Cherry














「俺は‥‥無駄なんだろ。」
まっすぐに見詰める目が揺れ、逸らされる
「‥‥は?何言ってんだ?訳わかんねぇぞ。」
「そう言って話をそらすんだな、てめぇは‥‥。あん時も答えなかった。」
蒼い瞳が振り返りゾロを見る。
「あぁ!?」
サンジの思考や言動が飛んだりするのは日常的なことだが・・。今は花の話をしていた筈だ。
「花と同じで咲かないうちに切られちまったモンは無駄なんだろ。」
どこか覚えのある言葉に記憶をさかのぼる。

確か、拾った枝を飾ったサンジに掛けた言葉だ。
「無駄じゃねぇか。」
「飾ってもよ‥。まだ咲かねぇ内に切っちまったんだ。きっともう枯れちまう。」
‥‥無駄か‥‥。あの時サンジはそう答えて口元だけで笑った。桜に向けられていた目は決して笑ってなかった。
花を咲かさない蕾はせっかく色付いても膨らんでも切られちゃ終わり‥か。てめぇらしい
そういって何かを諦めたようなさめた視線を俺に寄越し、コックはキッチンへと消えたんだった。

それが何処でどうしてサンジが無駄と言う事に繋がるのか‥‥。
「俺に解る様に話せ。」
ゾロは浮かした腰を再び椅子に沈めるとサンジに向き直った。
「とぼけやがって。」
呟くとサンジはタバコに火をつけ煙りを吐く。
ゾロに向かって吐かれた煙が薄れると、そこに冷ややかなさめた目をしたサンジが居た。
「何のことだ?あの時とか、無駄とか?答えとか。」
「はン。てめぇは何処までもとぼける気なんだな‥‥。じゃぁ、教えてやる。」
サンジは端に除けられていた酒瓶に手を伸ばして酒を口に流し込む。
「てめぇは都合のいい処理道具が出来たんだと思ってるんだろうけどナァ。俺ァ‥‥あん時てめぇに斬られんの覚悟で本気で俺の気持ちを言ったんだ。なのにてめぇは・・何にも言いやしねぇ。 その上何も言わず押し倒しやがって、人がてめぇに惚れてるって知って俺を利用したんだろ。」
「は?」
「は。‥‥じゃねぇよ、ばっくれやがって!俺の気持ちは花を咲かす事も無いなまま バッサリ斬られて蕾のまんま枯れちまったよ。でもな、そのまま終わりとはできねぇんだよ。」
一気に喋ると又 ぐいぐいと酒をあおる。
顎を伝う雫が反射して光るのを見ながら、ゾロは灰の長くなったタバコをサンジの指から抜き取ると灰皿に押し当てた。
「なんか勘違いしてねぇか?」
「何がだ!てめぇに受け入れられる事無く、蕾のまま散るんだとしてもなぁ。てめぇはそれにつけ込んで‥‥それをむしり取るような真似しやがって。こんなんじゃもし、他の誰かを好きになっても新しい蕾をつけることも出来ねぇじゃねぇか。これじゃぁ 蛇の生殺しだ‥‥。」
ゾロを見詰める蒼い瞳が 一瞬揺れて潤みだす。


こんな目を前にも見た。
あれは、深夜のキッチン。
サンジに「てめぇに惚れちまったみてぇだ。」と言われた日だ。

酒を取りに来た俺は つまみを作ってやると言うサンジにキッチンに引き止められた。
つまみの味を聞いた後、世間話でもするように言われたんだ。
「俺ァ、てめぇの事が気になってしかたねぇんだ。最初は気にくわねぇから目に付くんだと思ってた。‥‥でも違う。どうやら俺はてめぇに惚れちまったみてぇだ。レディでもねぇのに、厳つい鍛錬馬鹿の寝腐れ野郎なのに、てめぇを‥‥俺ァてめぇに惚れちまった。迷惑だろうけどよ、そういう事だ。」
シンクに向かって皿を洗う後姿は 耳まで真っ赤になっていて。
すぐには言葉の意味を理解出来なかった。
サンジになんと声を掛けていいかわからなかった。
ただ二人の間には水音と食器の音だけが流れている。
ようやくサンジの言葉の意味を理解すると、ゾロは信じられない思いでサンジの背中を見ていた。
出会った時から気になっていた、
背中を合わせて戦った日から信頼に足る男だと思っていた、
いつの間にか気になる男は、ゾロの中でかけがえの無い男に成っていたのだ。男とか女とか、そんなのはゾロにとって関係なかった。
でも同じ男同士、‥‥ましてや女好きのコックのことだから、叶う事の無い想いだと思っていた。
だから、伝える事無く終わってしまう想いだと最初から諦めていた。
‥‥それが今、その想い人から自分に惚れていると告げられたのだ。

いつの間にか水音は止まっており、シンクの前に立ったままテーブルに向き直ったサンジはタバコに火を付けて大きく煙を吐いた。
「俺に好かれてるなんて気持ち悪ィよな、悪かった。気にすんな。クソマリモ。」
自嘲気味に喋るサンジはシンクに寄りかかり、猫背のまま軽く俯くとタバコを持った手を口に運ぶ。
金糸に隠され顔は見えない。
俺は紅く色付いた項や、耳、垣間見える頬、何より色気を感じるタバコを持つ手に見惚れていた。
サンジの告白に信じられない気持ちで言葉もなく、サンジの姿をずっと見ていた。
吸い終わったタバコをシンクに落として
「先に寝る、灯を落としておいてくれ」
俺は横を通り過ぎようとしたサンジの腕を掴んだ。
びくりと身体を大きく揺らしながら上げられた顔が俺を見る。
その顔は紅く、瞳は揺れて潤んでいる。
堪らなかった。
こいつが俺に好意を持っているなんて思いもよらなかったのに、
‥‥俺の事で、俺の前でこんな無防備な表情を晒すなんて無い事だと思っていたから。
その表情を見て堪らなくなった。いても立ってもいられなかった。
「別に‥‥気持ち悪かねぇ。」
そう言って俺はサンジの肩を軽く抱いた。
その瞳から涙が溢れないようにと宥めるように背中を軽く叩く。
俺を見る揺れる蒼を見て 俺は思いを込めて抱き寄せた。
暫く腕の中で大人しくしていたサンジは、両手で俺の胸を押すと身体を離し そのままキッチンから出て行った。

それから、暫く経った夜の事だった。
俺が始めてサンジを抱いたのは。
見張り台に差し入れに来たあいつを抱き寄せて「いいだろ」と囁いたのは覚えてる。
何度か抵抗をみせた腕を押さえて組み敷いた。
あいつは男は初めてだといった。
俺も男は初めてだった。
それを言うと抵抗は無くなった。
想像以上の快感だった。
その後も事あるごとに抱いた。好きな相手と交わる事がこんなに快楽をもたらすのだと俺は初めて知った。
だが気位の高いサンジは下になる事を良しとしないのか、行為の最中もゾロに挑むような顔付きを崩さない。
崩れそうになる前にいつも目を閉じ 声を殺す。
行為が終わるとすぐに服を身につけそんな空間から出て行く。
そんなサンジを 俺は受け入れる側に抵抗があるからだと思っていた。
・・・ずっと、そう思っていた。


なんてこった。
俺はこの想いを言葉にしてコイツへ伝えていなかったのか?
  伝えたつもりでいた。
抱き寄せる時も優しい言葉なんか言わなかった。
  言わなくても理解してもらえると思っていた。
男同士で愛だの恋だの囁くのは必要ないと思っていた。
勝手にそう思っていた。
  何一つ、伝えていないのに。

惚れ合っていると思っていたのも、抱き合っていると思っていたのも 俺だけだったんだ。
サンジからすれば 俺がサンジに好意を持っているなんて思いもしなかったんだろう。

  あいつの目に映っていた俺は、好意を踏みにじり、それにつけこんで何度も陵辱した男。

  最悪じゃないか‥‥!
俺は最悪な男だ。



隣のサンジはテーブルに突っ伏してすっかり寝息を立てている。
顔を被う金髪をかき上げると、瞑った目の端から涙の流れた痕が見えて、ゾロは自分がどれだけサンジを傷付けていたのかと思い 胸が抉られる痛みを感じた。
あれから‥‥サンジは俺の前で決して涙など見せなかった。
どんなに不快な思いをした事だろう。
どんなに悲しい思いをした事だろう。
俺にどんな思いで抱かれていたんだろう。
何か言いたい事を飲み込んでいるように見えたのはその所為か‥‥。

ゾロはサンジの身体を抱き上げるとキッチンの壁側に横たえ、毛布を掛けてやる。
灯りを小さくしようとテーブルに近付くと、
サンジの居た場所に薄紅色の花びらが一枚落ちているのに気が付き手に取った。
拾い上げた薄紅は頼りなげにひらひらと指の間から零れ落ち床に落ちる。
「花と同じで咲かないうちに切られちまったモンは無駄なんだろ。」
そう言えば、酔ったサンジが桜の事を盛んに言っていた。
咲く前に伐った桜にてめぇの姿を重ねていたのか こいつは・・。

ゾロは灯りを小さく絞ると それを手にしてシンク前の棚に乗せ蛇口を捻った。