「全く、何やってんのよ、あいつは。折角サンジ君の作ってくれたのが冷めちゃうじゃない。 いつもながら 迷子になってんのかしら。 少しは成長してくれないと、こっちが困るのよね。」
「今日のは冷めても美味く食べれますから クソ剣士の分は取っときます。先に始めちまいましょう。
時間は過ぎてるんだし、クソゴムの我慢も限界みたいだし。」
 はぁ〜、と大げさにため息を付くナミさんに笑って 甲板に用意されたテーブルにエスコートする。
「夕方から始めるって何度も釘刺したのに、あの馬鹿。‥‥‥借金三倍にしてやるわ。今日はサンジ君の誕生日なのに。何迷子になってんのかしら。」
 もういいよ、ナミさんそれ以上言わないでくれ。
 クソ剣士は嫌いな俺の祝いなんてしたくないんです、仲間と寝ちまったこともきっと後悔している‥‥‥‥。
 出掛かったその言葉をごくりと飲み込むと にこりとナミさんに微笑んで、グラスを取りにキッチンに逃げ込んだ。
 元々仲間とさえ思われてないかも知れない。
 もう俺の顔も見たくねぇ程、嫌なんだろうよ。
 今日は帰ってこないかもしれねぇな。
 そう思うと鼻の奥がつんとした。



 ワインでの乾杯から始まった 誕生日祝いとは名ばかりの宴会も夜半を過ぎ、一人、二人と夢の中に落ちていく。
 レディが 食器をキッチンまで運んで 部屋に引き上げていく。
「今、この時を一緒に過ごせて嬉しいわ。ここに居てくれてありがとう。‥‥‥‥サンジ君おめでとう。」
 俺の肩に手を伸ばし背伸びしてナミさんが俺の顔を覗き込む。
「綺麗な目ね」
 俺をじっと見詰めてくるオレンジの髪が揺れ
 そして頬にキスを残してドアを出て行った。
 普段なら舞い踊っちまいそうなナミさんの唇の感触が残る頬に手を当てて 俺はフラフラと椅子に座った。
「ありがとうって言いたいのは、こちの方だよ。ナミさん。」
 彼女は 多分俺たちの事に薄々気が付いている。
 なのにそれには触れず振舞ってくれる。
 その優しさがありがたかった。
「おやすみなさい。よい夢を。」
 閉まったドアに呟いた。




 硬質な足音が近付いて来る。
「おい。‥‥‥‥腹減った。何かねぇか」
 躊躇うような声に顔を上げるとドアを後ろ手に閉める剣豪の姿。
 今頃帰ってきやがった。ふうと溜息を付くと
「そこに 取り分けてあるのがテメェの分だ。冷えてっけど我慢しろ。」
 ツラを見ないまま立ち上がって顎でテーブルを指し、スープを温めて添える。
「悪ぃな、こんな時間になっちまって。」
 シンクで皿を洗いながら 食事をする奴の声を背中で聞いた。
「そう思うんなら、道に迷ってるんじゃねぇよ。迷子。」
「あぁ?迷ってたんじゃねぇ。」
「テメェ、嘘付いてんじゃねぇよ。素直に迷子になってましたつってもバチはあたらねぇぞ」
「迷子じゃねぇ、ってんだろうが!」
「あっ、そう。」
 そうか‥‥‥‥。もしそれが本当で、迷ったんじゃないんなら わざと遅くなったという事か‥‥‥‥。
 吸い込んだタバコが途端に苦く感じた。

 今はもう奴の声も顔も 見たく‥‥‥‥ない。
「食い終わったら、流しに入れといてくれ。明日洗う。」
 もう12時を過ぎて日付が変わったから 今日なんだけどな、
 洗い物をする手を止めて蛇口をキュッと閉めた。
 俯いたままエプロンをはずし振り返ると 俺は椅子にエプロンを掛けドアに向かった。
 その俺の腕を武骨な手が掴む。
 思わず振り返り 奴の顔を見てしまった。
「何‥‥‥‥」
「コック、今日、てめぇ‥‥‥‥‥‥‥‥。
さっきここでナミと何してやがった。」
 言い掛けて俺の顔を見たゾロの表情が変わる。
「別に、一緒に食器を片付けてただけだ。」
「違うだろ!あの女と何してたかって聞いてんだよ!」
「馬鹿クソマリモ!ナミさんを あの女 扱いするんじゃねぇ。」
 シャツに掴みかかった俺の手を気にもせず、ゾロはキッチンの壁に俺の身体をダンッと叩き付けた。
 背骨が軋むような勢いだ。何を荒れてるんだコイツは‥‥‥‥。
 大体最近俺を見ることさえしなかった野郎が 何でこんな時だけ俺を見る?
「あの女は、あの女だ。エロコック。 あの女と二人で何してた?ここで」
「何もしてねぇ‥‥‥‥。」
「言えねぇような事してたのか」
「‥‥‥‥俺が何しようと勝手だろうが、てめぇにゃ関係ねぇだろ。」
 俺の言葉を聞こうとしないゾロに腹が立つ。
 落ちそうになったタバコを ギリリと咥えなおして睨み付けゾロの顔に煙を吐き出した。
「‥‥‥‥あぁ、関係ねぇな。そうだ俺には、てめぇが何していようと関係ねぇ。」
 ゾロは苦虫を噛み潰したような変な顔を浮かべて 肩に押し付けていた手を離すと椅子に座り酒の入ったグラスをあおった。
「‥‥‥‥。」
「悪かったな。」
 眉を顰めた仏頂面になると 早く寝ろ と、俺をキッチンから追い出した。
 何なんだ?何をイライラしてやがる。こっちにまでイライラがうつっちまうじゃねぇか。
 少し気持ちを落ち着かせてから部屋に行こうと思い、手摺に凭れて風にあたった。
 落ちつこうと思うのに 浮かぶのはさっきのゾロの顔だ。 
 ‥‥‥‥前にもあの顔を見たことがある。

 あれは俺と初めて寝た日の 後悔したあいつの顔。













「あら、あの馬鹿帰って来てたのね。」
 おはよう。とキッチンに入ってきた一番乗りのナミさんの視線の先には クソ剣士と串団子。
「んナミさ〜ん!!今日もお美しい。」
「後部甲板でやりゃいいのに 今日は何でこんな目に入る所でやってんのかしら、朝から鬱陶しいわね。」
 俺の言葉をはいはいと手で制して、美しい眉を寄せてそう言うとナミさんは キッチンのドアを バタン と閉めた。
「サンジ君フレッシュジュース貰える?みかん採っていいから 」
 サンジの引いた椅子に腰掛けながらナミが言う。
「仰せのままに。‥クルーの分を戴いても?」
「勿論。でもね これはバースディプレゼントのオマケよ」と笑うナミにサンジも柔らかく笑ってドアを開けた。
 開けた途端、じっとキッチンに向けられていた視線が俺に突き刺さる。
 それはすぐに反らされたが、みかん畑に向かう俺の背中にちらちらと注がれた。
 何故か怒りを含むような視線を感じながら 適量収穫してキッチンへと戻る。
ドアを閉めると つい大きく息をついた。
あいつ、‥‥ゾロの視線に俺は緊張していたようだ、情けねぇ。
「ゾロ、昨日遅かったのかしら、全く‥‥また迷子になってたのね。」
「あぁ、あのクソ剣士は迷子じゃなかったみたいですよ。」
「じゃ なんで?昨日はサンジ君の‥‥‥ごめん」
「気にしないでナミさん。そりゃ、クソ剣士が俺を嫌いだからですよ‥‥。嫌いな奴の祝いなんてしたくないんでしょ。」
「そんな事‥‥‥‥」
 厭きれたように話していたナミさんが 不思議そうな顔をして 次は言葉を濁した。
「俺も男に祝ってもらってもらうより ナミさんのような麗しいレディと過ごせる方が嬉しいですし。」
 ね、と小首をかしげてナミさんに笑いかけ、流しに向き直りタバコに火を付けた。
 シンクからボールを取り出すと、ステンレスのそれに映った俺の顔は歪んでいる。
 ナミさんにきちんと笑えていただろうか、
 接客業をしていた俺は作り笑顔には自信が有る。が、
 この洞察力のある女性の前ではガラガラとそれも崩れていくようだ。
 早く誰か起きて来てこの淀んだ空間を 明るいものにしてくれないかと願ったが
 こんな時に限って騒がしい奴らは誰も現れねぇもんだ。
 時間を掛けて一本吸い終えると、肺に溜まった煙を吐き出す。
 音を立てて椅子を引く。
 テーブルにボールを置くと ナミさんと向かい合い みかんの皮を剥きにかかる。

 沈黙に息苦しさを感じる頃、新聞を読んでいたナミさんが席を立ち 俺の隣に座り手を伸ばしてきた。
 回された細い腕がとても優しく背中を撫ぜる。
「な、ナミさん!?‥‥‥」
「みかん剥いてていいから、ちょっと肩貸しなさい。眠いの。」
 ナミさんの頭が肩に掛かるとふわりと女の子の匂いがした。
 ゾロの匂いとは大違いな優しい香り。ゾロの匂いはもっと、汗の混じった男の‥‥雄の匂いだ。
 隣にある、ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りと みかんの香り。
 俺はみかんを剥き終わるまでの間、ナミさんの好意に甘えさせてもらった。















 サンジーっ!
 ウソップの声が青い空に響いた。













 格納庫に設けられた急ごしらえのベッドで横たわるサンジは小一時間ほど前にメリー号に戻ってきてそのまま眠りについている。
「命に関わるような大きな怪我はない。目が覚めて意識がちゃんと戻ればもう心配ないと思うよ。 ただ、使われたのがどんな薬か良く解らないから後遺症とかが心配だ。」
 先程まで涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていたチョッパーは、今医者の顔になって患者の布団を掛け直し医療道具を鞄にしまった。
「お前も疲れたろ、後は俺が看る」
 低い声に頷くと 小さな船医は 頼むね と格納庫を出て行った。
 ゾロは積み荷の箱をベッドの側に運ぶとそれに腰掛け 殴られたような後の残る赤黒く腫れた頬にそっと手を伸ばした。

















 朝食が済んで、夕方の出航前までに買い足りない物を買いに行きたいと申し出たチョッパーとウソップに 俺も行くと言ったのはサンジだ。
 面倒を起こすといけない船長と、約束通り帰り着けるかわからない剣士は 航海士に下船禁止令を出されていた。
 簡単にお昼の支度を済ませると、サンジは二人と共にナミに手を振って船を降りた。


 順調に買い物を済ませ、二人が雑貨店を覗いている間 サンジは店の前でタバコを吸いながら、通りを隔てた向かいに酒屋があるのを見つけた。
 昨日は気付かなかったような 間口の狭い店だが店構えに趣がある。。
 こういう店は珍しい掘り出し物があるか、反対に寂れて何も無いかなのだが‥‥‥料理人の好奇心が疼く。
 サンジはウソップに声を掛け 一人酒屋の暖簾をくぐった。
 グランドラインでは珍しく米から出来た酒が多く置いてある店。
 見た事のあるロゴのラベルに目が留まる。
 以前寄った島でゾロが美味そうに、愛でるように飲んでいた酒だ。
 あいつ喜ぶだろうな‥‥‥好みの酒を見て口元を引き上げるゾロの姿が目に浮かぶ。
 と、同時にゾロの昨日の態度と、今朝の視線を思い出す。
 朝食の時もゾロは無言でただご飯をかき込むように食べると「ごっそさん」とだけ言って席を立った。
 思わず手に取って眺めた後、そんなことを思い出し棚に戻す。
「お兄さん、それは辛口だけど喉越しがいい酒なんですよ」
 腰の曲がった年老いた店主が顔を出す。
「へぇ。珍しい物なのか?この酒が好きな奴がいるんだけどよ。」
「そうですね。年に一度、数十本だけここに届きます。」
「そりゃ、さぞかし高いんだろうな、」 
「いえ。そうでもないんです。この島の者は甘口の酒を好むのであまり売れないんですよ。だから美味いのに単価が安い。」
 人の好い笑いを浮かべながら老人は ソロバンを弾いた。
「もうじき 新酒が入りますからね‥‥‥その前の在庫処分と味のわかるお客さんへのサービスだ。残りをまとめて買ってくれるんなら。」
 結局、とんでもなく安価で売ってくれると言う店主に 恐縮したサンジがラム酒を樽で買い、船に運んでもらう手配をした。
(馬鹿だな、俺ァ。自分の事を嫌ってる奴の喜ぶ顔が見られるかもなんて思っちまう。)


 店主に見送られて店を出ると ウソップとチョッパーが人相の悪い男たちに囲まれて引き摺られていく所だった。
「あ‥‥‥ありゃ、グリフの手下どもだ。あの若者たちも気の毒に。」
 怯えた様に話す店主の横の並びの店のシャッターが次々に閉まる。
「グリフってのは厄介者なのかい?」
「あぁ、厄介者どころかこの島の面汚しさ。」
 吐き捨てるように話す老人の顔が 苦々しげにゆがむ。
「力に物を言わせて乱暴を働く馬鹿な奴らさ。今までは裏でのさばってたのだが、最近じゃ表まで出てきて悪さしていくんだよ。 人攫いも薬も躊躇しないってもっぱらの噂さ。お兄さんも早く戻りなさい。」
 船が遠いならうちの店にいてもいい。シャッターに手を掛けて老人が勧めるのを丁重に断ってサンジは足を踏み出す。
 昨日市場で小耳に挟んだ 島のお荷物が出てきたらしい。
 島に来た船乗り相手に喧嘩を吹っ掛け金品を奪うと聞いていたので チョッパーとウソップが心配でついて来たのだが、
「本当に出て来るとはな‥‥‥。」
 風で揺れる炎を掌で被いタバコに火をつけると煙を大きく吸い込んだ。