凶悪犯さえも裸足で逃げ出してしまいそうな 普段の顔が 一瞬消え
その愛しそうな眼差しの先にあるのは
大事そうに両掌に包まれた小箱。
その中には銀色の‥‥‥‥。
石なんか入っていないけれど 小さな細工の施された
シンプルな指輪。
‥‥‥‥‥‥‥‥だったろうモノ。
ring
大量になった買い付け品は 店の気のいい兄ちゃんにまとめ買いのサービスとして船まで配送してもらうことになり 自分が手に持つのは後から他の店で買った小振りな物だけだ。
海の物も山の物も豊富にそろった開けた町の市場は 欠食児童を抱えた船の沢山の買い物も難なく済ますことが出来る規模で、サンジは 軒を連ねる店の間を飛び回った。
並んだ品数、量、値段、何よりも鮮度の良いものを並べた店に戻り交渉を始める。
鮮度のいいものは、それだけ長くもつ。
地図に載っていても、ログポースの針がそちらを指していても 次に補給できる島に何時辿り着けるかわからない、ここはグランドラインだ。
勿論保存食もどっさりと買い込むが、航海の初めだけでも 新鮮なものから栄養を万遍なく取ってほしいから、サンジの食材選びは慎重だ。
新鮮なものが安く手に入れば、言うことは無い。
万年欠食児童のいるこの船は食費だけでも馬鹿にならないから。‥‥‥ナミさんのご機嫌も麗しい事間違いない。
今日の市場は そういう意味ではとてもいい市場だった。
それだけ大量に買ってくれるのならと 値段を下げ、そして船へ運ぶ手間も無くなくしてくれた。
今日は、荷物持ちもいない為 市場と船を自分一人で何往復もするつもりでいたのだが
配送を請け負ってくれた店のおかげで 時間に余裕の出来た俺は この恵まれた町を歩いていた。
港に近い町並みの道の両側には白い石壁の家が続く。
丘にある町から メリー号のいるであろう海を見ると、青い空と それより僅かに濃い青の海が見えて。 白い家々とのコントラストが鮮烈な色彩で目に飛び込んでくる。
久しぶりののどかな時間だ。
買出しを粗方終え、俺は町の散策へと洒落こむ。
風に吹かれて街を歩いた。
路地には趣味でやっているような店の思わぬ掘り出し物が並んでいたりする、
それを探すのも空き時間の出来たサンジの楽しみの一つだ。
今日もそうして メインストリートから一本入った路地を歩く。
路地には 島の隠れている顔がある。
表では清廉潔白を謳っていても、裏ではとんでもない悪行で成り立っている島だったり、
逆に 治安が悪いとされているのに 島民はとても優しく人が良かったり、
表も裏も無い島も。
活気付いた市場もいいが 自身に危険を感じなければ、
生活圏であるこんな路地の散策もいい。
通りかかった路地裏で喧騒に目を向けると ゾロとウソップが諍いに巻き込まれていた。
物陰に隠れて、タバスコ星の狙いをつけるウソップの前方でゾロが刀をふるっている。
淀みない剣筋、流れるように走る剣先。
躯から発する闘気が小気味良い。
あぁ。いい男だ。
加勢もせずその戦いに見惚れてしまう。
そうして刀を構えたゾロの懐から 何かがポロリと落ちたのを見た。
ゾロはそれに気付かず、未だ敵意を放っている路地横の敵へと切り込んで行く。
人気の無くなった路地に落ちた 砂に紛れて汚れた小箱を手に取った。
ヒョイと拾い上げると 歪んで切れた痕のある蓋の外れた小箱の中で やはり切れて口の開いた巾着袋から覗くのは銀色。
大きさ、形、細工の施されているところを見れば 指輪だということは簡単に想像できる。
それは敵の武器が当たったのか歪んでしまってとても指輪としての原型を留めていない。
何でこんなものをゾロが‥‥‥‥。 それが俺の印象だった。
指でつまんだそれを 袋にそっと戻すと小箱に入れる。
路地横から怒号が消え顔を上げると、丁度 町のゴロツキ共が負傷した仲間を引きずりながら引き上げていく所だった。
建物の影から出てきたゾロが見える。
刀を払い血を落とすと、懐紙で拭い鞘に収め、腹巻に手を当てた。
急にはっっとした表情になると あわてた様に腹巻を触りだす。
ペロンと捲って中を覗き込んだり、上から叩いたり、前と後ろをひっくり返したり、
いつもの澄ましたような表情は消え、青くなってうろたえてるのが傍目にも見て取れる。
それはそれで面白いのだが そのツラを見てるのがなんだか辛くなって、
ウソップを手でこまねくと 家の影に呼び、そのつぶれた箱を手渡した。
「あの、クソ緑。これ落としたみてぇだぞ」
じゃ、渡してくんよ ときびすを返すナガッパナを呼び止め、
「俺が拾ったなんていうと クソ緑が縁起が悪いって嫌がるから言わねぇほうがいいぞ。どうせ俺がここにいるのにも気付いちゃいねぇみてぇだし、‥‥‥知ったら切れて技出されっかもしれねぇ。なんせまだ殺気をぎらぎら纏ってやがるからな」
おぉ、判った。と身震いして何の疑いもせずに戻っていくナガッパナ。
俺は 建物の影に身を潜め、その様子を伺った。
ゾロは小箱を差し出され、ウソップに礼を言ったようだ。
箱を見てほっとした様な嬉しそうな顔をした。
両手で受け取り 愛しそうな眼差しを浮かべた。
そしてすぐに 箱を開け目を見開く。
これ以上は無いと思えるほど目を開くと 遠目にも判る位がっかりと肩を落とし
悔しそうな、悲しそうな表情を一瞬浮かべた。
くはははっ、
その顔に 思わず笑いがこみ上げた。
いつも仏頂面のあいつが 百面相のように表情をくるくる変える。
珍しい事もあるじゃねぇか、テメェがそんな顔するなんてよ。
たかがたった一つの小さな指輪に‥‥‥‥。
‥‥‥‥っく。
風が頬を冷たく過ぎる。
知らずに流れた水の筋を風が撫で、俺は涙を流している事に気が付いた。
壊れた指輪を両の掌でいとしそうに包むゾロを見て 俺は何故か逃げるように港へと足を向けた。
指輪一つに慌てふためくゾロ
愛しそうな目を向けるゾロ
あんな顔、見たこと無い。
知らなかった あんなゾロ
大事そうにしていた指輪
刀を持つような奴が自身でつけるとは思えない
送る相手がいるということだろう。
奴にもいい人が出来たってことか
この前の島で綺麗な女性と腕を組んで ホテルのロビーから出てくるのを見たし‥‥‥‥
あの時の女性を見るあいつの顔は 上気していてとても嬉しそうに笑っていた。
そういや他にも、国にくいなちゃんて言う幼馴染が居るって ルフィが言ってたな‥‥‥‥。
その子かな。
大事な約束の相手なんだと言っていた。
その子やあの女性には指輪に向けたような いろんな顔を惜しみなく見せるんだろう
物に頓着しない奴が指輪の贈りモノなんて ‥‥‥‥本気って事なんだろうな、
その見知らぬ相手が羨ましかった。
そういえば最近奴とヤッテイナイ
以前はこっちがうんざりするほど抱いたのに
元々二人の関係は最悪だ、
あいつは俺のことなんとも思ってない、逆に嫌われてるかも知れねぇ。
そんなあいつに関係を迫ったのは俺だ。
最初の日、事が済んだ後 奴が苦虫を噛み潰したような変な顔をして何か言おうとしてたんで奴が口を開く前に 言ってしまった。
「気にすんなよ。これは処理だからな。狭い船の上だ。愛しのレディには手ぇ出せねぇし、テメェも溜まるだろ。 俺も出せりゃ相手は何だっていい。お互い持ちつ持たれつって事で 仲良くやろうぜ。セックスフレンドって奴だ。」
そんな嫌そうな顔をするほど 俺が嫌いなのか?
奴の口から後悔の言葉が出るのなんて 聴きたくなかったんだ。
後腐れなくSEX出来る相手だって思われた方がましだった。
だから、とっさに出てしまった言葉。
好きなのに‥‥‥‥、ゾロの体温、匂いに包まれ幸せだったのに‥‥‥‥処理と言ってしまった。
好きだから怖かった。
同性だからとか、いけ好かない奴だから、って俺を嫌いになる要素は数え切れない程ある。
元々嫌われていた、そんな変な自信だけはある。
毎日何かといえば喧嘩していたんだ。
好きだから、怖いから、言えなかった。
好きだなんて言ってこれ以上嫌われたくなかった。
いや・・・、自分に逃げ道を作りたかっただけだ。
俺の言葉にゾロは何も言わなかった。
いつもの仏頂面になって眉を顰めただけだった。
それから 何度も体を重ねた。
苦痛でしかなかった行為も 回数を重ねるに従って快楽に取って代わる。
その頃からは、誘うのは俺ではなく ゾロの方になっていた。
苦痛があるのは 自分に疾しい事があるから その代償だと思っていた。
ゾロに与えている不快感とか嫌悪感の代償だと。
代償の無い快楽は 行為後の我に返った俺にとって罪悪そのものだった。
ゾロはその風貌から考えられないような位やさしく俺に触れる。
快感が体を支配するようになって切なくなった。
自分がどうしていいのか判らなくなった。
登り詰める快感の中、薄れ行く意識の中
目の前の背中に、縋り付く事も
愛しい広い胸の袈裟懸けの傷跡にキスをする事も出来ない。
あの瞬間‥‥‥‥顔を見たくても名前を呼ぶことはしてはいけない。
二人はただの処理の相手なのだから。
この行為に心は無いのだから。
苦しいから 自分から声を掛け無くなった‥‥‥‥。
代わりにそれまで 誘われる一方だったゾロが誘いを掛けてくるようになった。
処理といったのは俺だ。
元々ノンケだったゾロをこんなにしちまったのは俺なのだ。
俺に断る理由は無い。
心が悲鳴を上げるようになったのは 最中に俺の名前を呼ぶのを聞いた日からだ。
昼間でさえずっと呼ばれる事のなかった俺の名前は その日からアレの時に垂れ流すように囁かれる。
耳元で囁かれる名前に俺の体は熱を持つ。その度に後悔した。
あの時の言葉を。
本当の気持ちを伝えていれば 一回きりの行為で終わり こんな切ない想いはしなくて済んだかもしれない。
言って嫌われる方が、例え目も合わさない位に蔑まれても その方がマシだったように思えた。
今更ながら、そんな女々しい想いに囚われる。
ゾロは誰か別の女性を思いながら 申し訳程度に俺の名を呼ぶんだろう。
意外と、やさしい男なのだ、ゾロは。
でもそれは俺の心をギリギリと締め付ける。
細い針金で徐々に締め付けるように、俺の肉に食い込み、じわじわと血が滲み‥‥‥‥
‥‥‥‥このままでは確実に俺の心は死に到る。
自分で作ってしまった、抜け道の無い迷路をさまよい続けるのだ。
やがて やはり嫌いな俺と繋がるのに嫌気が差したのか 男とのSEXに厭きたのだろう
ゾロからの誘いが無くなって、身体も視線も絡まることが無くなった。
よほど嫌われちまったらしい。
触れることが無くなってホッとしたのと同時に 物悲しくなった。
知ってしまった 熱い体と 俺の名前を囁く掠れた声は俺の中に燻ぶっている。
あれから俺はこの矛盾した想いの 死に場所を探していた。
港を見下ろせる高台で舞い上がる風に吹かれた。
吹き上げる風、吹き付ける風、舞い降りる風、舞い上がる風、強く、弱く。
流れる涙でさえ 地面に真っ直ぐ到達することなく風に翻弄された。
草が舞い飛び崖下に消え、又舞い上がる。
吹き付ける風を受け、流れるままに涙を流した。
びゅうびゅうと髪が揺さぶられ視界が歪む。
港の端に停まっている羊頭の船は 高い波に揉まれて揺れている。
キィ キィ と軋む音がここまで聞こえてきそうだ。
いや、聞こえるのは風に嬲られる音と 俺の矛盾した自分勝手な心の軋みだ。
後悔の涙を一頻り流すとサンジは 高台を後にした。
「おう、サンジお帰り。荷物運ぶの手伝うか?」
甲板では 先に帰っていたウソップが手摺を直す為に工具箱を手にし、その隣でチョッパーが薬の調剤を始めていた。
掛かった声に手を上げて応え「後で荷が届くから そんとき頼む。」そう言うとキッチンに向かった。
両手に持った今日の為の食材は、帰り道に買ったものだ。
高台からはかなり風が吹いてメリー号も揺れているように見えたが、そうでもないらしい。
暖かい日差しに 爽やかな風が吹いている。
キッチンへの階段の途中で足を止め、風を吸い込む。
こんな爽やかな日に想いを開放しよう。
風に乗り この海原で きっと風と波に溶けていく事だろう。
大きく息を吐くと サンジは微笑を浮かべて、キッチンに入った。
![]()