二月の恋







 あの迷子野郎がこの近くにいると聞いたのは先週のこと。



 突然  「バイト決めてきた。 今日から休みだしちょっと行ってくらァ。」 と何故か偉そうに宣言して 姿を消したのが二週間前。
 泊りがけとは聞いていなかった俺は、その晩も、次の夜も奴の分まで夕飯を作って置いといたのに、冷め切った夕飯は奴に食べられる事無く 翌日俺の腹に納まったのだ。
 三日目から俺は、奴の夕飯を作るのをやめた。












 大学に通うあいつと、専門学校に通う俺。

 夜間、趣味と実益を兼ねたバイトに行く俺は 学校が終わって、バイトの始まるまでの数時間を 丁度その真ん中辺りに位置するアパートに帰り、俺とすれ違いのように帰ってくるあいつの分の夕飯を作りラップをかけるのが日課になっていた。
 バイトから帰る時間が日付をまたぐ時には 窓の明かりの消えたアパートの鍵を静かに開けて、キッチンと言えるのかどうかも怪しい半畳ほどの調理場の上の蛍光灯をつける。
 薄暗い光の下、流しの脇に伏せられた一人分の食器を見てゾロの帰宅を確認し キッチンの隅に上手い具合にはめ込んだ洗濯機の上を脱衣所代わりに使って、脱いだ衣類を洗濯機に放り込み。
 軋むドアの向こうの冷たいタイルに足を乗せると シャワーのコックを捻る。
 途端に勢いよく冷たい水が流れ出し、やや間を開けて水量が減ると温かいお湯に変化する。 それを確認してようやくホッと一息を付いてシャワーの下に入る。 
 狭い安アパートに申し訳程度に設置されているそこには 当然浴槽は無い。 のんびりと身体を温めたい時には、近所の銭湯に行けばいいのだ。 ──それは風呂の恋しくなった二人の休日の過ごし方の一つになっている。 
 冷えた身体が温まる間も無く バイトで髪と身体に付いた調理場の匂いを洗い流すと 手早くタオルで水滴を拭いパジャマ代わりのトレーナーを着る。
 炊飯器の蓋を開けて中を見ると 三合分の米が洗われて、静かに水に浸かっている事を確認し、タイマーのスイッチを入れる。 それがサンジの日常だ。


 一緒に暮らし始めて三ヶ月がたった頃、マリモの細胞分裂が進んだのか はたまた突然変異が起きたのか・・・夕飯を食べて空になった炊飯器の釜を洗い 翌日分の米を研ぐなんて人間らしい事をうちのマリモが・・・同居人がするようになった。
 何が彼にそうさせたのか? 自分が夜間のバイトを始めて数日後から始まった事だから 彼なりの優しさなんだろうけれど、そこまでやったならタイマーのスイッチも入れてくれてもよさそうなもんなのだが。 ・・・と奴に期待しちまうのは無理な相談だろう。

 薄暗い部屋に場違いに軽快なメロディが流れると、同居人の眠りを妨げはしないかと冷やりとするのは毎回の事だ。 その度に何故この炊飯器には、消音機能が無いのだろうと思う。 俺のように真夜中にスイッチを入れる奴もいるだろうに。  明るい曲調のフレーズを聴きながら擦りガラスのドアの向こうの気配を探る。
 同居人といえば、こんな音は届かないらしく 起きる気配は感じられない。
 サンジは、いつもながらの事にホッとするのと、ちょっと期待はずれの気持ちを抱えて、洗濯機に置いたタバコを手に取ると 箱を揺すって飛び出した一本を咥え、煙と一緒に溜め息を吐き出した。


 翌朝には米の炊ける匂いと 味噌汁の匂いの中あいつを起こすのだ。 ・・・・俺を起こしておいて二度寝しやがるんだあのアホは・・・・そんな緑のアホを起こす。
 朝飯を食べて洗濯を干して。 
 そうして奴は左に 俺は右の道を行く。  

 同じ方向だったら一緒に行けんのにな、なんて事を思いながら、 サンジは短くなったタバコを灰皿に押し付け 蛍光灯の灯りを消すと擦りガラスのドアを開ける。

 暗闇にも慣れた足は戸惑う事無く奴の眠る布団に辿り着くと 起こさないようにそっと布団を捲り身体を滑り込ませ。  ・・・すると寝息を立てている筈の、そのあいつの腕が動くのだ。  腕枕のように俺の首の下に腕が差し込まれ、半ば抱きこむように。 
 暖けぇあいつの体温は 寒い時期には湯たんぽ代わりになって とても心地いい。 
 夏には最悪だけどな・・・それでもその腕を退けようなんて思わねェ俺は 相当ヤバイのかも知れねェ・・・・ま、いいさ今はまだ冬だ。 そんな過ぎちまった夏のことなんて知ったこっちゃねェ。
 又数ヵ月後にはやって来る夏の事は無視して俺は目を瞑る。 
 鼻先にあるあいつの匂いを吸い込んで・・・俺は眠る。










 そんな生活も 春が過ぎ梅雨が来る頃には一年になる。
 二人で暮らすアパートで 炊き込みを作る時以外、俺が米を研ぐことは数ヶ月ぶりだ。 
 バイトに行くと残してあいつが消えてから 帰宅して炊飯器を覗いても中に米は入っていない。

 たった一週間。

 同居人がいないくらいで、このちっぽけなアパートが広く感じるなんてな。
 あいつの態度がやけにでかかったからか?  そうだよな、態度とアソコだけは無駄にでかかった。 
「うんうん」 と寒い部屋の中 一人で頷いている俺は、傍から見るともっと寒い奴かもしれんが・・・誰もいないんだそこんとこは放っといてくれ。

 狭い二人がけのテーブルの上に有るのは、あいつが買ってきたガラス細工の深いブルーの灰皿と 俺愛用のタバコ。 その端っこに財布と携帯、キーチェーンが丸めて置いてある。 これも俺のだ。 
 ・・・このテーブルはこんなにでかかったんだな。
 互いのイベントにバイトの休みを合わせて、夜ちょっと凝った料理を数品作ると 途端にテーブルに乗り切らなくて、結局一人分ずつに盛った料理を一つの皿に盛り付け直し、二人で一緒の皿を突付いた。
 お洒落なんてモンは俺らには縁遠いもんだった。  鍋なんかやった日にゃ、卓上コンロに場所をとられて茶碗持つたび熱い思いもしたっけ。  ・・夜間のバイトを始めてから鍋なんてやる事も滅多に無かったけれど。 
───人分の食器しか載せないテーブルは隙間だらけだ。

 1DKのキッチンの奥の和室は あいつが置いていったままのコートがハンガーに掛かっている。 
モスグリーンのコートは、確かにあいつの着ていたものなのに冷たくて、あいつの匂いがしない。




 バイト先の賄いで夕飯を済ませる俺は 奴が姿を消してから、自分ひとりの朝のために米なんて炊かなかったし 飯も作らなかった。
 大して食いもしねェ自分の分を作るのは不経済だし、めんどくせぇ。 何より食べてくれる相手がいないってのは張り合いが無い。

「は〜〜〜〜〜〜〜っ、 つまんねェ。」
 何でこんな時に限ってバイトも早く終わりやがる。
 ───人気の無い冷えた部屋はシンと静まり返っていて、知らない部屋みてぇだ。
 バイトが遅くなった日だって、ゾロが起きて待っている訳じゃない。 だが、人の気配と言うのか・・そんなモンがあるのとないのとじゃ雲泥の差だ。 月とスッポンだ。
 最初の頃起きて待っていてくれたゾロに 「先に寝ててくれ、待ってられるより気が楽だから。」 と言ったのは俺だ。
 だってそうだろ? 帰ったら、眠そうな目を無理やりおっぴろげて でも眠気にも抗えない凄まじい表情の半眼の。 どっかやばいトコにイっちゃってる様な マリモが待ってたら、俺じゃなくてもついそう言っちまうだろう。 ・・・あの顔はある意味犯罪だ。
 しょうがねェよな、奴は早起きして 「下半身作りだ〜。」 と言いつつ、毎日5キロくれぇマラソンで汗流してるしよ。 大学帰りにバイトだってしてるし・・・眠いのは、 疲れてんのは解ってる。
 それに・・・よ。 意外な事にマラソンから帰ってシャワーを浴びると 俺を起こしてくれるんだ。 俺は朝が弱いからな。 ちょっと起こし方が あれ、だけどよ。 
 !?  あれ?  あれったらあれだよ。  あ〜〜普通に起こしゃいいのに・・・。 あのバカ、髪の毛濡れたままで 布団中潜って来やがって。 何も毎朝そんな起こし方しなくてもよ/// そのうち布団が湿気てカビが生えるぞ・・・緑の・・・・お揃いじゃねぇか、まさかそれを狙ってんのか?
 俺に緑色のカビ布団で寝ろと!?  それとも自分がカビ布団で寝たいのか?  同じ緑〜♪ってか!?  変態だな。 うん決まりだあいつは変態だ。
 おいクソマリモ変態だと認めてやるからありがたく思いやがれ。 湿気の大好きなお前の所為で 引っ越し祝いに貰った布団乾燥機がお役立ちだ。 俺はカビに埋もれる趣味はねぇからな。 テメェのいねェ間に徹底的に除湿してやる! ん? 冬はあんまり乾燥させない方がいいんだよな・・・・・まァ、それは置いといて。 
 おまけに人のことを起こすと このマリモ野郎は二度寝しちまうんだよ。 たまには朝飯作る間に支度済ましとけばいいのに。 だから、今度は俺がゾロを起こすんだ。
 その朝の恒例行事もここんとこは、奴も疲れてんのか毎日って訳じゃなかったが。
 ───そうは言っても俺も嫌いじゃねェんだよなぁ。  しっかし、何の為に下半身作りしてやがんだあいつは。 ん? もしや朝のあれも鍛錬の一部か? おいおいおい。 って、最後までやんのは3日にいっぺんくれェだけど・・・・///


 が〜〜〜っ!! 思い出したら熱くなってきた。 こんな時は あれだ。
 あ、今度の「あれ」は、調理場の掃除の事だぜ。 
 狭いアパートのちっぽけなシンクを磨いて、一口コンロもついでに磨く。 冷蔵庫の中のチェックをして・・・・奴がいなくなってから買い物に行ってねぇから 調味料と缶ビール位しか入ってねぇ・・・・なんとなくそのまま食器棚の整理もした。 つってもそんなに枚数も種類もねェんだけどな。
・・・・・終わっちまった。 
・・・・・つまんねェ。 つまんねェぞ、クソ。







「どこ行ったんだ?! クソボケマリモ。」

 声に出してみれば狭い空間に意外なほど響き、返答の無い虚しさに独りなのだと 嫌でも思い知らされる。
 独り暮らしには慣れていたこの俺が、たかが数ヶ月・・・・たった7ヶ月 奴と同、同・・・同居!? ・・・・そうだ同居だ!!  同棲などでは決してないのだ! うん。
・・・・・・同居しただけで 人恋しくなっちまうなんて。
 8ヶ月前の俺は、ンな事想像だにしなかった。 高校に入ったときからの独り暮らしに不満なんかなかった。 独りで好きな時に寝て 好きなことをやって。 自由だった。 
 そうだ、あの頃は部屋に独りでもンな事ァ気にならなかった。 つまんねぇと思うことは有っても 他の事してりゃァすぐに気は紛れたし・・・・そういやぁ、高校ン時やってたRPGまだ終わってなかったな。   俺は、ほこりを被り始めたゲームのパッケージをTV台の下から引っ張り出すと コントローラーを手に取った。



 ぐお〜〜〜〜っ!!!!!!
 これって、こんなつまんなかったか?
 主人公の勇者。 こんなにヘタレな奴だったか? つまんねェ。
 つまんねェ、 つまんねェ、 つまんねェ。
 引きっ放しの布団に背中から倒れこんで サンジは天上の染みをぼんやりと見た






───ヘタレなのは俺だ。

 たった一週間。 
 それまでだって朝しか顔を合わさない日も多かったから、一緒に過ごす時間なんて僅かなもんだった。
 なのに。 奴がいないだけで・・・。

 奴の帰らないこのアパートは、中身のなくなったおもちゃ箱のようで。 空っぽだ。





 電話・・・・・してみるか。 テーブルに乗っているはずの携帯の方にちらりと顔を向けてみたが、擦りガラスにはその向こう側のテーブルの形が僅かに歪んで写るだけだ。
 ・・・・・いや、 奴は仕事中の携帯を嫌う、もしかしたら今も仕事中かもしんねェし!?  メールだって、「めんどくせェ」 の一言で返してや来ない。 だからいつからか俺も送るのを止めた。 

 連絡してこねぇあいつが悪い。 
 普通、いつ帰るとか、何処にいるとか、何をやってるとか言ってくるもんだろ?  なのにあのバカは・・・・・・どこで野垂れ死んでたって俺には関係ねぇ。

・・・・・・・関係ねェったら、関係ねェんだ。
 だろ? だって、あいつと俺の関係ときたら高校ン時に一年間同じクラスになったくれェで、喧嘩ばっかしてた。 それがたまたま卒業後の進学先が近かった事も有って 偶然街で再会して。
 知らない街と、知らない人間に囲まれて 見知った奴が恋しくなったのかもしれない お互いに。
 学校の合間に会うことが増えて、 そんな風に付き合ってみれば、むっつりしてるくせに結構面白れぇ奴で・・・親しくなって知ったあいつは、むっつりしてるのかと思えば 意外と表情豊かな奴で。 一緒にいるのが案外心地よかった。  だからかもな、それまで誰にも踏み込ませる事もなかった俺の独り暮らしの場所に、奴を招くようになったのは。
 気付けば 通学に片道一時間半も掛けて通うあいつは いつしか俺の部屋に入りびたるようになり。 
 定期券の切れるのに前後して 俺の狭いアパートに身の回りのモン引っ提げて転がり込んできた。

 おまけに気付けば ナニを擦り合う仲になって・・・・・ついでに俺は男だってのに ナニされちまうような仲になっちまって///
───実を言えば俺は、最初 酒に酔った勢いと気持ちよさに流されちまったんだ。 だがその内 俺は、奴が好きなんだと気がついた。 気付けばどうしようもないほど惚れている俺がいて。 だからその当時付き合っていた女の子には 『ごめんなさい』 したんだ。
 でもよ?!  んなこたぁ言えねェよ、 言えねェよな。  あいつも何も言わねェし・・。 言ったらこんな関係簡単になくなっちまいそうで。
 ふらりと来た奴の事だ、 来た時みてぇにふらりといなくなっちまうかも知れねェじゃん?
 そんなの悲しいじゃねぇか。 ダチとしてさえいられなくなるなんて考えたくねェ。 だから、やっぱ言えねぇよな。

 そうして、俺は肝心な事を言えないまま、 あいつからの本心も何も聞けないまま今に至っている。
 考えてみりゃ、薄情だよなあの野郎。 本当になんとも思っていないのかもしれねェが、お気軽に俺の尻使っておいて、何も言いやしねェ。  そこに穴があったから入ってみました♪・・・ってなくれぇか? 絶倫ミドリマンめ。  ほんっと、どうでもいいんだな俺の事。
 こうして、外に行っても、会えなくても連絡さえ入れてこねぇ。 




 が〜っ。 知らねェよ。 あんな奴! 勝手に野垂れ死んでろ、クソボケマリモ。
 阿寒湖でも山中湖でも、どこでも行って水ん中に入って天然記念物でもしてろ。 それがバイトならまさにはまり役だ。 寒い湖底で凍えてろ ばか。
 ばーか ばーか、ゾロのアホバカホモ野郎。
 布団から起き上がると TV画面のヘタレ勇者に向かって舌を出す。
 ゲームの電源を切ろうとしたその時だった。 テーブルの上の携帯がゾロの着信を告げた。











 生きてた。 ・・・や、それは当たり前なんだが。
「話したいことがある。」
 そう言って 言葉を詰まらせながら現在地を告げた男はあっさりと電話を切った。




 掛かってきやがった。 とうとう連絡してきやがった。

「・・・・・・・・・・・・・・つ・・・っ!」
 俺は右足の指先を片手で押さえながら ダイニングの床に座り込んでテーブルの携帯に手を伸ばした。 
 携帯の音に慌てて立ち上がった俺はドアの柱の角に 勢いよく足の小指をぶつけたのだ。  痛くて声も出ねェ・・・。 だが、無事電話は取ったぜ!  予告無しにやってきたあまりの痛みに声は出なかったが、奴が諦めて切る前に通話ボタンを押して、耳に当てた。 不手際はあったがミッション成功だ俺。

「サンジか?」
 ボケ、通話先確かめてから掛けてんだろ!? 俺以外の誰が出るってんだ。
「・・・ゾ・・・・・・・っ。」
 悪態をつこうとしたが、苦痛に声が出ねェ  畜生! イテェよ 痛てェ。 てめぇがこんな時に電話してくっからだ クソゾロ。
「サンジ。」
 他に何か言う事はねェのか! アホ・・・今何処にいやがんだテメェ。 って、痛ェよボケ。
「ゾ・・・っ。 どこに・・・・。 クソっ・・。 」
「あ・・・・・・・ 俺ァ富士山の近くにいる。 」
「・・・・・・くっ、な・・んでそんなとこ・・・・。ぁ・・・・・痛ェ。」
「おっ、お前・・・・・来週こっちへ来い、ちょっと話したい事があっからよ。 住所は・・・。」
 が〜っ。 こんな悶える程の俺様の緊急事態にメモ取らせんのか この鬼、悪魔。 いてぇぞ! こん畜生。
 その辺に有った 割り箸袋の後ろに ヨタヨタとミミズの這った あ? ナメクジか? しょうがねェじゃん痛くって手も震えるってなモンだ。 ま、そんな汚ねェ字でゾロの言った住所を書きとめた。
「つっ・・・・・・・わかった。」
「心配掛けて悪かったな。・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃ。」
 当てた携帯から通話の切れた電子音が聞えると、俺は携帯を放り出してまだジンジンと痛みの所在を訴えてくる足の小指を両手で包み込んだ。
「ぁ、・・く・・・・・・ぅっ。 痛ェ。」
 こんな体の端っこなのに やけに痛みは響く。 ぶつけたのは俺だとわかっちゃいるが この柱がとてつもなく憎らたしい。 こんなとこに柱がなけりゃぶつかるこたぁなかったのに。 畜生。 痛みのお陰で聞きたいことも聞けなかった。


 だが一つ、手掛かりは手に入れた。 と震える指で割り箸袋を持ち上げる。  奴のいるという住所がそこには書かれている。
 おまけに───『心配掛けて悪かった』 そういったなテメェ。!
 ざまぁみろクソマリモ。 テメェもようやく待つ身の側の気持ちが解ったか?  ・・・俺は待ってなかったけどな。 そう、決してテメェからの電話なんか待っちゃいねェ!!  でもよ、テメェ進化したな! そうなんだよ、普通は連絡位ぇ入れるもんだ。 それが人の道ってもんだ。 よしよしマリモ  一歩人間に近付いたな。 おめでとさん。
 落ち着いてきた足先の痛みに 一息ついて、折角ダイニングに来たからと自分のために緑茶を入れる。 ゆっくりと腹に流し込む頃には 足の痛みは消え去っていた。








 疲れたような声だった。、元気がないというのか。 奴らしくない覇気のない声だった。
 どうしたんかな? 

 着信時のハイな気分がどこかに消えると、耳に残るゾロの声が気に掛かって仕方ない。
 歯切れの悪い、言いたい事を飲み込んだような、らしくない話し方。
 普段から、あまり饒舌じゃない奴の事だから、そんなもんだろ? と思えばそんなもんかも知れない。 (どんなだよ。) 
 だけど。 電話の向こうに聞えた声は どことなくいつもと違った。 どこが? って聞かれても上手く言えねェけど。 


 とにかくゾロの生死はハッキリした。 マリモは富士方面で生きている。 






・・・はぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寝るか。

 割り箸袋を財布に仕舞い 携帯のアラームを確認して 枕元に置くと布団に入る。
 バイトに行く前に入れておいた布団乾燥機のお陰で中は温かい。  俺はいつもより広い布団で両手両足を伸ばして大の字になった。 あの筋肉がいたんじゃこうは手足を伸ばせない。 今のうちに伸ばしておかなきゃ損だ、そう思って目を瞑った。


───この布団。 これは奴が来てから買ったものだ。 
 元々独り暮らしで、家に人を上げる事なんてなかったこのアパートには、シングルが一組しかなかった。 たまにあいつが泊まってくようになっても、毛布だとかバスタオルなんか与えときゃその辺で寝てたし。 奴もそれに関しちゃ文句も言わなかった。 俺様は布団で寝てたから 奴がいいならそれはそれで文句なんかなかったしな。
 ただ、寒い日には、そんな奴が可愛そうだなぁ、なんて仏心で『布団の端っこなら入ってもいいぞ』なんて、言った事もあったが、そんな時も足元の隙間に奴は足を入れるくらいだった。 ・・・あぁ。思えばこれがいけなかったんだな。

 最初は触れるのに戸惑いのあった男の足だってのに 狭い布団じゃ触れないほうがおかしいんだからと自分に言い聞かせ、いつしかゾロの体温に慣れちまったんだ、きっと。
 奴が本格的に暮らすようになった頃が、梅雨時だった。 その頃ってさ、あるじゃん。 肌寒い日ってのが。
 その頃にやりやがったんだよ。 あの野郎。 ん? なにがって!? 一組しかない布団の上にガバーって鍋の残り零しやがった。 もうそれは盛大に。 ダイニングがあるのに何で和室でとか思うだろ? 実はさ、その頃は和室にテーブルが有ったんだ。 ガラス製の。 たまにはTV見ながらそっちで食べようなんて事になって、珍しく『俺が鍋片付けてやる』なんていうゾロに持たせたら そのざまだ。 情けないね。 自分が転んでも鍋は死守しろってんだ。 あいつ いざって時に使えないで 何の為に筋肉つけてんだか。
 幸い夕飯は食った後だったから良かったけど、魚がメインの鍋だったから布団は使い物にならねェ程魚くせぇし ビチョビチョでどうしょうもねぇ。 その晩は布団はねェし、数日後には、布団は粗大ゴミに出した。

 翌日、なけ無しの金を持って買いに行ったよ、布団。 勿論ゾロにも財布を持って付き合わせた。 どうせ一緒に住むなら 布団も二組必要だしな、何しろ使い物にならなくした犯人なんだし?
 結局、シングル二組買うより ダブル一組の方が安かったんでそっちにした。 場所もとらねぇしな。 しかもダブルってもセミダブルだ。  その一番安かった商品が 金のない俺達の究極の結論だった。 
 男二人でセミダブルを買うのも寒いんで、半分の金を渡し 後はゾロに任せて俺はそのまま買い物に行った。 どんなツラして買ったのか、帰宅したら買ってそのまま配送してもらったという布団がアパートに鎮座していた。

 初めて一緒の布団に入る時には ビビったねそりゃ、なんとなく。 いっその事、掛けと敷き 別にして二つ折りにしてその間に挟まって寝ようかと思ったくらいだ。 顔の上までふさがれて苦しいから止めたけど・・・・そんな俺をゾロがあまりにも情けないもんを見るような目で見るから、『ウソだよバーカ』 と笑ってごまかしたっけ。
 背中も触れないように眠っていた筈が 朝起きると奴にくっついていたりして、数日が経つとそんな事にも慣れた。 

───あんな顔してあいつは なんと言うか、・・・扱いが上手い。 
 一緒の布団に慣れてきた頃 奴は自然に腕枕をするようになった。 
 きっと女の子にもこんな風にしてるんだろうな。 なんて思って 苦しく感じるようになったのは、もっと後になるのけれど。



 人を優しく抱き込んで眠るあいつは今、 その腕に他の人間を抱き込んでいないだろうか。
・・・・あいつは、今1人なのだろうか?  財布の中の割り箸袋に書かれた住所は、男1人で泊まるには可愛らしすぎる名前で。 途端に俺を不安にさせる。
 あいつが一人ならいい。 そう思った。











 日にちが過ぎるほどに俺は不安になる。
 『話したい事』 ってなんだ?

 最近は、朝の恒例行事も 回数が減っていた。 恒例行事って、恒例行事だよ/// あ・・・あの。 男の生理現象の解放って言うのかな; つまり、ゾロが俺を普通に起こす回数が増えてたってことだ。

【 話したい事 】・【 減ったエッチの回数 】・【 突然の長期泊り込みのバイト 】・【 歯切れの悪い電話 】 
 んなの。 解りやすぎるぞテメェ。  別れたいんならささっと言えっての! ・・・って、まだ始まってもないじゃん俺達。
 身体だけは勢いで繋いじまったが、何も言ってない。 何も言われてない。 始まりもなければ終わりもないのか俺達は・・・・。   俺ン中では半年前から始まっちまってるってのに。 
 だよな、 奴は興味本位に俺に手を出したにすぎねぇんだろう、きっと。 それが俺が思ったより抵抗しないわ、やってみりゃ処理には使い勝手が良かったりしたんだろう。 女の子テイクアウトするよりゃよっぽどお手軽で金も掛からない。 都合いいよなこりゃ。 

  それがわざわざ 『話したい事』 なんて・・・。 好きな娘が出来たからもうやらねェ、忘れてくれって事か? 言われなくったって 俺も人には言わねェよ。 レディに 俺、男にケツ掘られてましたなんて言える訳ゃないだろうが。 テメェと違って元々ノーマルなんだ俺ァ。
───それとも、もう一緒には暮らさないって事か?  出てくから布団半分寄越せってか!?  ・・・確かにあの布団の半分は ゾロの金で買ったものだ。 でも半分にしちまったらこの寒い時期困る。  ってか、そんくらい餞別にやるよ。 俺だってバイト代稼いでるから今なら布団くらい2・3枚買えるんだ。  俺の匂いの付いたこの布団の上で二人でやりまくってろ、この腐れ外道。 











 どうにもこうにも 一週間は長かった。
 連絡が来るまでの一週間も、長かったが それからの一週間はもっと長かった。

 時間が有ると嫌な事ばかり考えちまうんで、本来ならゾロの夕飯を作っている時間を使って気晴らしをかねて 長くなった髪を切りに行った。
 スタイリストとか言うそばかすの散った黒髪の美容員は 人懐っこく笑う話の面白い奴だったが 「あんたに似合うと思う」 と勝手に短めに髪を切りやがった。  客の注文に忠実に答えやがれってんだ、雇われスタイリストめ。  
 いつもより襟足がちょっと寒い。 二月の風は俺のハートも首筋も冷やしていく。 ・・って、余計に寒っ;









 バイト先に頼んで一週間の休みを取った。 本来なら休みは日曜だけとっているのだが、今回は長期で休ませてもらうことにした。 気さくな店長は 「学生さんなんだからたまには休め。 その代わり戻ってきたら一杯働いてもらうから気にすんな。」 と気前よく休みをくれた。 バレンタインなんてイベント時に申し訳ないと思ったけれど、 もしかしたら俺は使いモンにならねェ状態かも知れねェからな。 
 何の話をされるのかわかんねェけれど。  情けねェが、今までのどんな女の子と別れた時より落ち込みそうな気がするから。 
 それくらい 俺はあいつにのめり込んでいると自覚している。



 ・・・やはり、あいつのバイトは 『日本全国マリモ化計画』 だったんじゃねぇのか? サンジはバスの大きな窓に映る富士山を見てそう思う。 通り過ぎる道の看板にもマリモのイラストが書いてあったりするのが
目に入る。
 向かっているのは、富士の麓 河口湖だ。 マリモで有名な湖だが今ではマリモが減って発見するのも難しいのだという。  きっと絶滅しかけたマリモの再発生(?)の為 あのミドリの何かが必要なんじゃねぇか!? マリモの女性体とあいつがいれば子孫繁栄だって出来そうだ。
 いろんな意味で強そうだもんなあいつ。 その体液でさえ生命力旺盛に違いない。  ・・・はっ! もしかしてあいつの話ってのは 「マリモの 再生そして日本制覇のために俺は、お前とはもう暮らせない。 ここで天然マリモに一生を捧げる。」 とかそう言う事か?  そうか!? そうだったのか!!  俺はマリモに負けるのか?  掛かってくるがいいマリモ婦人。 
 俺はまだ見ぬマリモ婦人を思い描いて 揺れるバスの中で小さくファイティングポーズを取った。



 湖畔から歩いて数分の 雪の残る中に山を背にして建つペンションは、可愛い名前を裏切らずに その外観も異国の匂いがして可愛らしい.。  が、ゾロの姿はその周辺には見ることが出来なかった。
 ・・・ 何時頃着くか前もってメールした筈だ。  久々の俺からのメール。  テメェは気付かなかったのか?  あ! あいつにゃ使い方が解んなかったか! マリモだからな。 ・・・すっかりそれを忘れていた。  あぁ、俺ってばそんな事失念するなんてバカじゃん・・・・って、バカはテメェだ、ロロノア・ゾロ!
 鼻息を荒くして数段の階段を歩き、木製の厚い扉を開ければ 二階まで吹き抜けの お洒落なライトの下がった空間が 俺を飲み込もうと口を開けた。


 ・・・・・・・・あんにゃろう。 バイトだなんてやっぱりウソだろ。 フロントで出迎えた品のいい女性はゾロの外出を教えてくれた。  ご丁寧に黒髪の女性が スポーツタイプの外車で朝早いうちに迎えに来た事まで教えてくれた。
 はぁ〜?!  ほ〜!?  人の事呼び出しておいて いいご身分じゃねぇかクソゾロ。  後で蹴り飛ばしてやる。    ・・・はっ! もしやその女性が、マリモ婦人?  マリモ婦人なのか!?  俺はてっきり彼女も髪が緑かと思ったんだが、黒なんだなマリモ婦人。 何とミステリアス!
 そうか、そこまで話は進んでるのか。 二人仲良く出かけるなんて。  外車に乗ってるなんて。 藻類の癖にインテリじゃねぇかマリモ婦人。  ・・良かったじゃねぇか! 湖底で暮らすんじゃなさそうだ、人間らしく生きていられるんだなゾロ、 よかった良かった。 



「なにが良かったんだ?」
 ひーーーーーっ! マリモ・・・ゾロじゃねぇか!!  いつの間に近付いたテメェ!? 
「悪かったな・・・、呼び出したりして。」
 その隣にいるのは、黒髪のミステリアスな美女。  ま、マリモ婦人!!!  うわ〜美人のお姉さまだ。
「・・・迎えにも出てやれなくて スマン。」
 隣に並んでると 二人似合いだな。 クソマリモにマリモ婦人・・・いや・・・・・・マリモ夫妻。
「サンジさん? 初めまして、ロロノア君の学校で助教授しております、ニコ・ロビンと言います。 今日はごめんなさいね。  すっかりロロノア君引っ張りまわしちゃって。」
 ほんの少し肩をすくめるポーズで、彼女はほんの少し笑った。 ・・・・大人の女。 その余裕が滲み出る。 ちくりと胸が痛む。 マリモ婦人・・・貴女になら・・・・。 『こいつをよろしく頼みます。』 そういうつもりだったのに。
「じゃ、お疲れ様。」 
 そう言ってあっさりとニコ・ロビンは去っていった。
「あ・・あ。 マリモ婦人・・・。」
 なんてさっぱり系なレディだ。 とんこつ系じゃねェ。 あっさりしょうゆ系だ。
「?・・・なにブツブツ言ってる? こんなトコじゃなんだから俺の部屋にこいよ。」
 ゾロの手が俺の肩を軽く押したのを感じて 思わずビクリと身体が震えた。 
 ・・・とうとう、その時が、きちまった。  さよなら言い渡されるんだ俺。 
 背中越しに掛けられたゾロの声が、俺の身体に突き刺さる。 



 僅かに軋む木の床は、年月を感じさせながらも磨き上げられている。 そんな階段を登ってドアの脇の一輪挿しに山茶花の飾られた部屋に足を踏み入れた。
 部屋の中にはベットが二台ある。 その一つの上に俺の荷物をひょいと放リ投げるとゾロは 「ちょっと待ってろ。 シャワー浴びてくる。」と白いドアに消えた。
 ・・・・・『ちょっと待ってろ。 シャワー浴びてくる。』 ゾロはそう言った。───俺は何を待てばいいんだゾロ? 
 素直に ここで待ってろって事か? それまで時間つぶしてろって事か? それとも・・・シャワーって事は、エッチするから待ってろってことか? エッチするからそのつもりで用意して待ってろ? それは、・・最後だからか、二人のエッチが? ・・・・・・・・・・・。   それともシャワーでマリモ婦人の匂いを消してるのか?
 ぐるぐるといろんな想像が駆け巡り。  いい加減考えるのが嫌になった俺は、荷物の載ったべットに横になると水音を聞きながら目を閉じた。



「おい。 サンジ。」
 ゾロのマジな顔が俺を見ている。  ・・・あぁ。そのツラ 怖ェけど好きだぜ? 眠気に包まれた頬が思わず緩む。 手を伸ばして端正な頬に触れるとゾロが目を細めて笑った。 ・・・こうして触れることなんて もうないかもしれない。  そう思った途端ぶわりと視界が滲んだ。
「・・・? サンジ?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。」
 どうやらあのまま寝てしまったらしい。 時計を見るとあれからまだ10分ほどしか経っていない。
 ・・・良かった、涙は零れちゃいない。 欠伸の振りをして目元を拭った。 
「どうした?」
「眠ィ。」
 このところ いろんな事を考えて睡眠時間が不足していたのか、起こされるまでゾロの気配も感じなかった。 寝ぼけた頭でやっちまった・・・ さっきのは夢だと思ってた。  


「眠いとこ・・なんだが、ちょっと起きてくれ。」
「??あ、あぁ・・・・・悪い。」
 そうだよな、このベットは俺が寝るところじゃない。 このベットはゾロの大事な人 マリモ夫人の寝る場所だ。  慌ててベットから飛び起きた俺は乱れたシーツを手で伸ばして直した。
「そんなのはもういいから。・・・話があるんだ。」
 きたか。 とうとう。 あの話だな・・。 振り向きたくない。
「聞いてるから話せよ。」
「ちゃんとこっち向け。」
 ヤダね。百歩譲って聞いてやるから、このままでいさせろ。
「ちゃんと聞いてるから、大丈夫だ。 話せゾロ。」
 そうだ言っちまえ! すっきりしちまえよ?! すっぱり切ってくれ。 俺は二人の邪魔をする気はないから心配すんな。  暫くたっても振り向こうとしない俺に焦れたのか ゾロは大きく溜め息をついた。 
 悪かったな、溜め息付いちまうくらい俺がウザイか? もう俺が嫌か? マリモ婦人がいいか?
「あのよ。 あの部屋、狭くねぇか?」
 ん? 何だ? 部屋の話しか? ・・・そうだな、元々1人暮らしにと借りたんだ。 図体のでかい男二人にはちと狭いな。 でも俺はその狭さも気に入ってた。 喧嘩して口きかなくても すぐ傍にいれたから。 お前は窮屈だったんだな。
「キッチンもあれじゃ物足りねぇだろ?」
 まぁな。 ガスコンロが一口なんて時間は掛かるは、効率悪いわ。 ろくなもん作ってやれなかった。 お前は身体作りと同様、食いモンにも拘りが有ったみてェだからな、物足りなかったんだな。 もっと早く言ってくれればおかずもう一品増やしたのに。
「てめぇ下への音も気にしてたし。」
 あぁ、確かに。 他の部屋に響きそうな音は極力さけた。 特にSEXの時は。 男二人で住んでるんだから そんな感じの音聞こえてたら常識的に変じゃん、ヤバイだろ?!
「だから。」
 だから、出てくってのか?!  部屋のせいにして・・・。 ハッキリ言えばいいじゃねぇか! 俺はもう必要ねぇって。  俺には最初から興味がなかったって。  マリモ婦人と暮らすから邪魔すんなって。
 気付いたら伸ばしたシーツをぎゅっと握り締めていた。 情けねェ、修行が足りねェよ俺。・・って何の修行だ?
「引っ越さないか?」
「・・・・・・・?」
「大学の研究所がこの近くに有るんだが、移転するってんでそのバイトしてたんだ。 これが肉体労働なんだが割がよくてよ。  お陰で引越しの準備金が貯まった。」
「・・・・・。」
 ゾロが白い歯を出して 子供のようににっかりと笑う。
「もう物件も いくつか見てある・・・・・・嫌か?」
 想像だにしなかった言葉に声の出ない俺に、ゾロが眉を顰めた。 その不安そうな表情の浮かぶゾロの顔を見て 俺はふるふると頭を左右に振るのがやっとだった。  ・・・でも。
「・・・・マリモ婦人は?」
「何だ?」
「い、いや。なんでもない。」
「 相変わらず、変な奴だな。」
「・・・ゾロ。 引越しは俺も一緒か? これからも二人で暮らすのか?」
「 当たり前だろ? お前は嫌なのか?」








 湖畔で繰り広げられる花火が上がる度に 部屋がほんのりと明るくなり そしてすぐに暗くなる。
 一瞬照らされるゾロの横顔を見ながら 俺はホッと胸を撫で下ろしていた。
 ゾロが俺を呼び出した訳。  その一つでもある花火が冬の湖面に映る。 ドーンと響く音が胸にしみる。
「てめぇと一緒に見たかった。」 
 そう言ったのは、ゾロだ。  情緒のカケラもねェと思っていたのに この男は案外いろんな物を見ているらしい。 俺の喜ぶ事、好きな事。 どうやら、こいつの世界に俺は同居を許されているようだ。

 未だに具体的な言葉なんかないけれど、ゾロの生活の中に俺がいる。 当然のように振舞うこいつが 一層愛しく思えて 胸が熱くなる。 なんだか無性に嬉しかった。



 今日のために ペンションを借りたこと、 二つ目のベットは俺の分ということ。 新しい物件の特徴。 ロビンちゃんのこと(彼女はマリモ婦人じゃなかった)
 ゆっくりと、少しずつ話すゾロ。 そんなゾロの優しさに包まれながら、俺は、最初で最後だと思い覚悟しながら作ったチョコレートケーキを カバンから取り出すために 腰をあげた。
 「・・・・テメェ。 俺の荷物さっき放ん投げたよな。 ・・責任とってちゃんと食えよ?」

 紙皿に乗ったひしゃげたケーキ。 それを花火の残照に照らされながら美味そうに食う強面の男。
「来年の バレンタイン、そん時もここにくるか。」
 俺の・・・・好きな男が最後の一口を頬張りながら優しく笑った。




 ごめんねまだ見ぬマリモ婦人。 俺やっぱり貴女にゾロを渡せないよ。 ごめんね。











END

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