目覚めると涙でぐちゃぐちゃのチョッパーが 凄い顔をして笑っていた。本人(本鹿?)には言えねぇが、なんだかすげぇヤベェ顔だ。
打たれた薬がやけに効いたのか、俺は丸二日眠りについていたらしく‥‥‥チョッパーの泣き声に他のクルー達が顔を出す。
ホッとした様に微笑む疲れた顔のナミさん。
サンジの飯が一番!早く食いてぇ!!と騒ぎ、航海士に拳骨を食らうルフィー。
ちゃんと寝てないとだめよ。枕元から生やした手で肩をやんわりとベットに戻す微笑んだロビンちゃん。
サンジ〜ごめんな、ごめんな。と寝ている俺より辛そうに見えるウソップ。
うわ〜っ。何てこった。俺はクルーに余計な心配を掛けちまってたらしい。
『大丈夫だから‥‥‥気にすんな。』 そう告げる俺の声は音にならなくて
サンジ? 口だけをパクパクと動かす俺にチョッパーとみんなの顔が変わった。
ゾロだけいねぇ。
みんなが心配そうに俺を覗き込んでいるというのに 俺の頭はそんなことを思っていた。
少し痺れの残る手足と出ない声に焦りを感じずにはいられなかった。
キッチンに早く立ちたいと願う俺の肩を押さえてロビンちゃんが笑う。
「航海士さんと、長鼻君が作ってくれてるから 今日は休んでて、コックさん。」
一人になって溜息を吐くと、本当は今すぐにでも動き出したい身体をベットに収めて目を閉じた。
俺はゾロに担がれてメリーに戻ったらしい。
その部分の記憶が無いのが気に掛かる‥‥‥俺はどんな状態でゾロに助けられたのか?
記憶に残るのは、変体野郎が肌をまさぐり 首に吸い付いてきたところまでだ。
その後、意識を手放した俺がどんなことになったのか想像することは容易い‥‥‥。
そして、それを見たゾロはどう思ったことだろう。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥ま、元々嫌われてんだから今更どう思われようが関係ないか。
クルーが寝静まった夜中、サンジはチョッパーに止められていたタバコを吸うため 格納庫の扉を開けて甲板に出た。
手足の痺れはもう殆ど治まってきているが、筋肉痛のようなだるさと傷が疼く感覚がある。
クソッ。 誰に言うでもなく出ない声で呟き、胸ポケットを探る。目当ての箱を取り出すと、箱を振って一本口に咥えた。
「お前、歩き回っていいのかよ?」
マストの裏から現れた剣士に振り返りもせず 片手を挙げて応えてみせる。
そういや、意識戻ってからコイツに会うの初めてだな。あの後も代わる代わる顔を出したクルーの中にこいつだけは居なかった。
そう思いながら、火をつけようと持ったマッチが、包帯の巻かれた上手く動かない手元からこぼれ落ちた。
バラバラに広がったマッチ棒を拾う為屈もうとすると 切れた足に引き連れるような痛みが走る。
「ッ‥‥。」
「無理すんじゃねぇ。医者に寝とけって言われてんだろ。」
ゾロは俺の足元に屈むとマッチを拾い始めた。
『無理なんてしてねぇ!こんなの掠り傷だ。クソ腹巻に心配してもらうほどのモンじゃねぇよ。』
いつもなら口を付いて出る言葉が 喉の奥に張付いた。
あぁ、船まで運んでもらった礼をまだ言ってねぇな。頼んだ訳じゃねぇけどよ。言った方がいいよな。言うべきだよな。 でも、声は出ねぇし。 コイツは見たんだよな俺がどんな事されたのか‥‥‥コイツに助け出された時 俺はどんなだったんだ?
無様だな俺ァ。
好きな相手の体温が知りたくて、身体重ねりゃ 今度は心が欲しくなっちまった。
諦めたつもりが‥‥‥ 俺の事を嫌ってるって思い知らされたのに 諦めきれねぇで、果ては醜態さらしちまった。
無様だ、俺は。
ゾロは粗方拾い集めるとマッチ箱を俺から奪い一本残して箱に入れ、手摺でマッチを擦って俺に火を差し出した。
暗い闇に小さな光が灯る。
俺もゾロも海を見たまま何も言わず‥‥‥一本吸い終わり、俺は吸殻を海に落とすと格納庫に足を向けた。
それを合図のように ゾロが口を開く。
「おい、クソコック、コックの仕事位ぇきっちりやれ。それも出来ねぇような 情けねぇ怪我拵えてんじゃねぇよ。
てめぇはコックなんだからよ。料理作れねぇんじゃここに居る意味なんてねぇだろ。」
ゾロを無視して 扉を閉め、よろよろとベットへと腰を下ろした。
<<コックの仕事位ぇきっちりやれ>>
その言葉が痛いほどに突き刺さる。
<<料理作れねぇんじゃここに居る意味なんてねぇだろ>>
鉛を飲み込んだらこんな感じだろうか。
ゾロにとって 俺はコックじゃなければこの船にいる意味は無いのか。
それは俺自身を必要としているのではなく、ある程度腕のいいコックなら誰でもいいということか?
ルフィは コックはサンジじゃなきゃダメだと言ってくれるだろう。コックが出来なくなっても夢を見る為の仲間だと言ってくれるだろう。
だが、ゾロには俺でなくてもいいらしい。料理の作れない俺はメリー号に居る意味は無いらしい、俺は必要ないんだ。
俺は仲間としても拒絶されるのか。
あれから二日後、俺はキッチンに立っていた。
薬がすっかり抜けたのだろう 手足の痺れも無くなり声も出るようになった。
傷に障るからと船医が提案した一週間は長く、大人しくしているなんてとても我慢出来ないもので‥‥2日だけは我慢して休んだからと説き伏せてキッチンに立っている。
やはり料理はいい。
こうしている間は余計なことを考えずにいられる。
傷を極力濡らさないようにとの、チョッパーの妥協案によりサポートとして隣ではウソップが野菜を洗っている。
「なぁサンジ、この葉っぱは何になるんだ?」
「葉っぱじゃねぇ、長ッ鼻。こいつには青梗菜っう名前があるんだよ。」
「ほー、そのチンゲン菜は何に使うんだ。」
「さっきテメェが釣り上げて蒸した蟹があんだろ、あれの身と炒めんだよ。卵白も入れてふんわりとな、でトロミを付ける。そうすりゃ、穫れたの一匹でも全員が食えるだろ。‥‥て事で、これの身を取り出してくれ。」
蒸し上がった蟹をテーブルに載せる。
洗い物の終わったウソップは熱ィと言いながら蟹を手に取った。
久しぶりのサンジの料理に賑やかな夕飯が終わり、今キッチンに残っているのはサンジ一人だ。
引き攣れるような痛みのある左手の包帯を外すと、掌と甲にチョッパーの几帳面な縫い痕が現れた。
料理人として手を大事にしていることを知っているチョッパーの何よりの思い遣りだ。
幸いにも神経や筋に損傷は無く ぎこちないもののきちんと動く。
それを確認して ほうっと、息を吐く。
<<料理作れねぇんじゃここに居る意味なんてねぇだろ>>
あの夜からゾロが言った言葉を何度も繰り返し思いだしていた。
ドアの開く音に思わず振り返ると、ゾロが入ってくるところだった。
「チッ、クソ剣士。又酒かよ。飲みすぎんじゃねぇぞ。」
自分の世界に入っちまってた所為で気配に気付かなかった。
慌てて立ち上がるとラックから手前の瓶を引っ張り出しテーブルに置く。
そのままシンクに向かうと蛇口をひねる、と 背中に温かいものが覆いかぶさる。
コップを洗おうとした俺の手を後ろからゾロが止めたのだ。
「何やってんだ。てめぇは。」
「煩ぇ。見りゃわかんだろ。食器洗うんだよ。」
夕飯の食器はウソップとチョッパーが片付けてくれたのでシンクにあるのは食後のカップやグラスが数個あるだけだ。
「手ぇ濡らすんじゃねぇ。って医者に言われたろ。」
そう言うと俺を押しのけ カップを手に取って洗い始める。
触れる事が無くなり、恋焦がれた体温に再び触れた。
性的な物の無いその体温は俺の思考を簡単に奪い。
初めて見るゾロの姿に俺はそのまま立ち尽くした。
「‥‥おい、‥‥おい、クソコック。‥‥‥‥サンジ。」
突っ立っていた肩にゾロの手が触れるのと 俺の名を呼ぶ声に我に返る。
今、何て言った?俺の名を呼んだのか?やる時以外聴いた事の無いその声。
‥‥‥‥つっ。思わず力が入り手を握り締めちまった。
自分が手を確認するより早く ゾロが俺の左手をそっと包み込んだ。
温かい両手に持ち上げられ手を開かれる。
その指が俺の指に触れる度 俺の身体は熱を持ってしまう。
「傷が開いちまったじゃねぇか。怪我してる時くれぇ大人しくしてろ、クソコック。」
傷を指でなぞられる その感触を逃がそうと目を瞑ると、温かいものが指を這った。
目を開けると眼前に緑の芝生があった。
流れた血が伝った指をゾロの舌が舐めとっている。
「何やってやがる!このクソ緑!!テメェはやっぱり野生動物だろ。」
突き飛ばした時に付いたんだろうゾロの白いシャツの赤い染みに目が奪われる。
恋しい人の体温と手に触れて 俺は手を伸ばしちまいそうだった、だがそんな事出来ねぇ。
あいつは俺を仲間とも思っちゃいねぇ。そんな事したら又自分が惨めになる。ゾロにも良くねぇ。
「コックの手を大事にしろってんだ。クソコック。」
「そんくれぇ心配してくれなくても テメェでやるさ、煩ぇんだよ、クソマリモ。」
おおおっ‥‥‥‥。近付いてくんなよ、こっちくんな。そんな真剣な眼しやがって迫ってくんじゃねぇ。
俺も何で後ずさりしちまうんだ‥‥。なんなんだコイツ、俺を捕って食おうってのか。血を見て興奮したか?
気軽に抱けると思い出して欲情したのか?怖ぇよ その眼は、やっぱ野生動物だな。
あぁぁ、畜生。キッチンの隅に追い込まれちったぜ。
「いいぜ。やっても。久しぶりだもんな、テメェも溜まってんだろ。出してやるよ。
この前俺見て興奮しちまったか?知らねぇ男にやられてんの見て 又やりたくなったか?」
最初のコマを置いたのは俺だ。勝手にこのゲームを終わりにすることは許されないのか。最後まで責任を取れってか‥‥‥‥。
引き攣る口元を無理やり引き上げて笑ってみせる。ネクタイを片手で抜き取ると シャツのボタンを外しボトムから引っ張り出した。
まただ、
その顔はもう見たくねぇ。
シャツを肌蹴た俺を見る表情は もう何度も見た事のあるあの顔で、 ゾロは黙って俺を見ていた。
「やんねぇなら、俺は寝る。そこをどけ。」
「どかねぇ。」
「どけよ、緑頭。」
「‥‥‥‥どかねぇ。」
「どけってんだよ。このいかれ頭の唐変木。寝すぎて足に根っこでも生えちまったのかマリモちゃんは。」
「生えてねぇ。」
おっ、違う事言いやがった。俺はゾロから視線を外すとゾロを押しのけキッチンから出ようと足を踏み出した。
‥‥‥‥筈なのに何故か俺の視界は緑で一杯になっていた。
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