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「なぁ、サンジぃ。そのズボンの中で動いてんの何だ?食えんのか?」
久しぶりに寄った島で 食料調達をして船に戻り 夕飯の支度をしていた時の事だ。
小さな集落があるだけの島で、物資も食料も思うままには揃わず、でも気のいい住民が
「森なら新鮮な食材が取れるから 自分たちで欲しいだけ持ってきなさい。」
と助言してくれたので 眼を輝かせた航海士が張り切って指示を出し クルーそれぞれ島の森に入り食べられそうな食材を探して 船に戻ってきたのはいいのだけれど。
腹をすかせた船長が サンジのお尻の辺りを見たまま 肉 以外のことを言ったから サンジはつられて自分のスラックスを見た。
「なんかムニムニ動いてんみたいだけど
それ不思議ズボンか?」
特に見た目変わったことのない、いつものスラックスだが 言われてみれば尻の辺りがムズムズするので、森に行った時虫でも入ったのかと 虫嫌いのサンジは慌ててスラックスに手を入れる。
「んん?ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜ぁ?」
キッチンにサンジの雄叫びがこだまして 何事かと慌てたクルーが集まる。
「サンジに尻尾が生えたぞ」
楽しそうに笑う船長の言葉通り、サンジのスラックスから黒い尻尾がはみ出ている。
「ちょっと、何やってんの。遊んでないで ご飯の支度してよね。」
と眉間に皺を寄せたナミが 尻尾を引っ張る。が取れない。
嫌がるサンジのスラックスを少し下ろして更に引っ張るが びくともしない。
それどころか 引っ張ると痛がるのだ サンジが・・・。
「おい。頭につけてんの何だ?」
ちょっと離れた所から見ていたウソップが 震える指でサンジの頭を指差す。
みんなの視線が集まった先、
サンジの金髪の中には黒い とがった耳らしきものが付いている。 引っ張っても 取れない。
「これって、あれよね。耳と尻尾よね・・・。」
「あはは、ナミ、そのまんまじゃねぇか。」
ガコン
ようやく搾り出した言葉にちゃちを入れられてナミが船長の頭を殴る。
引っ張られた痛さと 何が起きたのか解らないサンジは、ビビが差し出した手鏡をちょっぴり涙目で覗いた。
慌てた顔で自分の髪に手を入れる。
耳はしっかりと頭から生えているのに元の耳はそのまま。
ナミに言われて 医学書を見ていたチョッパーが 首を捻りながら
「グランドラインには悪魔の実の他にも 変わった物がまれにあるみたいだから。」島の人に聞いてくる。と言ってウソップと船を降りていった。
青い顔をしたチョッパーとウソップが帰って来ると サンジの様子が又変わっていた。肘から指先までが黒い毛で覆われている。
「悪いとこは別にないみたいだけど・・・」
診察したチョッパー以外の全員が
「いや、悪いトコあるだろ」と心の中で突っ込みを入れ、船医の言葉を聞く。
「あ、悪いって今のところ 命に関る事はないって事だよ。さっきこの島の人に聞いたんだけど、ここでは ネコネコの実 ってのが取れるんだって、サンジなにか食べなかった?」
「ん〜。みんなが持ってきた奴で 見た事もないのがあったから 毒見した。でも他の島でもいつもやってるぜ。」
サンジはコックとして 初めて手にする物は食べられるものなのか、どう調理するか、自分の舌で確かめている。
自分で わからないものを仲間に食べさせる訳にはいかないからだ。
「やばそうなのは、出したし。食べても一口だ。そのゴミ箱にまだ入ってるぜ。」
少し落ち着いた様子で タバコを銜えながら、顎で流しの横のゴミ箱を指す。
「くそっ、この手じゃ火も付けれねぇ。ワリィけど頼む。」
マッチを差し出されたゾロがサンジのタバコに火をつける。
ウソップとチョッパーが 一つの木の実を取り出し 図鑑を覗き込む。
「サンジ、これ食べたのか?」
「あぁ、一口。でも食用にはならなそうだったから残りは捨てたよ。」
「これは、子猫の実だ。悪魔の実とは違う。」
「はぁ、?子猫の実ィ?」
「うん、ネコネコの実じゃなくて良かったなぁ。ネコネコの実だったら全身毛に覆われて人間だった頃の記憶もなくて まるで大きな本物のネコのような状態が3年続くんだって サンジ子猫の実でよかったな。エッエッ・・。」
いや、喜べる状態じゃねぇだろ。どう見ても。
こんなのが3年続くんじゃぁ・・・
「サンジさん。ごめんなさい。私・・・。」
サンジの隣でささやくような小さな声でビビが呟く。
先ほど みんなの視線の集まる木の実を見て すぐに顔色を変えたのをサンジは見ていた。
俯くビビの背中をポンポンと叩くと 顔を上げたビビに ゆっくり首を振って微笑んで見せる。
ビビがホッとしたような息を吐いたのを見て サンジは船医に視線を戻した。
「3年?も、このままにゃのか?」
「それはネコネコの実。サンジの食べた子猫の実は 島では食べちゃいけない植物と昔から伝えられているから 子猫になった前例は無いんだそうだ。図鑑によると 子猫の実なら長くて1年。食べた量が少ないからそんなにかかんないで治ると思う。子猫の実の症状は、仕草が少し猫っぽくなって、手が毛で覆われ 尻尾と耳が生えてくるんだ。それと・・」
「にゃ〜んにゃ。そんにゃんにゃ困っにゃうにゃぁ。」
「てめぇ、変だぞ」ニヤニヤ笑うゾロから言われ
自分の口から出た言葉にびっくりして サンジは眼を白黒させながら手で口を押さえる。
「それと、しばらくはネコ語しか喋れなくなるんだ。」
チョッパーが言った。
「みんな〜。ごはんよ〜。」
毛だらけの手では調理できないので 食事作りはナミが引き受けてくれた。
出口がなくて困っていた尻尾のために 持っていた黒いハーフパンツにビビが尻尾穴を作ってくれた。
(あぁ、なんて親切で素敵なんだナミさん。ビビちゃん。この忌まわしい毛が無くなったら めいっぱいご奉仕するからねぇ。)
一応二足歩行で歩けているし、そんなに不自由ではないが、猫語しか話せないので チョッパーが居ないとみんなと話も出来ない。
調理も出来ないし つまんないなと、猫生活一日目でくじけそうになるサンジだった。
スプーン、フォークは どうにか使う事が出来るのが判ったのは、昨日遅くなった夕飯のメインがサンジの下ごしらえしていたハンバーグだったからだ。
若干黒かったが・・・味は良かった。
さて今日は何かなと クルーがキッチンに行くと、テーブルに載っているのは 氷の浮いた水の入った器の中に 細長い白い麺が入っているもの。
「素麺だ」ゾロが嬉しそうに呟く。
サンジは素麺を見て大きく眼を見開いた。
(な、何でだよぉ。ナミさん それは取って置いたのにぃ・・。)
「俺の育ったトコでは 夏に良く食べたんだ」
以前二人で 夜の見張り台の上で話したことがある。
暑い夜だったからか夏の話をした。
花火の事。祭りの事。ゾロは地味だけど線香花火ってのが好きだってこと。
浴衣の事。蝉の声。虫捕りの事。カキ氷の事。
そして素麺の事。
幼い頃から船の上にいたサンジには知らない事ばかりで、月明りの下 酒を飲みながらゾロの話に聞き入った。
中でも気になったのが、食に関する事。
カキ氷は知っていたが、素麺は解らなかった。
でも、ゾロが懐かしそうに話す顔を見ていたら どうしても食べさせたくなって。
話を聞いて 麺つゆの感じは解ったが、麺が解らない。
自分で作ってみたりもしたが、どうにも上手くいかない。
そんな時、偶然立ち寄った島で見つけたのだ、素麺を。
小躍りしながら船に戻ったのだけれど・・・・大食らいのルフィが「肉〜っ」って待ってたし。
早くゾロに食べさせたかったけれど・・・・折角だから暑い日に作ろうと思って。
でも、グランドライン特有の不安定な気候によるものなのか、その後暑い日はなかったので、
素麺はキッチンの片隅で出番を待ったままだった。
「何だ。肉はないのか。」
がっかりする船長に ナミが笑顔で拳骨をかます。
「あら、サンジくん。何かあった?耳と尻尾が下がってるわよ。」
サンジの顔を覗き込む ナミ。
その横で心配そうに見ているビビ。
サンジはフルフルと頭を振り 笑顔を作って椅子に座った。
クルーが席に着き 食事が始まる。
ゾロはいつもと同じく何も言わず黙々と食べている。
ただ時折口元をほころばす。
それを見てサンジは嬉しくなった。
(本当は俺が作ってやりたかったけど、ゾロは喜んでくれてるみたいだからいいや。変な顔して ビビちゃんやナミさんに 心配掛けちまうといけねぇし。)
「サンジくん、食べないと無くなっちゃうわよ。」
見れば 大喰らいの船長が腹を膨らましつつ「おかわり!」なんて言いながら
他の奴の皿を狙っているから ウソップとチョッパーが皿を抱えるようにして食べている。
サンジも慌てて、箸を持ち・・・・持てない。
どうにか持てても 素麺がつかめず ツルツルと逃げられ
箸を持つようにまでは器用に動かない手を見て 溜息をついたサンジにナミが声を掛ける。
「やだ、食べれない?そこまで考えなかったわ。戸棚開けたらこの麺につゆのレシピを書いた紙が付いていたから これにしたんだけど。」
「それもあるだろうが、茹でる他にネギ切るだけだったからだろう」
突っ込みを入れたウソップが 瘤を作りながら床に倒れる。
あぁ〜もう煩い。と手をさすりながら ナミはゾロに
「あんた もう食べ終わるんでしょ、サンジくんに食べさせてあげてね〜。」
意地の悪い笑顔を向けると ぶーっと噴出すゾロを尻目に自分の食器を片付けに行った。
ゾロが噴出したものから皿を守る様にしていたウソップとチョッパーを眼の端に見ながら 食べ終わったゾロはサンジに向き直る。
最初は嫌がっていたサンジも 自分では無理だと判ると大人しく ゾロに口に運んでもらう。
(親鳥になった気分だな。おぉ、よく食べる。ん〜なんだかこの口、エロいな。)
そう思うとゾロは 照れて頬を紅潮させているコックの口元から目が離せない。
(咀嚼の為に上下する咽も、程よく開けた唇から覗く赤い舌も つぼめた口も全てがやらしいぜ。この口で俺の・・・。)
自分の世界に入り始めていたゾロの脇で船長が
「肉球〜〜〜〜〜っ。」と騒ぎ始める。
何故箸が持てないのかウソップに説明してもらったルフィが コックの手を触り始めたのだ。
「きもちいいなぁ、これぇ。肉球ほしい〜。」
掌のぷっくりした膨らみに顔をスリスリとしている。
「今、食事中なんだよ。食い終ったんなら向こうに行ってろ。」
「ちえっ。ケチだなゾロは。・・ウソップ、チョッパー向こうで遊ぼうぜ。」
名残惜しそうに手を離すと 口を尖らしながら、ルフィがキッチンから出て行く。
(ワリィが邪魔すんな。それにコイツに懐くな。肉球もやらん。)
ドアを睨んで箸の止まったゾロを
コックが覗き込んできた。
「あぁ、ごめんな ほら。」
向き直ったゾロが 素麺を差し出すと 口をあける。
(いつも こう素直ならいいんだけどな。いやぁ、それにしてもエロい。)
コックの変化に始めは吃驚したゾロだが 命に別状はないと分かったら 安心して。
猫に変化した姿がなんとも可愛く見えて・・・更にこんな役得まで。
(他の奴らにはやらせらんねぇな。治るまで飯の時間にはきちんと来よう。)
緩みそうな頬を 抑えながら心に誓うゾロであった。
「子猫の実、食べたのがサンジ君で良かったわよね。ウソップとかゾロだったら見たくないもの。」
デッキでルフィとチョッパーに猫じゃらしで遊ばれているサンジを見て ナミが言う。
「そんなことねぇよ。俺様もきっと可愛いぞ。俺様は、きっと白い高貴なペルシャ猫だ。島の人の話じゃ 食べた人によって毛並みが違うんだとよ」
「ふ〜ん。ウソップはペルシャって感じじゃないわよ。雑種よ。雑種。」
「はっきり言うなぁ。」
「いいじゃない。雑種は強いのよ。」
二人の会話を聞いてビビが笑っている。
褒 められたのか、けなされたのか。
判らないままウソップは ナミが本を読むデッキチェアーの脇で 武器の開発を続けた。
相変わらず猫じゃらしを握り締めたルフィが 尻尾を逆立てたサンジを追いかけ始める。
「サンジ、もっと遊ぶんだから 逃げんな。」
サンジに蹴り飛ばされても ルフィはゴムの手で戻って 甲板を走り回り、そんな事を何度も繰り返すのを見て ナミは 二人を止める。
「いい加減にしなさいよ。サンジ君嫌がってるじゃないの。あんまりしつこいと 夕飯抜きよ。」
ナミの剣幕と 夕飯抜きの一言が効いたのかルフィは「ちえっ。」と言いながら船首へ歩いていった。
「にゃにゃにゃ〜〜ん、にゃにゃにゃにゃ〜。」
サンジがナミにお礼を言ってるらしい。通じてるのかわらないが・・。
サンジが猫に・・いや、子猫の実を食べてからと言うもの ナミは何故かサンジに優しい。
そんなナミの近くが居心地いいのか、ラブコックの本能なのか サンジはナミとビビの傍で床に座った。
ただ単に ここ以外ではルフィに遊ばれてしまうのが嫌だからなのだけれど。
ビビは新聞、ナミは本、ウソップは開発に没頭してるのを見て する事のないサンジは眠くなってきたようだ。
顔を手で擦って、なんとなく耳を毛繕いする。暫くすると寝息を立てて眠ってしまった。
ほかのことに没頭するフリをしていた三人は、寝息を確認するとそろって息をはいた。
「あたし、サンジ君の昼寝って始めて見たわ。綺麗ね。」
丸まって眠るサンジの尻尾を撫ぜながら ナミは寝顔を覗き込む。
今までに何度かサンジの寝顔は見た事はあったが、それは戦闘で傷付いた時や 酔っ払ってしまった時のもの。
今日の様な 安らかな全てをさらけ出すような 寝顔は見た事がない。
「いつも朝早くから夜遅くまで動き回ってるからな。休んでる暇ないんじゃないか?。男部屋にも寝る時位しかいねぇしよ・・・。たまにはこんな日があってもいいんだよ。疲れたときは手ぇ抜きゃぁいいのに、こいつは平気な顔で無理するから。」
年上のコックに向かって感想を述べる。
「ま、この状態が続くとこっちがきついけどな。」
「そうよね。あたしも もうメニューのネタがないから 早く戻ってくれないと・・・困る。それにしても 掃除は今までどうりサンジ君やってるけど 男物の洗濯はウソップあんたがやってんでしょ。あれもかなりな量だし、それにみんなのご飯作るのって ・・・すッごく大変なのよ。ねぇ、ビビ。なのにサンジ君いつも笑顔でやってくれてるのよね。たまには休ませてあげないと。」
常に欠食児童の居るこの船の食事作りは大変なんだと 実感のこもったナミの真剣な顔が、眠り続けるサンジを見て急にほころんだ。
「・・・・・・・。ね。ウソップ、さっきの見た?」
サンジから目線をはずさないまま話す。
「子猫の実って 仕草も猫っぽくなるってホントなのね。毛繕いして顔洗うみたいな事してたでしょ。猫じゃらしの誘惑に 勝てないみたいだし 猫みたいで可愛いわサンジ君。」
「お?おぉ・・・。」
ナミの言葉にさっきの光景を思い浮かべ、子供の頃近所の猫が同じ様な事してたのを想い出す。
「宮殿に住み着いていた猫も同じ事してたわ。」
想い出すようにビビが眼を細める。
「猫飼ってみたかったのよね。でもベルメールさんがダメって言って飼えなかったの。そりゃそうよね、三人が食べるのもやっとだったんだもの・・・。サンジ君が子猫の実を食べたおかげでちょっとだけあの頃の夢がかなったわ。命には別状は無いって言うし 元に戻るんだから ちょっとの間いいわよね。その辺の猫より よっぽど聞き分けいいし なんてったってそこらのネコより可愛いんだもの。」
なんだか嬉しそうに話すナミの話を聞いて (可愛いと言えば確かそうかもしれないな・・でもでかいし コスプレだろこりゃ)とウソップは思う。
サンジが聞いていれば 顔を真っ赤にして怒るんだろうが 彼は今夢の中だ。
「じゃ、子猫の実に感謝だな。ナミ。」
ウソップとナミ、ビビが楽しそうに話すのを 昼寝から起きた剣士が遠くから見つけた。
会話は聞こえないが 三人の間でコックは寝ているらしい。
ぼぉっっとした頭が急激に覚醒する。
ナミは嬉しそうに長い尻尾を撫でている。
「あの、ばか、・・・クソコック。」
ゾロはサンジが自分以外の前で 無防備に寝顔をさらすのを見て腹が立った。
ナミの手がコックの頭に降り、金色の髪を撫ぜる・・耳を撫ぜていたのだが・・
ナミの指が金の上を滑るのを見て ゾロは足音を立てて近付いていった。
振り返ったウソップが恐ろしいものを見るような眼をしている。
「み、Mr武士道?」
「腹減った。何か食わしてくれ。」
「サンジ君じゃないんだからそんなの無理よ。」
「今すぐだ。頼むから何か作れ。」
頼むと言いながら命令する、有無を言わせないゾロに
「何でもいいわね」と言って渋々ナミがキッチンに向かう。
その後をビビが追っていく。
「ゾロ、それって、頼んでる顔じゃねぇぜ。すっげぇ恐ェ。
あ・・俺研究の続き部屋でやるんだった。」
ゾロの凄みを増した表情を見て ウソップは道具を持ってどこかにいった。
「この クソコック。何 寝てんだよ。」
三人を追い払うと、言葉とは裏腹に サンジのそばに静かに座り込む。
少し口を開けて眠る想い人の顔を見る。
(可愛い寝顔 他の奴に晒してんじゃねぇよ。)
何時までも見つめていたい寝顔。
誰にも見せたくない寝顔。
起きてる時はわざと顔をしかめて憎まれ口を叩いたり 口元を歪めて笑ったりするけど、ホントは誰よりも無垢な心を持っている。
寝顔にはそれが滲み出て・・。
この天使のような本当の顔を 独り占めしたくて。
本当は この手の中に閉じ込めて 自分以外見られなくしてしまいたいと思うのだが、こいつにも夢はあるし自分の脚で進んでいける心を持ってる男だし、閉じ込めてはいられない。
それならば、共に歩んで生きたい。
沢山の人の中からゾロという 自分を見つけ求めてくれたのがコックだし、
ゾロに 自分でさえも知らなかった沢山の感情があることを教えてくれたのもコックだ。
何よりも 閉じ込めるなんて もったいなくって出来やしない自分をゾロは知っている。
例えば、港に寄った時。
人で賑う市場の中 遠い人の波から金髪がこっちを見て笑った時。
迷子になりかけた俺を 必死な瞳で探し当ててくれた時。
はしゃぐクルーと離れた所で 昼寝してる俺を見つけてくれる時。
・・いつだって コックはその蒼眼にゾロを探してくれるのだ。
そして 探し出した時の瞬間の顔。
それの大半は一瞬で消えてしまうけれど、・・・すぐに悪態に変わってしまうけれど・・・
その顔を見て ゾロはなぜか安堵するのだ。
順調に航海を進めるメリー号からは 今日も賑やかな声が聞こえる。
そんな中 一際大きな声がデッキチェアーの方から響く。
「いた〜いっ!サンジく〜ん!!引っ掻いたわねぇ。乙女の柔肌に〜!!」
そう言うナミの手の甲には薄っすらと数本のラインが・・・
線がついただけで 血などは全く滲んでいない。
(ありゃ、ヒリヒリする位で痛さなんて感じないんじゃないか。大体 猫じゃらしをルフィから取り上げて 目の前でちらつかせる方が悪いんだろ、あぁぁ、サンジってばあんなに耳と尻尾下げちゃって 可愛そうに。・・・俺様じゃなくてよかった。サンジもなぁ、言葉喋れれば こんな言いがかりかわせるんだろうに。)
(ナミってば そんなの傷跡なんて残んないよ。痛いんなら手当てするからさぁ。サンジの事そんなに怒んないでよ。)
その場に居たウソップとチョッパーは ナミの横目での睨みに出掛った言葉を飲み込んだ。
レディに傷を負わせてしまったと、俯くサンジは、ナミの楽しむようなニヤニヤ笑いを知らない。
(こえぇ〜)
そんなナミを見て ウソップとチョッパーは二人抱き合って震えた。
「サンジ君、あたし傷モノになちゃったのよねぇ。このせいでお嫁に行けなかったらどうしてくれるの?その時はサンジ君あたしをお嫁に貰ってくれるわよねぇ〜」
サンジは、頷く事も否定する事もなくただ 俯いたまま。
暫くそのままの時間が流れたのだが 最初に声を出したのはナミだった。
声を出す前にちょっと悲しそうな顔をしたのには誰も気付かない。
「しょうがないわね。これで許してあげるわ。」
サンジが顔を上げる前に ナミはサンジの首に手をまわし 手に隠していた物を付ける。
???首の周りに紐状の物が張り付いている?
「その首輪 ウソップに作って貰ったのよ。ご丁寧に鎖もオプションで付いてたのよね。あたしは、首輪頼んだだけだったんだけど。だって今のサンジ君見てたら首輪似合いそうだったから」
慌てて首を触ると幅2.3センチはありそうな革の感触がする。
(何だよこれ〜)サンジは情けない自分と 首輪をつけて喜ぶナミに怒りが湧いたが、鈴付きにしたのよ。なんて 笑うナミを見たらサンジは怒れなくなってしまった。
=お嫁に貰ってくれる?=との問いかけに頷く事が出来なかった。
もちろんナミも返事なんて期待もしていなかったろう。
今、彼女の中に居るのは船長なのだから。
でも、その気持ちに気づく前 サンジの事を思っている時期があって・・・。
それをサンジも知っていて・・・。
更には何時も賛美しているサンジだったら 当然一つ返事な筈のナミの問いに答えられなくて。
でも 気持ちには嘘が付けなくて・・・ 自分はゾロしか見えないのだから・・・。
謝るのもナミに失礼だと思うサンジは 首輪の事を今日は諦めようと思う。
その代わり 何でこんなモン作るんだよと ウソップを睨む。
「ナミぃ・・サンジが鎖は外してって言ってるぞ・・。」
「だめよ。ちゃんと付けてないと。あ、痛い。」
チョッパーの通訳も物ともせず ナミは手の甲をこれ見よがしに擦る。
声にならない大きな溜息を付いてサンジは諦めたようだ。
昨晩ゾロに「もうその辺で寝るな 眠いなら俺の隣で寝ろ」と真面目な顔で言われたから、サンジは不貞寝する訳にもいかず、鎖がナミの手に握られてるので立ち去るわけにもいかず、しゃがみ込んでいると
「ねぇ。手を顔の横に持ってきて にゃ〜ん。って言ってみて。」
ナミが サンジの視界に入るように 引掻かれたという手を擦る。
芝居がかったナミの仕草に 金色の頭をふさふさの手でかきむしりそっぽを向いてしまったサンジ。
(お、怒ったのか?蹴りが来るのか?)
びびるウソップを尻目にナミが甘えた声でもう一度言うとサンジは
暫くして うん。と頷く様な仕草をすると
「にやぁーぉん」
頬を赤く染めながら右手を顔の横に添える。
そのままくるっと後ろを向いてしまった。
ナミとウソップが口元を押さえ
「ビバ 子猫の実!!!! ありがとう 子猫の実!!!!」
心で叫びながら遠い眼をしたのを サンジは知らない。
鍛錬を終えた剣士が 喉を潤そうとキッチンに向かっていると 片隅に金髪が眼に入る。
冷蔵庫から出したドリンクをコップに入れて 先ほど見たサンジの元へ向かう。
約束を守って今日は寝てないようだ。
剣士にしては珍しくうきうきと弾むような足取りで向かったのだが。
「な、・・・何やってるんだ!」
ゾロの眼に映ったのは真っ赤に染まった顔でしゃがみ込む金髪の 項垂れた白い首に黒く巻き付く物。
それから伸びる銀の鎖を持つナミの姿。
「サンジ君が引っ掻くもんだから お仕置きよ、お・し・お・き」
「お仕置きって・・・・ナミ オメェ何考えてんだ。」
眉間に皺を寄せ テメェらもだ。と言ってウソップやチョッパーをじろりと見る。
ひぃぃぃ〜〜。とウソップは息を呑むと
「ごめんなさ〜〜〜〜〜〜いぃぃぃぃぃx」
恐怖のあまり固まったチョッパーを引っ張って逃げていった。相変わらず逃げ足は速い。
「ちょっ、ウソップ?・・・・。」
「何考えてんだ、って聞いてる。」
逃げ遅れたナミに 腹をすかせた獣のように ゾロの眼光が光る。
ナミはそれには答えず 持っていた鎖をゾロに差し出すと、
「しょうがないわね。これあげるわ。精々楽しんでね。」
何言ってんだこいつ、と言った顔のゾロに鎖を渡し、キッチンに消えていった。
「コック。」
ナミが居なくなり 二人きりになると ゾロは声を掛ける。
本当はこんな事やられているコックに怒りたいのだが、その気持ちをグッと抑えて優しく呼ぶとようやく顔を上げた。
頬を紅潮させたまま上目遣いで見上げてくる。
その眼が飢えた肉食獣に怯える小動物のようで、ゾロは苦笑する。
ゾロだって解っているのだ。
普段は、憎まれ口と賛美の言葉とタバコで 仮面をつけて素の自分を隠しているのだけれど、言葉の話せないコイツは 巧く仮面を付けられず、更には子猫の実によって生えた物が 彼の表情に隠れた意思を勝手に表すから 自分でもどうしたらいいのか困っている事を・・・。
ゾロの顔が柔らかくなったのを見てサンジがホッと 息を吐き立ち上がると 気を取り直したのか自嘲気味にニヤッと笑い 手摺に凭れ掛かりタバコを銜えゾロに向き直る。
子猫の実を食べてからのコックの火をつけろという合図だ。
ゾロはそれを無視すると コックの唇からタバコを抜き取り自分で銜え火をつけた。
タバコを取り上げられ 戸惑ったような表情と革の首輪が目に入る。
吐き出した煙と一緒に
「んなことされてんじゃねぇよ。クソコック。」
と言って 金髪の唇にタバコを戻す。
(やってくれるぜ、ナミ。)
海を見つめるコックの白い首筋に映える黒い革の首輪。
(似合ってるつうか・・・。そそるっつうか・・。)
手に入れられない筈の綺麗な生き物を 首輪で拘束し手中に収めた気分になって、意のままに扱いたいと云う欲望が頭をもたげる。
時々 ジャラ・・ という鎖の音もして、その音と 金髪の首と自分の手に繋がった金属を見ていると 嫌がるものを無理矢理屈服させ、泣き叫ぶ姿が見たい 等と不埒な考えが頭をよぎる。
(涙が似合いそうだな。・・・って、俺ってヤバイか。)
この姿になってから ゾロとサンジは性的交渉をしていない。
ゾロとしては 普段と変わらずヤりたいし、何よりもこの倒錯的なコックに魅力を感じていたから 本当ならいつもよりヤりたい 気持ちが勝っていたのだが・・・。
自分の変化に戸惑っている金髪の事を思うと 欲望に待ったをかけたのだ。
一応魔獣と言われる男にも理性と言うものがあったようだ。
しかしそれも今 ガラガラと音を立て崩れようとしている。
夜、格納庫で寝顔を腕に抱きながら 何度襲ってしまおうと思い我慢した事か。天使のような、子猫のような寝顔はとても魅力的でそれを抑えるのは拷問に近い。
(こいつも 落ち着いたみたいだしそろそろいいよな。)
などと ゾロは思ったりする。
短くなったタバコを海に投げ捨て振り向いたコックは ゾロに向かって首を見せると 首輪を手で指差す。指差すといってもどの指で指したのか解らないのだが。外せというジェスチャーらしい。
顎を上に突き出し ゾロに白い首を晒す。
金髪の白い首に黒。
軽く眼を閉じた様はゾロの欲望に火を付けるには充分で、ゾロは首筋に唇を寄せた。すぐに抗議の声が上がる。が、猫語なのでそれを無視してゾロは首筋に舌を這わせる。
項から耳朶に唇が進む頃には コックから抗議ではない甘い吐息が聞こえるようになり 金髪の体が寄りかかってくる。唇に軽くキスをして耳元で
「外してやっから、今夜いいか。」
と囁けば 背中に回された腕に力がこもった。
それを同意と受け取って もう一度触れるだけのキスをすると 首輪を外してやる。
潤んだ目元と紅潮した顔に又そそられ 自身の欲望も頭を持ち上げ始める。
首輪を着けたまま行為をしてみたかったが もうそんなのはどうでもよくなっていた。
散々我慢してたんだ 我儘を言うほどあまり余裕はない。
二人きりになれる夜まで待とうとゾロは身体を離した。
久しぶりの とは言ってもほんの一週間ばかりなのだが、コックは新鮮でいつもより恥じらい、しかし悶えまくった。
声を抑える姿が艶を誘った。
サンジも余裕なんてなかったのかもしれない。
ゾロもいつもと違うコックに欲情した。
格納庫の小さな窓から朝日が差し込み 白い肌に朱を散らし腕の中で眠るコックがほんのり照らされる。
金髪の中から突き出ている耳も ゾロの胸に置かれた手も 黒い毛で覆われて猫そのものだ。
昨晩は白と黒のコントラストに我を忘れてしまったが 改めて腕の中のコックを見ると言い知れぬ感情がよぎる。
チョッパーが言うには 一時的なものらしいが ゾロは不安だった。
チョッパーを信用する、しないではなく、ただ不安だったのだ。
このまま戻らなかったらどうなるのだろう。
猫になったコックでも 人間のコックでも構わないのだけれど
こいつの声がもう聞けなくなるかもしれない。
こいつの話が聞けなくなるかもしれない。
こいつの作った飯が食えなくなるかもしれない。
こいつと喧嘩出来なくなるかもしれない。
こいつの夢は叶うんだろうか。
変わってしまうであろう日常。
コックと出会うまではなかった感情。
珍しく落ち込んでいきそうな気分に ゾロは毛布を掛け直すと もう一眠りする事にした。
どうせコックは朝食の準備をしなくていいのだ。
それなのに・・・こいつは料理できなくても朝早くにキッチンに行って 身振り手振りでナミに教えている。
おかげで最近は少しまともな物がテーブルに並ぶようになってきている。
でも調理が出来る訳ではないのだから 今日は休ませてやりたかった。
ナミと二人にしたくなかったというのもあるけれど。
元に戻ったら二人で朝日の中まどろむなんて事滅多に出来ないのだから。
サンジに黒い尻尾と耳が生え 手足が猫のものになってからもうじき数週間が経とうとしている。
その間 食事の仕度はナミだけでなく ビビやウソップも交代でやるようになり、サンジの指導のお蔭かメニューも増え かなり手馴れてきた事もありテーブルは賑やかにはなったのだが クルーの誰もがサンジの手料理を 待ちわびていた。
そんな中 サンジは不安を抱いていた。
俺の居場所は・・コックの仕事が出来ない俺はこの船にとって必要ないんじゃないか。
こんな姿になって 皆、口には出さないけれど気を遣ってるのが痛いほどに分かる。
いっその事無視してもらった方が気が楽かもしれない。
気のいい連中の事だから 自分の事の様に心配してくれているのだろう。
だからこそ そんな連中の足手まといにはなりたくない。
そして何よりゾロの負担になるのは嫌だった。
子猫の実なら一年、ネコネコの実なら三年。
チ ョッパーは 食べたのは少しだから 暫くすれば元に戻るって言ってたけれど 自分では元に戻るのかさえ 全く分からない。
たとえ このまま皆と一緒に航海を続けオールブルーを見付けたとしても この手では料理人としては活きていけないだろう。
自分ごときの事で 夢を持った連中に負担を掛けるのは嫌だった。
自分が足枷になるのだけは御免だ。
ナミとウソップ、ビビも大分料理が出来る様になってきた様だし 自分が居なくてもやっていけるだろう。
・・もし次の島に着くまでに治らなかったら・・船を降りよう
あいつとの約束は守れなくなっちまうけどな。
元に戻ったら追いかければいい、広いグランドラインで逢えるかどうかは運次第だが、GM号の仲間は サンジにとって もう自分の夢と同じくらいかけがえのないものになっているのだ。
追いかける価値はある。
「海賊船だー!!」
見張り台からチョッパーが叫ぶ。
サンジは凭れていた手摺から身を離すと 甲板に向かう。
声 を聞いたクルーが集まってチョッパーを見上げる。
「あっちの方、まだ遠いけど海賊旗が揚がってる。」
指さす水平線に見える船影。
「じき雨が降るわ、ここはやり過ごしましょう。」
ナミの提案も虚しく 大型の海賊船がGM号に向かって来る。
甲板に見える武器を持ち声を張り上げた男達は、とても友好的には見えない。
「しょうがないわ。早めに片付けて!ついでにお宝持ってきてね。」
ナミが言ってるのは 敵船で戦闘し、GM号を傷付けるなという事だ。
「オーケィ。ここんトコ、実戦が無かったからな、腕が鈍っちまいそうだったんだ。ちょうどいい。」
「にゃ・・。」
「にしし・・。やっつけてくっから、ナミ肉用意しとけよ!!」
「おーし、お前ら行ってこーい。俺様が援護射撃してやっから 安心して暴れて来い。・・・でも危なくなったら ・・・助けに来て下さい。」
「俺はGM号に乗り移りそうな奴が居たらやっつけるよ。みんな、怪我すんなよ。」
「ルフィさん、Mr武士道、サンジさん気をつけて。」
「サンジ君・・。」
大丈夫?という言葉を飲み込んだナミに サンジは口端を上げて微笑み頷いた。
「おっし、行くぞっ。」
離 れた敵船に手を伸ばすルフィに サンジとゾロが張り付いて三人は飛んでいった。
「人数のワリには呆気なかったな。やっぱりこれは俺様の指揮が素晴しかったから 敵も怯えちまったんだろう。さすがキャプテ〜〜ン、ウソップ。俺様の事だ。」
「みんな大きな怪我が無くてよかったよ。薬も大分減ってるから心配だったんだ。」
「肉、肉ぅ!!」
「ルフィちょっと待って、ゾロとサンジ君まだ来てないのよ。って、食べてんじゃないわよ。・・しょうがないわね、二人の分は食べちゃダメよ。ちょっとビビ見張ってて。」
「もしも〜し、誰か聞いてますかぁ・・?」
「ウソップ煩い。・・・どうぞ、食べていいわよ。」
ナミが二人分の食事を取り分けながら、残りのクルーに夕食を勧める。
大型の海賊船は 敵船に移った三人によって壊滅した。
人数だけは多かったので 手間取ってしまったが GM号は戦場にはならなかったので ビビやナミとチョッパーは特に出番も無かった。
しかし戦いが終わった頃に 降り出したスコールに翻弄され クルーは休む暇もなく駆り出され ようやく雨が上がり食事にありつけたのだ。
(あいつらが 敵船に行ってるうちに肉をオーブンに入れといて正解だったわ。 こんな疲れた後じゃ 食事の支度なんてしたくないもの。 サンジ君何時もやってくれるけど 大変よね。感謝しなくっちゃ。サンジ君といえば・・・、)
ナミは自分も食事を始めながらキッチンに現れない二人を思う。
敵船を壊滅させ 戻ってきたサンジ君はいつもと違った。
いつもなら カチッとスイッチが切り替わるように元に戻るのに 今日は戦闘時の攻撃的な気配を纏ったままで。
いつもより 返り血を浴びていたからそう見えたのかもかもしれないけれど。
ナミに向けられる微笑もなく、眼が合っても顔には表情が無く毛は逆立てたまま。でも 目の奥で何かが光っているようで、その無表情がかえって不気味だった。
声を掛け損なっているうちに スコールが酷くなりそれぞれ持ち場に散っていき・・・。
雨が止み 腹をすかせたクルーがキッチンに来たのだが まだゾロとサンジ君の姿が見えない。
「ナミ。二人分の飯をくれ。あと酒も。」
「ゾロ、明日あたり島に着くわ。久々で量多いから買出し手伝うのよ。サンジ君に買い物リスト作ってもらわないと・・・ねぇ、サンジ君どうしたの?もう、みんな食べ終わっちゃうわよ」
キッチンのドアに一人現れたゾロにトレーに乗せた食事を渡す。
「サンジに何かあったのか?俺診察するぞ。・・あれ、ゾロその腕どうしたんだ?さっき見たときは無かったのに。」
見るとゾロの腕に三本の線が平行に走り 血が滲んでいた。
消毒するか?との問いにゾロは一瞬考え、自分でやるから 貸しといてくれとチョッパーから消毒薬を受け取った。
サンジがやったのかと、眉を寄せた船医に
「ん。ただ興奮してるだけだ。大丈夫。ありがとな。」
チョッパーの帽子をポンポンと軽く叩くと 二人分の食事の乗るトレーを持ったゾロはすぐにキッチンから出て行った。
「サンジさん、本当に大丈夫なのかしら・・・。」
「チョッパー。サンジの食べたのって子猫の実なんだろうな。」
「何だよぉ、ウソップ一緒に調べたじゃないかよぉ。」
「そうだけどよ。もし、悪魔の実とかだったら ずっとこのままかぁ。って思ったらな、ごめんチョッパー泣くな。」
「ゾロが付いてんなら大丈夫だろ!それにどんな姿でも サンジはサンジだ!俺達の仲間にはかわりはねぇ・・肉もっと〜」
「もう、あんたはそればっかり。そうね、サンジ君もじきに落ち着くだろうし、元に戻れば美味しい食事も食べれるし。」
「おう、サンジの美味い飯 食べたいもんな。その時はキノコ抜きパーティーだ。それにしても・・・サンジとゾロって普段喧嘩ばっかりしてるくせにこういう時はスゲェよな。お互い支え合ってるって云うかよぉ。補い合ってるよな。同い年のせいなんかなぁ。」
剣士と料理人の仲をまだ知らない四人は顔を見合わせ ウンウンと頷きあう。
唯一事情を知っているナミは知らぬ顔で話を続けた。
「もし戻んなくても、ルフィの言うとおり仲間なんだから、ね。」
「うん。俺、どんなサンジでも大好きだぞ。」
照れながら話すチョッパーを 後ろから抱きかかえ 腹を膨らませた船長が 眠い、寝る。とチョッパーを連れて男部屋に向かったのを切っ掛けにクルーは眠りに付いた。
翌朝のサンジは昨日の様子が嘘の様に落ち着いていて。眼には何時もの優しい光が戻っている。 子猫の実を食べてから 余計な会話をしなかったのに今日のサンジは 前のようにクルーに話しかけ。
数週間も経てば なんとなく何が言いたいのか解るのは不思議なもので。話しかけられたクルーも ごく普通の会話を返した。
猫語と人語のごくごく普通の会話。
でもそれはとても久しぶりのもので、GM号には自然と笑顔があふれ 寄港までの束の間の時間を惜しむように サンジはよく笑った。
買出しリストを 手に持って
「買い忘れは無いわね、今夜には港を出るから。」
眩しいほどの笑顔で振り返るナミの視線の先。
買出し部隊のウソップ、チョッパー、サンジは両手に山のような荷物を抱えている。
「こんなことならゾロと代わんなきゃよかったぜ。」
「でもウソップ、もし海軍に見つかってGM号が襲われたら大変だぞ。だからゾロと船番交換したんだろ。」
「いやぁ、それはゾロが市場に行って海軍に見つかったら もっと困るからだ。その為に俺様が代わってやったんだ。」
「そんな事言って、本当は残るのが怖かったんでしょ。」
「なっ!!何言ってんだナミ。そっ、そんな事ないぞ。ゾロが迷子になって出航が遅れても困るからな。こんな海軍が居て物騒なトコ早くオサラバしてぇし。」
「そうでしょ。でも明るいうちは無理よ。目立つから、暗闇に紛れて出るわ。」
「にゃにゃにゃ〜ん。にゃにゃにゃにゃにゃん。」
「そうね。急いで帰りましょう。あの二人が大人しくしてるといいんだけど。」
島に近付いた時
港に見えたのは海軍の船。
相手に気付かれる前に 港から離れた岩陰に船をとめた。
食材が底を尽き始めた為 どうしても買出しが必要だった。
賞金首のルフィとゾロ、顔が知られているかもしれないビビは 船番がてらお留守番に残し。
チョッパーの薬の材料と 食材を買い込んだ四人は船に戻ってきた。
新鮮さを保ったうちにと サンジは休む事もせずチョッパーを通訳に ウソップとナミの休みたいと言うのを無視して保存食を作らせる。
今日の市場は小さい島の割には 比較的大きな市場で、見た事もないような食材があり、サンジは自分で調理したいと思ったのだが自分の状況を考え諦めた。
又いつか手に取る事も有るだろう。
元の姿に戻れるたのなら。
又いつか自分の手で仲間に調理できる機会があるのなら・・・。
・・・考えられるのは 未来への希望的観測。
兎に角 出航前には食材を整理しておきたかった。
ナミとウソップ、ビビが調理しやすいようにしておいてやりたかったのだ。
一仕事終え、サンジは甲板の手摺に背中を預けてGM号を見渡す。
買出しの疲れも取れないまま 慣れない仕事をした三人は部屋に帰って行った。
付き合ってくれたチョッパーも これから薬の調合だと笑って部屋に消えた。
ルフィはナミが部屋に戻るのを見つけて追いかけて行った。
見張りと称しながら船尾で鍛練し 何時もの様に寝てしまったゾロが転がっている。
海軍がすぐ側に居るのに呑気な船だとサンジは苦笑して広くない甲板を一望する。
継接ぎだらけの船体と共に航海してきた。
軋む床板が愛しかった、
食事時キッチンのドアを覗く期待した顔を見るのが好きだった、
満足した顔で出て行くドアが自分の場所だと教えてくれた。
そこかしこに残る自分とゾロの喧嘩の痕に眼を細める、
み んなの笑顔が集まる甲板が居心地よかった、
みかん畑の葉音が揺れる、
月の近くなる狭い見晴台が好きだった、
仕込みの終わるのを待っている気配を 背中で感じる時間が居心地よかった。
腕の中で見る朝日の差し込む小さな窓が好きだった。
ここが俺のいる場所。これからもいるべき場所なのだ。
眼を閉じると溜息が出る。
何時もなら煙と共に吐き出す溜息を空に向ける。
太陽が水平線に近づいて 空が色付き始めていた。
サンジはキッチンに足を向けた。
細い月の浮かぶ暗い海面を船は静かに滑り出す。
無事海軍の眼を避けてGM号は出航した。
最初に不審に思ったのは 剣士だった。
暗いキッチンに酒を取りに行くと テーブルの上に布巾の掛かった皿が眼に入る。
布巾を捲ると 出来上がった料理。
以前旨いと言った酒の肴。
キッチンの主が変わってから酒の肴は出た事は無く・・。
それが何故ここに在るのか、・・・料理はもう温かくない。
元の姿に戻ったのかと喜ぶにはキッチンは肌寒くそれを否定して、ゾロは腹の中から重い物が突き上げる様な不安が込上げる。
眼がコックを探す。
船室も、格納庫も、見張り台も、風呂も、甲板も探した。
だんだん足が速まり胸に重い何かが溜まる。
みかん畑にも何処にも金髪の痩身は居ない。
「ナミ、ここ開けてくれ。」
眠そうな顔をしたナミが文句を言いながら顔を出す。
「コックここに来てないか?」
ナミの文句を無視してゾロは聞いた。
「居るわけ無いじゃない。お風呂じゃないの?」
「いや、いねぇ。何処にも居ねぇんだ。」
「だって、出航の時はサンジ君マストのとこで笑ってたじゃない。その後だって洗濯物たたむって言ってたわよ。」
「いねぇんだよ!後はナミの部屋だけなんだ。・・・おめぇ、何か知・・。」
ゾロの真剣な顔を見て何か思い当たる事があったのか、最後まで聞かず、
ナミは部屋を飛び出しキッチンに向かった。
「・・・な・・んで?サンジ君治ったの?」
「・・・やっぱ、おめぇじゃねぇよな。それ作ったの。」
「ねぇ、サンジ君治ったの?・・・ううん、あの時はまだ子猫のままだった・・わ。」
ナミが自分に言い聞かせるように呟き冷蔵庫を覗く。
買出し後にはなかった皿が 棚に乗っている
「やっぱり。・・・買出しの後の下準備・・、保存用だけじゃなかったのね。・・・みんなの好物が作ってある。」
「何でその時に気付かねぇんだ。」
「あんただって 判んなかったんでしょ!」
「あぁ、気付かなかった・・・。何にも気付かなかっんだよ!!!ただ、今日はよく笑ってんな、としか思わなかった・・。」
ゾロはキッチンの壁に拳をぶつける。
「どうした? こんな時間に。そんな大きな声出したら皆起きちまうぞゾロ。・・・っ、なんて顔してんだよ。」
「ウソップ、今夜の見張り当番あんたよね、サンジ君見なかった?」
「見てねぇが、サンジがどうかしたのか?」
テーブルの上には 不自由な手で仕上げたであろう 冷蔵庫に入っていた料理。
いつもサンジが作るそれとは違って盛り付けが雑にはなっているが他のクルーには作れないもの。
「あ・・。今日下ごしらえした食材じゃねぇか。ナミが作った・・訳ないよな・・。」
「あたしじゃないわよ。それよりサンジ君は?あんた見張ってたんでしょ。」
「あ、あぁ一応。トイレに行って帰ってきたらキッチンの灯りが消えてたから、てっきり寝たもんだと思ってた。そういや戻って来る時に大きな魚が跳ねた様な音がした・・」
顔色を無くしたウッソップ。
何やってんだ。と現れた船長と船医にナミがサンジの不在を告げる。
「なぁ、これ。サンジのだろ。」
ルフィが調理台の上のノートを手に取る。
「それサンジが大事にしてるやつだぞ。レシピとか書いてあるやつだ。じじぃになったら本にまとめるんだって言ってた。俺の薬の調合書いたのと同じ様なもんだって言ってた。」
「おい!メモが挟まってる。[ナミさん、暫く預かってて下さい]だとよ。」
ルフィからノートを取り上げて見ていたウソップが 几帳面に書かれたノートの間からたどたどしい大きな文字で書かれた紙を持ち上げる。
「そっか。『暫く』か。じゃ、大丈夫だなサンジは帰ってくる。」
きっぱりと自信満々に言うルフィにナミは少し落ち着きを取り戻す。
サンジ居ないの?と涙ぐむトナカイの頭に 大きな手が触れる。
「ゾロ。」
「大丈夫だ。帰ってくるの待ってられねぇから 俺が迎えに行く。・・・ナミ。」
「昼間は近づけない。明日の夜、あの岩陰で待ってるから。」
白み始めた空を見てナミが言う。
「ルフィ。」
「この船のコックはサンジ以外考えられねぇ。早くサンジの飯食いたいし・・迎えに行って来い。ゾロ」
「わりぃ、船借りるぞ。」
そう言うとゾロはキッチンを出て非常用の小船を下ろし飛び乗った。
「騒ぎ起こしちゃダメよ。海軍に見付かったらサンジ君探す時間無くなるからね!」
GM号から小船が離れた時ナミが叫んだのを思い出し、ゾロは何時もの自分とは思えない程慎重に行動した。
港町には海軍がいる、そんなトコにサンジは近よらねぇ。
灯台下暗しとか言って裏をかくってのが 好きなヤローだが、今はしないだろう。
そう思って 港から離れた街外れの宿や使われていないような小屋を探すが居ない。
町の人に聞いても目立つであろう奴の姿は 数人しか目撃しておらず、行き先は分からない。
手掛りを掴めぬまま 木々の間に見える海が朱に染まり始める。
「必ず一緒に帰って来い。」
船長以下 船員全てから託された想い。
何よりも自分自身の為に ・・コックと航海を続ける為に。痩身を探す。
だが奴はドコに行ってしまったのか、半日経った今も消息は掴めない。
ふと、昨日島に近付いた時の事が頭に浮かんだ。
船の手摺に集まったクルー、ゾロの隣には気が付けばタバコに火を付けろと催促する痩身の姿。
痩身のタバコをふかす視線の先には 大きくはない島の小さな丘。
その丘の頂上と思われる所に 展望台と淡い薄紅色の木が見えた。
じっと目を逸らさず優しい表情で見詰め続けるコックに言った事を想い出す。
「買出しの後、あそこに行こう。向こうから見るこの船はあの木に負けず、きっと綺麗だぞ。」
結局、海軍の船が居た事で 島に長居は出来なかったし、ゾロも下船出来なかった。
約束は果たされないままなのだ。
もしかしたら、という気持ちが沸き起こる。
行こうと伝えた時の コックの普段は見せない子供のような笑顔が眼に浮かんだ。
止まっていた足が方向を変え 歩みはゆったりしたものから 次第に駆け出していた。
ゾロは丘の上に向かう。
「・・・あんの、クソコック・・。」
廻りくねった遊歩道には眼もくれず 展望台を目指して背の高い草の中へ躊躇することなく足を進め 道なき道を突き進み展望台の所に辿り着く。
クルー曰く[大きな迷子]と言われるゾロにしては 考えられない行動だ。
展望台に近付くと 船から見えた薄紅色の木が大きな古木だとわかった。
木の根元まで届くような立派な枝垂れ桜。
薄暗い外灯に照らされる古木は 盛りは過ぎたのか 花びらがはらはらと舞い落ちる。
その幻想的な光景にゾロは眼を奪われる。
頭上から木の根元近くまで薄紅色の花の筋が幾重にも伸びて木の幹は花に隠れてしまっているほどだ。
花に見惚れていたゾロは 古木の脇の展望台に視線を移すが人影は見えなかった。
ここには来なかったのか?どこにいるんだ手間掛けやがって
・・この枝垂れ桜を見るコックの顔が見たい、桜を一緒に見たかったな、と思ったら呟きが口をついた。
その声を発してすぐ後に
今まで気配のなかった古木の方から人の気配がして 降る様な花の中から金髪が姿を現した。
「んあぁ。なんか呼んだか?剣士様。そんな怖ぇ顔してこの木を切っちまうんじゃないんだろうなぁ。」
花の中から出ると サンジは口端を片方上げタバコを銜え、マッチを擦り火を付ける。
突然 何かの気配が現れたのでゾロは 腰の刀に手を伸ばしながら気配の方を凝視していたら 現れたのは見慣れた 金髪の痩身。
違和感なく舞い落ちる花びらの中に溶け込む姿は一枚の絵画の様だとゾロは思う。
「よぉ。」
恋焦がれた声が耳に流れる。
手は人間のそれに戻ったようだ。
「木じゃなくて 俺、斬りに来たのか。」
サンジは眼を伏せたまま タバコを銜えた口元を歪ませ笑った。
「かもな。」
ゾロは呟くと刀から手を離す。隠れていて見えない蒼眼が見たいと思う。
「・・クッ。テメェに斬られる程 落ちぶれちゃいねぇよ。」
「逃げるような奴は斬る価値もねぇな。」
「逃げちゃいねぇ。俺は逃げねぇ。」
紫煙を吐きながら瞼を開けたサンジの眼は獲物を狙うようにゾロを睨み
「クソ剣士、俺を追ってきたのか?・・・はっ、・・・俺はそんなに信用ねぇか?たとえ直ぐに会えなくても 俺は追いかけるぜ。麦わらの海賊旗を。・・・テメェを。夢をな。たとえ逢えないままジジィになっても。・・・離れちまっても気持ちはずっと一緒だ。まぁ、思ったより早く元の身体に戻れそうだし 迎えに来てくれた事だし・・よしとするか。」
そう言うと やがてふっと笑った。
視線をゾロから放さないまま。
真っ直ぐに見詰める蒼眼は 透明度の高い海のようだ。
強い意志を感じられるその眼を見て あぁ、要らない心配をしたんだなと安堵する。
安堵して視線を外すと 暗い外灯の中浮かび上がる古木が眼に入った。
「見事だな。こんなに立派なのは 初めて見た。」
見上げる間にも花びらが次々と舞い落ちる。
だろぉ、すげぇよな。と言いながら 見上げたまま花びらを掌で受け止めようとする仕草が眼に入り ゾロは慌てて彼の手を取った。
「てめぇ。この手は何だ?」
コックの手にのった小さな薄紅色が赤く染まる。
引っ込めようとする手を掴み それをよく見ると掌に無数の傷。
シャツから出ている腕にもいくつかの傷が有るのが見て取れ、服も汚れている。
もう乾いているものも有るが 血が滲んでいるものもある。
「あ、これは大丈夫だ。痛くなんかねぇから気にすんな。」
「手はコックの命なんだろうがよ。ほら、貸せ。」
開放された手をひらひらと振るサンジは 新しいタバコに火を点けて口端をにやりと上げたが
ゾロが己のバンダナを外し血を拭い サンジの利き手に巻き付けながら顔を覗き込み何があったのか訊くと ぽつりぽつりと口を開いた。
「昨日買い物に行った時、市場の人に手を見られてさ、子猫の実食ったのか訊かれたんだ。 吃驚してたよ。この島じゃぁ倦怠期の夫婦が食べるもんなんだとよ。ここは生涯一夫一婦制で不実は許されない事だから マンネリを防ぐために使われる事が極・極稀に有るらしい。何で極稀にしか使われないのか聞いたらよ、・・・元に戻れずに狂い死ぬ事もあるからだそうだ。もしそれで相手が死んだ時は 残された方は新たに伴侶を得る事が特別に認められるらしい。云わば命がけで相手を繋ぎ止める為に使われるんだと。面白くもねぇ、変な話だよな。」
暑いのに大きな長袖を着て、キャップを被り 尻尾をズボンに隠していった姿を思い出した。
あ、ウソップやナミさんチョッパーは知らないぜ、離れてたしな。
と笑うサンジの傷付いた手を唇に引き寄せ口付けると 笑いは自嘲気味に変わる。
「そんな顔すんな。どうにか元に戻れそうだし、・・・俺は死なねぇよ。」
手をゾロの頬に伸ばし ふんわりと笑いそのまま手をゾロの頭にまわして抱き込んだ。
同じ位の身長のせいかゾロの頭はサンジの肩に乗る形になり サンジの薄い体臭が鼻をくすぐる。
「こっち来てみろ。」
暫く頭を包んでいた手がぽんぽんと軽くゾロの髪を叩くと 身体を引き剥がし古木の方にゾロの手を引いた。
花の間を通り抜けると 桜にしては太い幹が現われ 見上げれば360度薄紅色に包まれていた。
花の向こう側から洩れるかすかな外灯の明かりで花が透ける。
「すげぇ・・・、」
ゾロが花を見渡したまま言葉が出ないのを見て
「口、開けっ放しはやめろよ。バカみてぇだぞ。あ、すでに手遅れか。」
「うるせぇ。クソコック。」
サンジは子供のように笑った。
「すげぇだろ。幻想的で、でも暖かいものに包まれてるみてぇで 初めてなのに懐かしい気がした。」
笑った後、ゾロの顔を暫く黙って見ていたが 急にくしゃりと顔を歪ませると 苦笑に変わる。
サンジは自分の手を見て 俯いた。
「市場の婦人の云うとおり狂っちまいそうだった。身体の奥から焼かれるようで 俺の意思なんてどっかに持ってかれそうだった。」
そう言って顔を歪めるコックは両手を握り締め、その後自分を抱くように腕を掴む。
(あぁ、あの傷はそん時付いたのか。傷の具合から見てかなり苦しんだんだな。)
「食ったのが俺だけでよかった」
と 笑って呟くコックは 見惚れるほど綺麗で、
こいつはこれからも俺の知らない所で死と直面し葛藤して、俺の知らない所で乗り越えちまうんだろうなと思う。
でも、その時は俺が少しでも こいつの苦悩を和らげられたら、・・一緒にいることが出来たら、とも思う。
「一言、言ってから行けよ。」
口に出せない想いに替えて呟いた言葉は 自分でも拗ねたように聞こえる。
一瞬呆けた様にゾロを見ていたコックは笑って、でも口調は真面目に言った。
「ばかだなぁ、てめぇ。この麗しのサンジ様がこの世から居なくなるって解ったらレディ達が悲しむだろ。俺に恋焦がれて追いかけられたら困っちまうからな。 ・・気まぐれで船を降りたんだって思ってくれたほうが・・まだましだ。もし、狂い死ぬところなんて見たら あの王女様は 又悲しんじまう。王女様にはやる事があるんだ。」
ゾロはその言葉で昨晩のビビの様子を思い出した、
顔色が悪く眼はキッチンのテーブルを見たまま 何も言わなかった。
ビビは自分が子猫の実を採ってきた事をずっと負い目に思ってるみたいで、(誰もサンジでさえも責めなかったのに彼女は自分の所為だと思っていて)コックは・・・そんな彼女に これ以上負担を掛けたくなかったんだろう。
それでなくても 彼女は国を憂いて心を痛めているのだから。
でも、ゾロは自分の知らないところでコックが命を落とすなんて考えたくなかった。
それも他人のために、自身は誰にも縋る事無く、誰にも知られないまま逝く覚悟をしていたなんて。
コックのこの自己犠牲はどこから来るのだろう。
見返りを求めない自己犠牲。その所為で命を落とす事がなければいいとゾロは危惧する。
「俺は、お前が居なくなったら 泣くぞ、」
「・・・キモい」
「お前が居なくなったら悲しむぞ、」
「すぐ忘れるさ」
「忘れない。お前が居なくなったら 狂うぞ、」
「嘘つけ・・・。」
「お前が死んだら 俺の野望は果たせない。」
「・・・そりゃ・・・。 ・・・困る。」
「だから・・・、ずっと一緒に居ろ。」
サンジは唯一残っている尻尾を下げ困ったような顔をした後、新しいタバコに火を点けると古木の幹を見つめた。
とにかく 狂いもせず、死にもしなかったのだ。
「この木が助けてくれたんだぜ、狂いそうな時、木の幹に寄掛ってたんだ。」
(ゾロに包まれてるみたいで・・ゾロの腕の中に居るみたいで・・落ち着いた。)
と、そんな事ゾロには言わないけどな。
「さて、お前がココに居るってェ事は・・・メリー号は近くなんだろ。早くアラバスタに向かわねぇと・・・。レディ達も心配してっといけねぇからな。でもまずは戻ったら飯の仕度だ。美味いもん食わせちゃるぞ」
「あぁ、腹減った。早くてめぇの飯が食いたいぜ。」
花のカーテンから足を踏み出すと 二人は海を見た。
港の明かりから離れた山寄りの海上に小さな灯りが浮かんでいる。
二人はその方向に 揃って走り始めた。
fin
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