゾロ‥‥。俺の想いはテメェにくれてやる。それじゃ駄目か? 身体も無いと駄目か?抱けないと駄目か?」
「そんな事はねぇ。ただ、どうしてか知りたい。」
「俺は心をテメェにやる。だけどもう寝れねぇよ‥。それでも抱きたいと言うなら‥‥島で女性を抱いてくれ、男がいいって言うんならそれでもいい。」
 腕の中から言葉を詰まらせながらサンジが言うのを聞いて ゾロは金色を身体から引き剥がし、視線を合わせようとサンジの頬を両手で捕まえた。
 目の前の蒼は床に視線を流しゾロを見ようとはしない。
「コック。」
「‥‥‥‥」
「クソコック」
「‥何だよ?」
「サンジ。」
「‥‥つっ。」
 低い穏やかな声で名前を呼ばれ、サンジの肩が揺れた。
「サンジ、こっち見ろ。」
 揺れる蒼がおずおずと視線を上げ、ゾロを見る。
「サンジ。おれは、てめぇが抱けねぇんなら、それもしょうがねぇと思う。 今は他の人間も抱くつもりはねぇ。だが、俺は弱ぇ人間だ。いつか、他の誰かを抱いててめぇを悲しませちまうかも知れねぇ。だから、教えてくれねぇか?俺と寝ない訳を。」
 突き放すんでも無い、蔑むでもない 優しい言い聞かせるようなゾロが じっとサンジの蒼を見る。
「テメェは、弱くねぇ!」
「サンジ?」
「テメェは弱くねぇよ。俺が言った事だ、誰かを抱いたっていい。それで泣くのは俺の弱さだ。 テメェは違う。」
「俺は弱ぇよ、サンジ。お前が欲しくて欲しくて、弱くなっちまう。お前の気持ちが解らないと俺は、弱くなっちまう。てめぇを好きなのは俺の勝手だ。てめぇが誰かを好きだとしてもそれは、仕方の無い事だ。
だが、あの頃、俺がお前を抱いていた頃。お前の心がわからなくて 俺は不安だったんだよ。」
 俺と寝るのが苦痛だったんじゃねぇかってよ‥‥。お前を傷つけるのが怖い。そう言ってゾロは額と額をこつんと合わせた。
「ゾロ。」
「教えてくれねぇか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ご‥‥ちまう‥‥。」
「ん?なんだサンジ。」



「テメェが汚れちまうんだよ。このクソ剣士ィ!」
 ゾロは突然の激痛に額を押さえる。くらくらする頭を持ち上げて見上げれば 額を赤くした涙目のサンジが立っていた。どうもこの激痛の原因はサンジの頭突きだったようだ。
「急に何しやがる、クソコック。」
「テメェはな、強ぇんだよ!俺の事なんかで弱くなるってぇんなら、俺はテメェなんかいらねぇ!」
「何言ってるんだ。コック。」
「俺を切り捨てろ、ゾロ。」
「‥‥‥‥‥何でそんなことを言う?さっきてめぇの気持ちを聞いたばかりじゃねぇか。これが諦め切れるかってんだ。」
 ギリギリと睨見合う視線を先に逸らしたのはサンジ。
「俺は汚れちまった。この前の島で‥、テメェ見たろ。」
「‥‥‥‥‥」
「そんな野郎と寝たら テメェまで汚れちまうよ。俺はそんなのは‥‥。」
「サンジ。」
「‥‥‥‥‥嫌だ。」
 全部言うよりも早く、名前を呼ばれ、視界が緑で満たされる。
「テメェ!人の話聞いてんのか!」
「うるせぇ。耳の横で騒ぐな。」
 静かなゾロの声に ぐっと息を飲みサンジは大人しくなる。
「離せよ。クソ剣士。俺に触れるな。」
「嫌だ。」
「離せ。」
「嫌だね。」
「クソ剣士!」
「離さねぇよ。やっと、手に入れたんだ。離さねぇ。」
「俺は他のクソ野郎にやられちまったんだよ。テメェを汚したくねぇんだよ。だから離せ。」
「てめぇは、汚れてなんかいねぇ。てめぇはそれで何か変わっちまったってのか?夢や誇りを無くしたってのか?くだらねぇ。」
「‥‥‥‥‥」
「てめぇは汚れてねぇ!今でも誇りを持ってコックをやる、海を夢見る男じゃねぇか。何にも変わらねぇよ。俺の欲しいサンジのままだ。」
「‥‥‥‥‥」
「もし、てめぇを抱いて俺が汚れるってんなら、俺は喜んで汚れてやる!! てめぇのここを手に入れて共に在れたら俺は強くなる。だからてめぇは俺の隣にいろ。」
 向かい合うと、どんと胸を叩きサンジの顔を覗き込む、俯いた髪の間から見える口元を歪ませながらサンジは「クソ野郎」と呟いた。


 あのまま抱き込まれ口付けられた。
 後頭部を掴む大きな暖かい手に身体をあずけ サンジは熱い口付けを受けていた。
 飲み込みきれない唾液が 角度が変わる度口元から流れ 顎を伝う。滴るそれを追ってゾロの唇が動く。
 降りていく唇が、首筋に寄せられて思わず身体がビクリと跳ねた。

「‥‥‥‥や、」
 首筋に顔を埋た男の生暖かい舌が脳裏に蘇る。
 薬臭い部屋で 場違いな豪華な天井が見えたのを思い出す。 次第にあのぬるぬるした感触がサンジを襲い、身体が震えた。
 瞼をぎゅっと瞑り、震えを逃がそうとするサンジの だらりと床にたらした腕の先で拳を握る手を ゾロはゆっくりと解くと 厚いその背中に回すように動かす。
 そのままサンジの背に腕を戻し 緩く抱きこむと背中を軽くぽんぽんと宥めるように叩く。
「サンジ。」
 名前を呼ばれ 薄く眼を開ける。見慣れた木板の天井が眼に入る。すぐ側にあるのは見慣れた芝生で、鼻をくすぐる髪のその匂いは確かに懐かしいゾロのもので、震えはいつしか治まっていた。
 あの時動かなかった体はもう無くて ゾロに回す腕は自由に動き、今まで縋る事の出来なかった逞しい背中にサンジは手を伸ばした。
 愛しそうに名前を呼び首筋に降るキス。 肉食獣のように喉元を舐めるのもゾロなのだと思うと不思議と悪寒はどこかへ消えていた。


 キッチンの床に備え付けの毛布を敷き 息を荒げた二人が横たわる。
 与えられる快感を逃がすようにサンジは口元に手を引き寄せ 切なげに息を吐く。

 残された手は浅黒い指と絡み合い、時に弱く 時に強く握りあう。

 耳元で囁かれる声に、呼び返す名前は酷く掠れていて、甘ったるいものだった。







 ようやく手に入れた。この天邪鬼な男を・・・。

 規則正しい寝息を聴きながら、ゾロはすぐ横で眠る男を見る。
 先程まで自分の下で妖艶な姿を見せていた男はすっかり夢の中だ。
 横向きに眠るその顔前には左手が寄せられて、まるで指輪にキスをしているように見える。そういえば、さっき声を抑えようとしていた時も指輪に唇を当てていた。
 それを思い出し、ゾロは眠るサンジの髪を梳き、声を立てずに小さく笑う。
 起きたら教えてやろう、てめぇは何にもされちゃいねぇってな。
 あの島で、あの日俺が斬ったのはたった一人だ。てめぇを下にしていた野郎を斬った。安心しろ、あの野郎は喉元には食らいついてたが、それ以上は何も無ぇ。 残りの大勢は、全ててめぇが倒した後だった。 薬打たれてんのに、人質まで逃しながら・・・。やっぱ、てめぇはすげぇ男だよ。
 そんなすげぇ男に負けねぇ位ぇ すげぇ男に成らないとな。

「てめぇに出会えて・・産まれてきてくれて良かった。」頬を撫でゾロは口の中で呟くと横たわる。
 深い眠りに付いた今も薄桃色の唇に触れている指の上からゾロはそっと唇を寄せ瞼を閉じた。
 そのまま向き合って眠る。

 その姿はまるで、リングを間に挟み 二人キスをしているようだ。


 翌朝、一番に起きた航海士に発見され、剣士を蹴りだしたコックのその指には、あの日の銀色が光っていた。 






fin


あわわわっ(汗)これで一応 完 となります(汗)
とりあえずゾロに甘い言葉吐かせてみました。いかがでしょう。糖度18%位ってトコですかね(?)
長くなりましたが、ここまで読んでいただき ありがとうございました。



     まけ