***     クルーの女性がつけない香水の匂いをさせたゾロに胸が苦しくなる。 俺の事を気に掛けてくれるナミさんが 場を盛り上げようとずっと笑ってくれていた。 ***











「ナミさんお待たせvv」
 怒鳴るように言った俺の声が聞えない筈無いのに、コックは俺たちに(正確にはナミに)向かってバカみたいに笑った。
 俺の言葉を気にしない素振りのコック。 腹を膨らませて眠そうにコックに身体を預けるルフィ。 そんなルフィを抱えるコック。 二人を見て微笑むナミ。
 ナミの目が、そんな二人を捕らえて優しげに笑った後、ゆっくりと俺を見て又笑った。
 その目が、その笑い方が、その全てが。 俺を憐れんでいるように見えて、感に障った。


「今日は帰らねぇ。」
「もうソレ、終わってるんでしょ?」
 店を出て港に向かう三人に声を掛けると、ナミが振り返って俺の刀を目で指した。
 ・・・ほっとけ。 お前等見てるとムカつくんだよ。 腹の中でそう言って俺は、背を向けて足を踏み出す。

「・・・・・明日帰る。」
「ちょっと、ゾロ? 」
 一人俺に近付き肩を掴んで覗き込んでくるナミは、非難するような小さな声で言った
「あんた。 そんな匂いプンプンさせて・・・まだどっか行く気なの?!」
 肩に乗ったナミの手を振り切って 返事もせずに足を踏み出す。
 ほっとけよ、俺に構うな!!  そう思った所へコックの声がした。
「ナミさん、コイツも男だから、たまの上陸ん時位したい事があるんですよ。 ほっときましょう。」 
「え・・? ちょっと サンジくん!?  ・・・・・いいの?」
 戸惑うようなナミの声と、コックの視線を背中に感じながら俺は、路地を曲がった。



 奴らの気配がなくなって、俺はようやくホッと肩を落とした。 路地を抜けるまで身体に力がはいっていたようで 思わず数度首を鳴らす。
「・・・畜生。」
 畜生。
 何が畜生なのか、自身でもわからないまま 満たされない欲望を抱えて、夜の街を彷徨った。





「刀持ったお兄さん?! やっぱり!! 覚えてないかなぁ。 俺だよ、ジャック。」
 覚えている・・・・。 ジャックと名乗った青年は前の島で、俺に声を掛けてきた男だ。
 興味も湧かなかったこの男の名前などゾロは覚えてはいない。 ただ記憶にあるのは、コックと同じ金の髪と 自分と変わらない・・・コックと同じ位の背の高さ。
「やだなぁ、怖い顔して。 お兄さん折角かっこいいんだからそんな顔しないでよ。 ね。」
 小首を傾げて媚びるように俺を見る青年は。 
 じろりと俺に見られても怯む事も無い。 ・・・こんな所はコックと同じだな。
「お前・・。 普通は怖い顔して刀携えてる野郎に声なんかかけねぇだろ。」
「そうかな? だってお兄さん怖い顔してても俺のタイプなんだもん。 前にも言ったろ。」
 そばかすのある顔でにこりと笑うと、上目使いで俺をみる。
 線の細い身体。
 身近にいる筈の見知った金よりも  より多く俺に向かって笑いかけてくる顔。
 その小奇麗な顔にはどこかの誰かのような顎髭も見当たらず、年若い所為か中性的な印象さえ醸し出している。
「ね。 お兄さん旅の人だろ? 今日の宿は決まってる? こんなトコで又逢えたのも何かの縁だよ、決まってないなら 俺の宿に来なよ。 こんな時間じゃもう何処も一杯だよ。」
 酒場で飲むナミが 「この島大きいくせに宿が少なくて取れなかったのよ。」 とグチっていたのを思い出す。 宿は勿論、行く所なんか俺には無い。 ただ、今は船に戻りたくはなかった。
「ほら、こっちだよ。 行こ!?」
 答えない俺の腕に酒のビンの入った紙袋を押し付けると 青年は前を歩き出した。



 夕方の娼館よりはいくらかマシな宿のテーブルの上には、グラスが二つ。
 部屋に一つしかないイスに俺は座り、青年はベットに腰掛けている。
「俺さ、親はいないけど、親代わりに俺を育ててくれた人がいるんだ。 お兄さんはその人に・・・・なんとなく似てる・・。」
 チビリチビリと グラスに口を付けて赤い顔で俺を見る。 
「その人は。 俺の憧れだった。」
 ボタンを外して着崩したシャツから 胸元が覗く。
「ちょっと見強面だったけど 優しい人だった。 ・・・好きだった。」
 外しかけたベルトが錘となって ズボンの前が緩んで。
「大好きだった。 でも・・死んじゃった。 呆気ないもんだね人間って。 」
 ベットに横たわり目を閉じる。 揺れた金髪で半顔が隠れ、アルコールの所為か上気した頬が目に入り。 俺は、女を抱いても満たされなかった欲望を思い出し身体が熱くなった。

 ・・・・似てる。 金髪で顔が隠されてしまえば尚の事 その細い身体も、比較的白い肌も。 コックに・・似ている。
「俺。 その人に言えなかったんだ 「好きだ」 って。 後悔してるよ。 」
 青年の話なんて耳を通り抜けるばかりで聞いちゃいなかった。 ただ、視界に入るコックの面影の重なるその青年を俺は見ていた。
「・・・・会えなくなるなんて思わなかった。 言えばよかった。」
 笑うように揺れる金髪の下から涙が光ってぽたりと落ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・泣くな。 泣くなコック。
「ねぇ、抱いてよ。 男が気持ち悪いってんなら、朝まで一緒に居てくれるだけでもいい。」
 そう言って上げた泣き顔は、コックじゃなかった。 さっきのジャックとか言う男だった。





 抱けると思った。
 男となんか・・・・コックと何回となくヤった。

 平らな胸へ手を伸ばす。 
 つるりとした感触に手を滑らせ、突起に指が触れると男が身じろぐ。
 掌で撫で、指で摘むと男が身体を弾ませ 声を出した。
「はああぁぁん。・・あ、あん。・・ハァア・・ あん。」
・・・・・・・・。
 あまり筋肉の付いていない やわらかい肌。
 撫でれば声を上げる身体。
 その肌に舌を這わそうなんて全く思いもしなかった。
・・・・・・・・触っても脱がしても何の興味も湧かなかった。
 むしろ同じ性のその身体を、その反応を、見る度に 自身が萎えていくのがわかる。
「キスしてよ?」
 俺の顔を覗き込んで顔を寄せてくるその青年の声を 聞えない振りで無視をする。
 望みの叶えられなかった青年が、自分でズボンと一緒に下着を脱ぎ、再び俺の隣に寝そべるまでが我慢の限界だった。
 
 素っ裸の金髪が俺の手を引っ張って 自分のものに触れさせようとした時。 相手が男といえど、きっとコックを抱く時のようにSEX出来ると思っていた俺は、 気付くとベットから降り立っていた。 ・・気味悪ィ。
「ワリィ。 ・・・やっぱ出来ねぇ。」
 訝る青年に慌ててそう告げると、服を身に付けた。 刀を腰に収めようと手を伸ばすとそこへ青年の手が下りてきた。
「・・・・一緒にいてよ。 しなくてもいい。 ・・・お願いだから。」
 顔を上げない金髪の声が震えている。 掴まれた手首はぎゅっと締め付けられた。



 行く当ての無かった俺は結局 金髪の部屋の壁に背を預けて朝まで過ごした。

 薄いカーテン越しの窓に昇った月が映し出され、夜半も過ぎたと思われる頃。 肩まですっぽり毛布をかぶりふて腐れていた青年が、ようやく寝息を立て始めた。
 差し込む月の光を弾く金髪の後頭部は、どうしてもコックを彷彿とさせる。




───コックを抱いた時のような高揚と充足感など微塵もなかった。
 代わりにそこに有ったのは嫌悪と後悔だった。

 コックを犯した最初の時とは違い、初めから性的な意味を持ってこの男を抱くつもりだった。
 実際コックとやる前に勃起していなかったそこは、今日この男をみて立派に充血していたのだ。 誘われたとはいえ、やる気満々で……。

 なのに。抱けなかった。

 俺が案外男もいける口だというのは、コックで実証済みだ。 
 だのに、コックと同じ男の身体……に嫌悪を感じるのは何故だ?



 堅い壁に背を預け、閉じた目の中にコックの残像を映す。

 戦闘時 取り掛かる前の一瞬細められる目。
 タバコを咥えタイを緩めてつま先を鳴らし飛び出すと、踊るように敵を蹴り倒す後姿。
 船の上でくるくると忙しそうに動き回る姿。
 ルフィやチョッパー、ウソップとふざけて笑う顔。
 ナミやロビン、とにかく女と見ればデレデレと崩れる顔。 ・・・あんな顔見たら女共は興醒めだろうに・・・だが、包み込むような優しい顔で女共に微笑む姿も同じくらい見たことがある。
 気障ったらしくしか見えなかった黒いスーツは、見慣れたらあいつに良く似合っていて つい目で追ってしまう。
 
 俺を見ては親の敵みてえに突っかかって、口元を歪めては難癖を付けて口論をして。 そのまま互いの武器で乱闘にもつれ込むことも数知れず。
 コックを組敷くようになってぷつりと無くなったそれが、いやに懐かしい。
 ───考えれば、楽しかったのだ。
 俺はあの時間を楽しみにしていたのだ。

 忙しく甲板を移動するコックの邪魔にならない、……だが視界に入る場所を無意識に選び 寝て。 あいつが 「邪魔だ!少しは船の為に動け!」と、近付いて来るのを目を閉じて今か今かと待っていたんだ。


 汗を額に浮かせて俺の下で目を閉じたコックに唇を寄せたのは何故だろう。
 愛しいと・・手放したくねェと思ったのは・・・。




「キスして」 とせがまれても 男になんかしたくなかった。
 抱こうとして、抱けなかった。  こいつも奴も同じ身体なのに何故・・・
 ゆっくりと目を開けると 月の位置がずれて窓からの明かりは 床を照らしていた。 









 俺は、コックが好きなんだ。

 漠然とそう思った。 
 唐突に自覚する。




 散々好きなように扱って、あいつの心なんか無視して、踏み躙っていた俺が、今頃そんな大事な事に気付くなんて。
 俺は、───とんでもない愚か者だ。