*** 嘘・・・・だ。  好きだよ、好き、だ。 てめぇに惚れちまってる。 どんな風に扱われてもどんなに蔑まれても構わねぇ。 そんくれぇ好きで好きで、たまらねぇんだ。  ***


















 危惧していた通り、俺はからかわれ、影で笑われていたというのか? 
 そう考えて、ふつふつと怒りが込み上がる。 


 ───だが本当にそれだけが理由で コックは好きでもない俺に抱かれていたというのか?
















 あったのは、

 怒りよりも 落胆だった。




 ルフィを海に落とした事で少し冷静になった俺にあったのは、遊びだったと知って、感じた奴や仲間への憤りよりも。
 コックの気持ちが俺に向いていないという事実に打ちのめされた  落胆だった。








 海で濡れたシャツが張り付きコックの体の線をさらけ出す。 肌の色が透けたそれが目の前で動くのを俺はただぼんやりと呆けたように見ていた。



 ――言葉が出てこねぇ。
 折角見つけた気持ちの行く宛がみつからない。





「チッ。」
 『謝らなくていい』 と言ったコックが、シャツのポケットから煙草を取り出すと、濡れた箱を見て小さく舌打ちしてぐしゃりと握り潰した。
 形をなくした潰れた箱をじっと見て 彼は一体何を思っているのだろう?

「遊びは仕舞だ。」
 手の中を睨みながら吐き捨てた後、褪めた視線をこちらに寄越し、濡れた体を翻し俺の前から去ろうとするコックに。
「待て。」
 俺は腕を伸ばしていた。
 気付けば手を伸ばしていた。
 思わず掴んだコックの腕。

 ──行くな! 俺の側に居ろ、コック。
 シャツの上から掴んだコックの腕を握る手に力が入る。
「何だよ、放せ! このクソまりも!」
「話がある。 聞けよ、クソコック。」
 忘れろ? 謝らなくていい?
 そんなこと、 ・・・・忘れるなんてできやしねぇ。 
 ──ようやく気が付いたんだ、自分の気持ちに。
 俺の手から逃れるために 振りほどこうとするコックの腕をぎゅっと握った。
「放せって言ってんだろうが!」
「やだね。」
「こンのっ・・・クソがっ!」
 振り向きざまに サンジの蹴りが腹に入る。 至近距離でも体の揺らぐほどの威力のあるそれを 踏ん張って堪えた。 その間にも掴んでいる腕を放さないように手に力を込める。 今は倒れてなんかいられねぇ。
「こっち向け。」
 なりふりなど構ってられない。 サンジの腕をこちらに引くと 抗議の声が上がった。
「てめぇなんか。 好きじゃねぇ、もうくだらねぇ遊びはやめだ、だから・・・もう俺に構うな!」

ふざけんな! うるせぇ、黙れ!

 いっその事、聞きたくもない言葉しか吐き出さない唇を塞いでしまえばいいと。
 立ち去ろうとする体を取り戻す為 掴んだ手首を思いっきり引いた。 倒れ込むように上半身のバランスを崩したコックの背中に腕をまわして 抱きとめて引き寄せる。
 避けるように反らされた顔を追って 間近にコックの顔を捉える。 見開かれた蒼に俺が写っているのが見て取れる。 もう少しで唇が触れあう。 そう思ったとき‥。 
 サンジが小さく声を出した。
「つっ・・・・クソッ。」
 苦痛を伴うその声に思わず掴んでいた腕から手を放す。 見ると
 体の方に隠すように動くコックのシャツの袖が ほんの少し朱に染まっていた。
「!! おい、怪我したのか!? 見せてみろ。」
「ばっ! ・・やめろ。」
 コックの制止を無視してその腕を持ち上げ 張り付く濡れたシャツの袖をまくった。
 視線を反らしたコックの腕に有ったのは、見覚えのある・・・
 数日前に見た傷、それだった。

 先ほどのやり取り・・・思い切り掴んだ腕の下で、シャツがこすれたのだろう コックの手首に付いた瘡蓋が剥がれて、そこから血が出ていた。
 傷跡が歯型を形作るのを見て 改めて俺のしでかした現実を突きつけられ 今更ながら胸が痛んだ。

 何も言えないまま、血の伝う腕にそっと手を伸ばすと 俺にタバコの箱を投げつけ、その腕で払いのけられた。 
 出血を見咎めた俺を見て コックの顔が自嘲の色を含んだものに変わる。
「はっ! こんなところで盛りやがって。 よっぽど、俺の身体が良かったか? ククッ・・・しょうがねぇ奴だな・・・。 でももうテメェとはやんねぇよ。」
「・・・・・・・・・。」
 こんな時、上手い言葉が出ない自分を呪いたい。
 言葉の代わりに背中に回した腕に力を込めた。 その動きにコックが身を捩る。
「・・・やった後 風呂行って、てめぇでてめぇのケツに指突っ込んで腹ん中かきだすような惨めで情けない男にもう一度なれってのか? 毎度毎度惨めなてめぇを 実感しろと?・・・・・。 ふざけんなクソ剣士! おふざけが過ぎたんだよ!」
 俺の襟首を両手で掴み 挑むように顔を付き合わる。 
 ・・・こんなにすぐ近くにコックの顔があるのに その距離は果てしなく遠い。
 低く抑えた声で 背中に触れた手を振りほどき、コックは軽く顎を上げ、まるで見下すような視線をよこす。 

 何もいえなかった。
 話す内容にも拘らず、不敵にも見えたコックのその顔が 一瞬歪んで反らされた。






「何やってんのよ!」
 船に戻ったナミが、甲板に転がるずぶ濡れのルフィをみて開口一番に言った。
 先程 同じようにちょうど船に戻ったところで、とばっちりにあったウソップが おどおどとこちらを伺いながら 咳き込むルフィの背をさすっている。

「ナミさん、お帰り。」
 二人に振り向くコックが打って変わったように 穏やかに笑った。
「た、 ただいま。 ・・・って、何なのよこれ?」
「あ、すみません。 ちょっとごたごたがありまして・・・。」
「それは見りゃわかるけど・・・サンジくん?」
 ルフィの無事を確かめると ナミが首を傾げてこちらを訝しむようにみた。 その後ろのウソップも 以前の喧嘩とは雰囲気の違う俺たちの様子をじっと見ていた。
「ナミさん、ウソップ。 こんなところでナンだけど、……俺、このクソマリモのこと……好きじゃなかったみてぇなんだ。」
「・・・え? サンジくんなに言って・・?」
「なんかさ、この野郎見るたびイライラして気になってたのを間違えちまったんだよ。  …あははは。 それを好きだって勘違いしてたんだ。 ・・・それがわかっても二人にはなかなか言えなくて。 ごめん、 途中からはマリモの反応見て笑ってたんだけど…もう飽きちまった。」
「・・・・サンジくん。」
「散々応援してくれたのにごめんねナミさん。 …もういいからさ。  悪かったな、ウソップ。 二人ともありがとう。」



 珍しくナミを目の前にしてもはしゃがないコックが 二人に向かって深々と頭を下げ、 そのまま少し顔を俯き気味に目を伏せて 足を踏み出した。 
 俺の横を通る 触れそうで触れない肩が ・・・・切なかった。