六月の恋









「はぁ !?  炊飯器のタイマー?」

「消せるし、音も変えられっぞ。 勿論音量もだ。 てめぇ飯炊き屋にいてそんな事も知らねぇのか?」

 呆れたように溜息をつくマリモが やはり呆れた目をして俺を見る。
 ……知るか、ンなもん。
 店の米は釜で炊いてんだ、電気じゃねぇ、ガスだ。 ガス!
 ガスはシュッシュッと蒸気は出るが、こんなお気楽極楽なピロピロリ〜♪ なんて愉快痛快な音しねぇんだよ。
 ついでに言わせてもらうが、飯炊き屋ってのはなんだ? 飯炊き屋ってのは。 てめぇにはわからねぇかもしれねぇが、俺が今働いてるのはイタリアンだ。 イタリアン!
 へっ、違いのわからないマリモ男め。

 にしても……はっ。 けちくせぇ、消音機能知ってんなら早く教えやがれってんだ。 このマリモは…バカにしたように言いやがって!
 俺は口には出さずまりもへの文句を飲み込んだ









 新しい部屋に引っ越してキッチンが広くなった。
 ゾロの探してきた部屋は、今までとあまり変わらない間取りの1DK。
 強いて言えば、キッチンがオーブン付きで 今までの倍の幅に、和室部分が可動式の仕切りで2部屋に分ける事のできる フローリングの広めの洋室になったくれぇ。
 ただ。 その分ダイニングは 今までよりちょっと狭めの奥行きだ。
 それでも、今までのアパートに比べりゃぁえれぇ違いなんだが。

 花火をみて一泊した ……プリンスな俺には似合いだが、粗雑なゾロには不釣り合いな……可愛らしいペンションを後にして、帰宅したその足で善は急げと 物件をみて廻った俺達。

 ゾロが、不動産屋に依頼していた中の 三件目にたどり着いたここは。
 築年数はかなりなものだが、内装を全面リフォームしたばかりだとかで小綺麗だった。
 駅からの距離はあまり変わらず、家賃も千円上がるくらいで済むというその物件が二人とも気に入ってすぐに決めた。
 それが決まると 後は早かった。
 髪が寂しくなりかけの脂ぎった不動産屋の営業マンが (ありゃぁ毛穴に脂が溜まっちまって悪循環なんだな、たぶん) 金さえ入れれば直ぐにでも入居可能だと言うので、余分に取ったバイトの休みを利用して すぐに荷物を纏め2日後には 新しい住居、ここに越してきた。

 風呂があるのも 有り難いことの一つだ。
 前のアパートにもシャワーは有ったが 如何せんそれだけじゃぁ冬場は体が暖まらない。
 何より良かったのは 風呂場の手前に脱衣場があるって事だ。 今まではキッチン脇ですっぽんぽんになってたもんだから、それを見る度にゾロの万年発情野郎が人に襲いかかってきやがって・・・。 折角の休みは、大抵無駄に布団の中で終わっちまってたんだ。 ドアのおかげで直視できなくなった分 少しは有効に休みを使えるようになった気がする。 まぁ、それも明確な用事のあるって時だけの話だ・・・。 ゾロは目下 休み前には俺と湯船に一緒に入るのを 楽しみにしてるらしいからな。


 風呂場で浴槽に湯が溜まるのを眺めながら サンジはハァとちいさく息を吐き出した。
 上がる熱気が袖をまくった腕に絡みつく。
 日一日と夏に近付く証明のように、まだ梅雨前半だというのに確実に湿気は増し、日差しはきつくなっている。
 あちい……
 風呂場にこもる湿気と熱気で額に張り付きかけた髪を かきあげる。 キュッと音を立てて蛇口を閉めると蓋を閉めた。
 帰宅したゾロに すぐに汗を流してもらえるように。




 バイトがないってのは、収入減とはなるが それなりにいいことも有ったりする。
 ゾロと向かい合って夕飯を食べたりするのだ。
 普段ゆっくり見ることの出来ない ゾロの阿呆ヅラやくだらねぇ話を のんびりと堪能するチャンスだ。
 何をするって訳じゃねぇが、時間を気にせずにくつろげるってのは・・・いいもんだ。










「たでーま。」
 案の定ゾロは汗だくで帰宅した。 そのまま風呂に直行させる。
 脱衣所の扉の向こうから風呂場で湯を流す音が漏れ聞こえる。 水音が途切れたと思ったら声がした。
「てめぇも入れ。」
「いんや、明日は学校の後バイトだし。 後でな。」
 暫く無言になった後 「 そうか。」 と落胆したような声が聞こえてきて なんだか可笑しくなって小さく笑った。
「綺麗に洗えよ〜。」
 ちょいと大きめの声を掛ければ、
「わかってる」
 不貞腐れたような声で そんな答えが返ってきた。



 テーブルの向かいに座るのは、一汗流しさっぱりした顔で ビールを口に運ぶ体躯のいい男だ。
 普段肝心なことも言わねぇ癖に 酒が入ると少し饒舌になる男を相手に食事を済ませると 翌日の米を研ぐ為に席を立った。 炊飯器の予約タイマーを押して、いつものメロディーが流れたところで 前から思っていたことを口に出してみた。
「なぁ、ゾロ。 炊飯の予約なんだけどよ、 米研いだ後にスイッチ入れといてくんねぇかな。」
「あ? なんでだ?」
「だって煩せぇだろ? てめぇすっかり寝てるのによ。」
「別に。」
 そんなこんなで 「音が消せりゃぁなぁ」 と呟いた俺にゾロが答えたのが 冒頭の台詞だ。

「お前さぁ、夜うるさくねぇの? 飯器の音。 ま、そんくれェで起きるタマじゃねぇって事は知ってるけどヨ。」
 俺がバイトで夜遅いときにはゾロが米を研いでくれるのだが、タイマーを入れてないから 帰宅した俺が深夜スイッチを入れる事になる。・・・が、その時間にはゾロは夢の中で・・・そのスイッチのメロディで奴を起こしちまわねぇか前から気になっていたんだ。
「気にならねぇ。 それよかちっと位ぇ聞こえねぇと せっかくてめぇが帰ってきたってのに気が付かねぇからな。  丁度いい目覚ましだ。」






 は?


 はぁ?

 今なんて?!

 仰いましたかクソダーリン?  はぁ !?  炊飯器のタイマーで? 俺が帰ってくる目安にしてたってのか?
 じゃぁ、布団に潜り込んだ時。 巧い具合に腕が俺の頭の下に来るのも。 抱き込むように眠るのも。
 ちゃんと意識があってやってたってのか? それを俺は・・・・ゾロはすっかり眠ってるもんだと思って・・・アレはゾロの癖なんだと思って・・・、払いのけもせず、いつもそのまま寝ちまってた。・・・ってか、俺はあの高い体温の腕の中が気持ちいいとか思っちまってたんだよなぁ。

 うわぁゾロの奴・・・;


「ばっ。 ばっかじゃねぇ・・!?」
 顔が一気に熱くなる。
 なんて奴だ。 ・・・なんて奴だろう///。
 同居して初めの頃、無理して起きてる奴に 『先に寝てろ』と、確かに俺は言った。
 それ以来、翌日が休みでもねぇ限りゾロの奴は 先に布団で眠っていた。 熟睡してるもんだとばかり思っていたのに・・・・、俺の入れる炊飯器のスイッチの音を目印に俺を待っていたのか。 なにも言わず・・。
 起きてるときにゃぁ上手に甘えらんねぇ俺が、大人しくくっついて眠るのもコイツにはバレバレだったんだ!? 
 ゾロの行動の意味に今さら気付いちまった。
 気付かなければなんともなかったものが・・・知ってしまえばとてつもなく 恥ずかしくて。 それと同時に胸の奥の方がどっか ほわんと温かくなった。


「もしかして 俺って愛されちゃってる!?」
 恥ずかしくてまともに顔が見られねぇ・・・照れ隠しに冗談で使った 愛 なんて言葉が、ますますこっぱずかしさを助長する。 俺は手に持ったコーヒーカップを片付ける振りをしてゾロからの視線を避けた。


 なのに。



「あたりめぇだ。」
「へ?」
 ゾロの野郎が思いもかけないそんなことを言うから。 だって俺たちは、こうして一緒にいるってのにただの一回も好きだのなんだの、それらしいやり取りはなかったから。

 思わず声の主を振り向けば。
 自信満々にニヤリと笑った男と目があった。
「お前だって、俺のこと愛してんだろ。」
「おまっ、 何でこの俺様が・・・あっ、あいなんてっ。」
 空になった缶を持ち上げ追加のビールを要求する仕草が なんて似合いすぎるんだこのクソ野郎。 こんな時だってのに見惚れちまったじゃねぇか・・。 ちくしょう。
「あン時は、ちぃっと嬉しかったぜ。」
「あの時???」
 向き直った冷蔵庫から冷えた缶を取り出し、プルタブを引き一口ごくりと飲みながら 少しだけ冷静さを取り戻した頭で あの時 ってのを思い起こしてみる。 ・・・が、生憎と思い当たる事はない。
 俺。 そんな 愛してる光線 なんかゾロに向かって発したこたぁねぇぞ? このアホは何の事を言ってんだ? 他の誰かとまちがえてんじゃねぇのか?
 身に覚えのない指摘に 「?」 マークばかりが頭に浮かぶ。 ゾロの野郎 蒸し暑さでとうとう頭の中までイっちまったか?
「あン時だよ・・・。 てめぇ電話で 泣きながら 会いてぇ ッて言ったろ。」
 うわ、まりもってば、自分で言ったくせに ほんのりと頬染めちゃってるよ・・・・・うわ〜〜〜〜、キモッ。 おまわりさーん、ここに気持ち悪い人がいます〜。 ・・・てか、俺。 レディが相手ならいざ知らず、てめぇとの電話で会いたいなんて言ったことねぇし 大体泣いたりしねぇよ、このクソアホまりも。
「電話?」
「あぁ、 富士山の所から電話した時だ。」
 富士山?? つい数ヶ月前の事じゃねぇか・・・俺泣いたか? いや、絶対ェ泣いてねぇし! 
 俺から缶を受け取りゾロはビールをあおった。 上をむく顎につられて露になった喉仏がゴクゴクと動く。 な〜に上機嫌になってやがるんだこのボケ。 なんか勘違いしてるだろ?
 


「十日くれェ離れただけなのに 泣くほど俺に会いたかったんだろ。」
 ぷは〜〜〜っと 息をつくと にかっと笑いやがった! 何言いやがる、泣くほどじゃぁねぇよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっとは。 ほんの少しは、会いたいと思ったりはしたかも知れねぇけどよ。
 心の中でそう反論しながらあの頃の事を思い返す。 

 ワリのいいバイトに行くと 行く先も告げずに一週間以上なしのつぶて・・。 ようやく掛かってきた電話──あれか? 電話電話電話、電話? ゾロの野郎は相変わらず笑顔でこっちを見てる・・・珍しいなこんなに笑ってるの・・・・・・・・・と、電話だっけ。
 数週間前にようやく消えた右足の血豆。それのあった小指がジクリと痛んだ気がした。
「あ!!!」
「認めるか グル眉。」
 認めるもなにも。
「 ・・・・。」
 あれは・・・あン時は・・・、携帯を取るのに慌てて足の指をぶつけて声が出なかったような?
「 ほらなお前ぇ、『会いてぇ』 って、言ったろ。」

 ──あぁ、言った。 『あ・・・・痛ェ』 ってな!


 1度思い出せば イモづる式に記憶が蘇ってくる。
 俺が 痛ェ って言った後、妙に電話の向こうの声が変に裏返ったのは この勘違いの所為か・・・。 『心配かけて悪かった』 なんて聞きなれない台詞を残して 用件のみで電話を切ったのは。 いつもの奴らしくない 歯切れの悪さは。 
 会いたい (ゾロ曰く) と言って泣いた俺に (泣いてないけど) 返す言葉が見つからなかったんだな、この勘違い野郎は・・・。 
 あの日 見る事の出来なかった 電話の向こうのゾロが、照れて言葉に詰まっている姿が頭に浮かんで。呆れるやら ある意味ビックリするやら・・・。 一瞬呆けた後、俺は思わず笑っちまった。

「あぁ、言ったな。」
 自然と笑みがこみ上がる。 そうか、俺にそう言われて (勘違いだけど) 嬉しかったのか、てめぇは。
 炊飯器の事といい、電話の事といい、思った以上に俺はゾロに大切に思われていたらしい。
 毎日のように愛してるなんて、気持ち悪くって言えやしねぇし、言われたくもねぇが (これがレディなら大歓迎なんだけどな)、 こんな風にふとした拍子に感じられるってのは・・・なんかいい関係じゃねぇかな、と思ったりするのはこの男が相手だからだろう。

 自信満々なくせに 肝心な事はなかなか口に出さない男に 俺は上機嫌で新しいビールを出してやった。
 俺が肯定した事に満足したのか 口を閉じてしまった男の代わりに俺が言ってやろう。 今夜は出血大サービスだ。 野郎になんて初めて言うんだから耳の穴かっぽじってよ〜く聞きやがれ。 

「あいしてるよ。クソダーリン」
 












おわり 




多分続きます       忘れた頃にね(笑)  2007/7/29



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