***今更こんな・・・・俺ァ、バカだな。 でもよ? そんなバカな俺の勝手でてめぇを惑わせちゃいけねぇ と目が覚めたんだ。 その気もねぇのに勘違いして間違った方に進むてめぇは見たくねぇ。・・・・てめぇはこれまでの事なんか忘れて  バカみたいに真っ直ぐ野望のことだけ考えてろ。***

















 ウソップやルフィの方へ向かって進むその背を 引き寄せて抱きしめたかった。
 ──俺の側にいてくれ──
 そう言いたかった・・・が俺にそんな資格は、ないだろう。

 手を伸ばせない自分の拳を 俺はただ、 ぐっと握り締めた。





 海水でぐったりしたルフィを抱え、冷たい目で倉庫に消える2人を見て、 俺は初めて叫び出したいほどの狂おしいほどの 嫉妬・・・・これが嫉妬って奴だろう・・・を感じた。







 何か言いたそうなナミとウソップがこちらを見ていたが、口もききたくなかった。
 黙って背を向けた俺に二人は何も言わず、やがてラウンジに向かう足音がして きえた。
 人気の無くなった甲板に一人佇み目を瞑る。


 コックの台詞が 頭の中で繰り返される。 
 『惨め』 だとあいつは言った。 あの、自分の負など認めないようなプライドの高い男が 『惨めだった』 と言ったのだ。
 当初の「生意気なコックを後悔させる」という点は、謀らずとも達成されていたらしい。
 だが。
 自分のコックに対する気持ちに気付いてしまった今は・・・。


 考えて身震いがした。 悪寒ではない・・・。
 奴が表情を作るのが、隠すのが巧いと 今までの航海でいやと言うほど知っていたはずだ。
 仲間のために平気で自分を犠牲にするときも 相手が気にする事などないよう平気な顔をして笑って危険に飛び込んで行くあいつ。 勿論この船の奴らは皆危険に立ち向かっていく、だがあいつのは質が違う。 てめぇや仲間の為にだけじゃなく赤の他人にでさえそうなんだ、いつもどこか危うい。
 あぁ・・・今はそんなことじゃねぇ。

 自分を隠すのが料理の次に得意な男。
 でしゃばってみせるくせに 全て自分の事は後回しだったじゃねぇか・・・。
 あのレストランでも、・・・・自己主張する奴らばかりが揃った この船でだって。
 いつだって自分を後回しにしてた。










 湿った空気に乗ってシャワーの音が微かに聞こえる、 ゆっくりと目を開けて二人の消えた倉庫を視界に入れた。  壁のその向こうに シャワーの下で俯いた、見える筈の無いコックが 見えたような気がした。











 ──本当はプライドなんか高くも無い・・・。  いつだってクルーを甘やかして、 おどけて見せながら自ら貧乏くじを引いていた。 プライドの高い奴がそんなことするもんか。 ・・・いや、何でもない事のようにそんな事が出来るのが奴のプライドか。 


 そんな奴が俺を好きだと言った。
 数分前 奴の口から出た 「惹かれていた時も有った」 その言葉と。 ナミやウソップへの言動を見る限りとても嘘・・・・最初から遊びだったとは思えなかった。
 いつも、いつでも自分の事を後回してばかりのそいつが 俺を好きだといったのに・・・・・。

 俺は・・・。


 落とした視線の先・・ 甲板の上につぶれたタバコの箱が転がっている。
 コックの握りつぶした ひしゃげた紙の箱。
 水分を含んでよれよれになったそれは、歪んでただの紙の塊と化していた。 元の箱の形はとどめていない。 
 投げつけられて無様に転がったそれが、俺が傷付けたコックを象徴しているように思えた。


 反吐が出そうだ。
 てめぇの、・・・自分のやったことに。







 漏れ聞こえる水音を耳に入れたくなくて 後部甲板に戻る。
 と、そこに。 俺の居た場所に 握り飯ののったトレーがぽつんと残っていた。
 朝飯をルフィへやった俺の為にと コックが持ってきたそれ。
 いつも・・寝こけて食いっぱぐれた時でも 悪態をつきながらも当たり前のように与えられていたそれ。 
  コックの作る握り飯は、どれも文句なく美味い。 これに有り付く為にわざと寝過ごした振りをした事もある。
 だが今は。
 腹が減っている筈なのに その握り飯を前にしても食欲は湧かなかった。


 俺はコックの置いていった握り飯を口に運んだ。
 すっかり表面の乾いてしまったそれは 口に含んでもろくに味なんかしない。 
 握り飯を頬張る手に、一粒雫が落ちた。

 まるで砂を噛んでいるような握り飯は ・・・ただしょっぱいだけだった。





















 コックから終いだと言われても 諦められない俺がいた。

 時間が掛かってようやく自覚した想いに 上手くきりなど付けられなかった。
 鍛錬しながらもコックの様子を伺い、気にかける自分がいた。

 そんな数日を過ごしたある日、海賊の襲撃があった。 
 それ自体はよくあることだ。




 こちらより二周りほど大きな海賊船。
 手ごたえのある剣術使いを数人甲板に沈めた俺だが、このところ戦闘時に感じる物足りなさを今日も味わっていた。
 何だろうこの感覚は?
 刀が斬れないわけじゃない。
 技が決まらない訳でもない。 


 今日の敵の頭領は兵器を使う男だ。 そいつはルフィに任せ俺は剣士を相手に斬った。 腕もそこそこで 相手としては不足は無い。  だが・・。
 今日に限った事じゃない。 今日は違うが、ここ数回の戦闘は偶然にも剣術使いが頭領だった。 いずれも勝負としても剣の腕試しにも文句の無い相手。  だが、どこか物足りない。 何故だ? 何が、だ?
 両刃の剣を扱う男と対峙しながら 頭の隅で考える。
 剣の重さを利用して斬り返してくる男は かなりの腕力を持つ。 重さに振り回されることなく剣を扱っている。 小気味良く切り返す剣先に無駄な動きは無い。 だが、勿体ねぇ・・・上からの攻撃に弱い。
 数度刃を交わした後、側面から繰り出してきた剣を鬼鉄で弾いて払い 上段から斬り込んだ。
 鈍い手ごたえに 体を斜めに二分された男は声も上げずに赤を噴き出してゆっくりと崩れた。


 敵船の後方に乗り込んだ俺は甲板に沈んだ敵の中を歩きながら 前方で戦うルフィを目で探した。
 1.5倍はありそうな大柄な男と戦うルフィの後方で、コックが敵を蹴散らしていた。
 動きにあわせて金髪を揺らしながら コックがステップを踏むように足技を繰り出していた。
 ・・・・・違和感。
 ルフィと声を掛け合いながら戦うコックの姿に何か違和感を感じた。


 ・・・そういえば。 この所 俺の背後で戦うコックの姿をみてない。
 最近の敵が腕の立つ剣術使いだったことも有って おれの戦いで戦闘を締めくくっていた。 だから、背後の気配に、コックが側に居ないと判っていても ルフィとともにいるとは思わなかった。




 ショックだった。 



 ゴムの手が高速で繰り出され 無数に伸びて敵の体を叩きつける。
 やがて 大柄な男はその勢いで海に落ち。 それとともに残っていた海賊達の戦意が急激にしぼんだ。 
 ──戦闘の終結。
 そんな様子を 俺は離れた場所から見ていた。











「ゾロ? どうしたんだ、戻るぞ!?」
 俯きぎみに頭を下げ ずれた麦わらを片手で押さえて直すルフィが 近付いてくる。
「あぁ・・・・戻る。」
 ルフィが敵を沈めてから コックは敵船の中に入っていった。 大方船に飛び移る前ナミに 『お宝待ってるわよ、サンジくん♪』 そう言われていたから 探しにでも行ったんだろう。


「おい。」
 すれ違いざまに声を掛けると 振り返った麦わらの下から黒い目が俺を捕らえた。
「コックは、・・・・・・・サンジはいつから お前と戦ってる?」
 俺の問いに ルフィが体ごと向きかえる。
「・・・? 皆で戦ってるじゃねぇか!? ゾロだって。」
「そうじゃねぇ、コックはいつからお前の後ろにいるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「おい。」
「・・・・・・・気になるか?」
 ルフィがにやりと笑った。
「あぁ、気になる。」
 もう隠すつもりはねぇ、俺は正直に言った。
「そっか。 ・・・・・・ん〜。 結構前からだぞ? だいぶ前からサンジの動きがおかしかったからな。」
「おかしい?」
「相変わらず強ぇンだけど、蹴りのキレが悪くなったり、防御が覚束なくなったりしてたからなぁ。 ・・・それからだ。 」
  最近はもうだいぶいいみたいみたいだけどなぁ。 と呟くルフィ。
「そうだった・・・か?」
「ゾロ。 お前、自分が原因なくせに気付かなかったのか?」
「俺。 が?」
「あぁ、お前だろ。 サンジの体乱暴に扱ったの。」

 !!! 
 コックが? コックの動きがおかしかった? 
 気付かなかった。 そんなもん気付かなかった。
 全てがからかいなんだと コックから目を逸らしていたあの時期。
 ・・・・・・・・・・ルフィは気づいたのか。 
 コックの不調も、その訳も。
「サンジは調子悪いからって大人しくしてるような奴じゃねぇし、言って聞くような奴でもねぇ。 ・・・・それはお前も知ってるだろ? 俺はサンジが半端じゃなく強ぇ事知ってる。  信頼もしてる。  だから、いざってぇ時に手の届く場所にいる、それだけだ。 」

 ───敵わねぇ。

 勝手に想像を働かせ、ただコックを傷付けただけの俺。
 俺の気付かなかったコックの変化に ちゃんと気付いていたルフィ。
  コックを尊重しつつ見守るそんなルフィに ・・・・・かなわねぇと思った。
 言葉が出ねぇ。 喉の奥に何か冷たいものを押し込まれたみてぇだ。


 麦わら帽子の影の下から黒い瞳がまっすぐに俺を見る。
 ルフィの目が俺の中を探るように 真っ直ぐに、・・真っ直ぐに俺を見た。 
「お前ら普通の……ただの仲間からやり直せ。 」
 それだけを言って ルフィは来た方を振り向くと
「サンジぃ?! そろそろ帰るぞ。」
 響くような大きな声でコックを呼んだ。



















 あれ以来 何事もなかったような毎日の繰り返しだ。
 以前のように俺を真っ直ぐに見るようになったその目を 傲慢なまでの態度を 小気味いいと思うのに、
 好きだと 告げなくなったその一つだけが物足りない。


 真っ直ぐな目で俺を見詰めながら もう一度・・・好きだと言ってくれたら。
 今度こそ・・・もう間違えたりはしねぇ・・・。

 ルフィと一緒に笑うコックを遠くから見ながら、俺は腹の底から・・・そう思っていた。