*** ゾロ!!!
 生きろ。
 死んだりしたら、俺が許さねぇ。
 ・・・・・野望が叶ったってのに命を失くしちまったんじゃ、負けたのと同じじゃねぇのか。 ボケ剣士。
 勝ったんだ。
 てめェは勝ったんだよ。
 目ェ覚ましやがれ! いつまでも寝てんじゃねぇよ。
 ──頼むから・・・・死なねぇでくれ・・・!

 赤に染まったまま、一向に反応を返さない剣士に声が大きくなる。
 いつしか俺は声を張り上げて 温度をなくしていくその身体にすがっていた。***


















 寒ィ。
 ぶるりと走る震えを逃そうと動かそうとした身体は 思うようには動かなかった。
 立って、帰るんだ。

 目深に被った麦わらの下で、
 みかんの葉陰で、
 ラウンジの片隅に拵えられた工房で、
 日の当たる甲板のパラソルの下で、
 フラスコやら試験管を前にして、
 暖かくいい匂いのするキッチンで、


 屈託なく笑うあいつらのいる    あの場所へ。


 帰らねぇと。
 ・・・早く。

 あぁ、でも体が重い 何で動かねぇんだ。 チッ 動けねぇ・・・・仕方ねぇ、こんな時は眠るに限る。
 起きてから追いかけりゃいい。
 ちょっくら寝りゃ体力も回復するだろう・・・



 俺は睡魔に任せて体の力を抜いた。











 どれくらい時間がたったのか。 
 頬を包む温かい手が俺の名を呼ぶ。 その暖かさに意識が浮上した。
 それまでも揺れるような感覚を ずっと頭のどこかで感じていたようだが、ようやっと深みから意識が戻った気がする。

 薄い膜を隔てたように遠くに聞こえる、ずっと欲していた声が。 ・・・俺を呼ぶのに・・・・・泣き濡れている?


 何で泣いてやがんだクソコック?
 てめぇが泣くなんて珍しいじゃねぇか、何があった?


 だが。 動かしたくとも瞼さえ動かない。

 気だるい脱力感の中を 俺はさ迷っていた。








 おそらく・・・・・
 ・・・・いや俺は確かに鷹の目を倒した。
 奴が倒れるのをこの目で見た。 身の丈ほどもあった・・・折れた大きな剣を落とし、ゆっくりと崩れる奴を見た。

 俺は勝ったんだ。 大剣豪の名を手にしたんだ。
 やり遂げたぜ ちゃんと見てたか、 くいな?  俺はやったんだ。

 なんだか体のあちこちが痛ぇような気がするが 手も足も痛みの感覚があるってのは身体のどっかが取れちまったわけじゃねぇってことだ。 ま、仕方ねぇ、勝ったからよしとしとくか。 
 そういえばコックは? あぁ、そうか。 鷹の目との勝負に邪魔だと 俺が船に追い返したんだ。 あいつ、剣圧に巻き込まなかっただろうか。 あの野郎、島の1/5くれぇぶっ壊しやがって。
 ・・・そんなにドジな奴じゃねぇし、大丈夫だよな、 
 今頃は・・・・・ルフィのところに戻ってんだろう。 

 重い浮遊感の中、島で最後に見送ったコックの後姿が目に浮かぶ。 薄暗い空間に浮かぶように 僅かに照らされた黒いスーツの背中が遠のいていく。


 おいコック。 
 俺は勝ったぞ。 なぁ、勝ったんだぜ。


 美味い飯食いに帰るから、そんときゃ笑って俺を迎えてくれよ。
 ・・・お前がいるのが、ルフィの隣でもかまわねぇから。

 俺は、俺の意識の中でさえも振り向く事なく小さくなる姿に 声にならない声を上げ、そこで意識を手放した。











 暗く沈もうとする意識の中に  時折聞き覚えのある声が小さく流れてくる


 あぁ、まただ。 コックの声が聞こえやがる。
 ──コックはここにはいない。
 都合よく声なんか聞こえるわけねぇのに。 
 ・・・・・情けねぇ。 幻にさえ縋り付きてぇのか俺は。
 はっ、未練がましいぜ 我ながら。 


 ────顔。  てめぇの生意気なツラが見てぇよ、クソコック。
























 暑く照りつける太陽の下 俺は見渡す限りの砂の上を歩いていた。
 起伏のある砂漠を一歩ずつ踏みしめ進む。
 力強く踏みしめても 踏みしめても足元の砂は崩れ、身体は先に進まない
 ・・・・・・喉が渇く。
 腰に下げていた水筒を大きく開けた口の上で逆さにしても 一滴の水さえ残っていなかった。
 痛いほどに照らしつける太陽をさえぎるものは 遠く目を凝らしても見当たらない。
 ちっ。
 何でこんなところに迷い込んだのか。
 俺はいつからこの砂漠を歩いているのか。

 俺は風に吹かれてサラサラと音を立て形を変える砂の模様を 目の端に捕らえながら ただ足を動かし続けた。






 あつい、あつい。

 ・・・・・熱い。 


 熱くて喉も身体も焼けちまいそうだ。 熱さに身体ごと全て飲み込まれそうになる。
 この熱さは、・・・・・・あぁ覚えている。 これは身を斬られた傷の熱さだ。
 感じるまでもなく俺の全身に熱が走る。

 いっその事、この熱に溶けちまおうか…そう意識を手放しかけた時だった。



 誰かの嗚咽が聞こえ。

 次に 腕に当たるひんやりとした心地よい感触に うつらうつらしていた意識が僅かに浮上した。
 重たい目をようやっと開ければ、細い視界に光がはじけて滲み。 俺は目をしかめた。

 ぼやけた視界がゆっくりと像を結び やがて金に縁取られた薄い肌色の中に 青い光が瞬くのが見てとれた。
「ゾッ……!ゾロ。」
 何度か瞬いたそれが俺を見て声を上げる。
 冷たい手が腕を離れ俺の頬に触れた。
「心配かけやがって。 いつまでも寝こけてんじゃねぇよ。 さっさと起きろってんだ。 ……おい、ゾロ?」
 返事しようにも喉は熱く、唇も身体も石のように重くて動かない。
 やがて細く見えていた視界も再び暗く閉ざされた。 どうにも身体が重すぎる。

「なぁ、もう一回目ぇ開けてくれ。 目ぇ覚ませよ。」
 ふわりと。 いつものあいつからは想像できない 懇願でもするような言葉と共に 懐かしい匂いが鼻腔に流れ込んでくる。
 まるで優しく上半身に抱き付かれてでもいるような感覚に 思わず起き上がろうとした。 だが身体は言うことを聞いてはくれず、俺はただ木偶のぼうのように動けずにいた。
「頼むから、飲んでくれ。」
 体温が離れ、呟くような掠れた声の後に 口元に何か柔らかいものが押し付けられ、ゆっくりと液体が流し込まれた。
 水だ。
 ごくり。 一口飲み込むと 一度離れたそれが、ほっと息を吐き 再び触れて水を流し込んでくる。 俺はされるがままに喉を癒した。


 ・・・・・・・・・・幻だ。

 ・・・・・・・・・・・都合のいい夢だ。

「ゾロ、俺はてめぇを死なせなんかしねぇ。 じきルフィ達と合流できる。 そしたらチョッパーが診てくれるから・・・・。 死なせねぇ、絶対に死なせねぇ。 ・・・・・・・・・・大好きだよ、ゾロ。」
 呟くような言葉と一緒に もう一度、そっと唇に体温が重ねられた。

 ルフィの名が出てきたことに軽く絶望を覚えながらも 幻の中のサンジが俺を想ってくれることに 俺は救われた。 例え、幻であろうとも。