Cherry














「おいおい、可愛そうな事すんなぁ。てめぇは。」
そう言って奴は枝を拾う。

(てめぇだって、折ったじゃねぇか‥。)口に出さずに飲み込んだ言葉。
毎度毎度のトラブルに 奮った刀が周りの木の枝を切り落としたのだ。
だが、それは自分ばかりではなく、文句を言ったコック本人も 繰り出した脚技ですっ飛んでいった敵によって、枝を折ってしまっている。
しかも俺は刀だから切り口は綺麗だが、コックの方は折れたり無惨にも千切れてしまっているのが数本見えた。
「こういう時だけは、てめぇの刀は凄ぇと思うぜ。切り口だけはスパッと綺麗なもんだ。」
珍しく毒気無く吐かれた言葉にゾロは返答するきっかけを失った。

コックが拾い上げる枝は一抱えにもなり、スーツを着た両腕にしっかりと抱え直すと
「可哀想だがもう持てねぇ。」
木々を見渡し、そう言ってコックは前を歩きだした。




この島に着いたのは昨日の事だ。
前の島からそう日にちが掛からなかった分、補給する物資も食料もいつもより少な目ですぐにそれは終わった。
故に今日は各自自由時間が出来たのだ。
ゾロは島の名物だと言う酒を買いに出たのだが、店が見つからず、気が付けば街並みを外れいつしか農村地を歩いていた。
それをさして疑問にも思わず 突き進む。

暫く歩くと何処からついて来たのか‥‥振り向かずとも 不穏な気配に取り囲まれているのが判る。
この島に海軍は存在しない、だとしたら追い剥ぎか 山賊。または海賊狩りか。
足を止めず歩いたままゾロは片頬を引き上げ刀の鯉口に手を当てる。
ちょうど退屈していたところだ。
賊の気配が動いたらすぐに反撃するつもりでゾロは前だけを見て歩いていた。

‥‥と、農村地の茶色い世界に金色が現れる。
背の低い一軒の民家から頭を下げながら出てくるのは 同じ船のコックだ。
手には風呂敷包みを下げ、家人に再び頭を下げると振り返る。
その顔は家人に向けられたままの名残か 柔らかく微笑んでいる。
ゾロは見慣れないそれに目が釘付けになり 胸がどくんと鳴った。
その顔を気安く他人に見せるなと叫びだしたくなる。今ここで押し倒したいと本気で思った。

ゾロとサンジは所謂そういう仲だ。互いに惚れ合い、抱き合っている。
以前深夜のキッチンでサンジがゾロに告白したのだ。そうして暫くして身体の関係が出来た。
だが気位の高いサンジは下になる事を良しとしないのか、行為の最中もゾロに挑むような顔付きを崩さない。
崩れそうになる前にいつもサンジは目を閉じ 声を殺す。
くぐもった呻きとその顔に余計ゾロが煽られているとはサンジは知らないのだろう。
ゾロもそんなサンジに不満は無かったが、快感をストレートに見せる姿を想像し、抱けない夜のおかずにした事もある。
今のような女子供に見せる無防備な笑顔が自分に向けられる事を考え 目を瞑ったサンジを抱いた夜もあった。

後ろの気配が揺れる。
殺意を持って、ではない。標的が移ったのだ。
ゾロの後ろで殺意から性的なものへと姿を変えた気配が コックに向けられるのを感じた。
ゾロは歩く足を速めコックへと近付く。
サンジは包みにいっていた視線を上げると ずんずんと近付くゾロに気付いたらしい。
「何でこんなところにいるんだ?」
又迷子かと 厭きれたように見る眼差しは、もういつもの挑むような蒼い目だ。
「迷った。船に連れてけ。」
あの頬笑みが消えたのを残念に感じながら ゾロはサンジを見る。

不穏な空気が意思を持って揺れたのは 葉の付いていない枝を広げた木々がある広場に入ってからだ。
横を歩くコックに向けられた気配が動きをみせた瞬間、ゾロは抜刀し、サンジは跳躍した。
仄かに色付いた木々は花を付けないまでも空間を薄紅に変えている。

人数のわりに手応えの無い連中だった。刀二本で充分事足りた。
コックも手の荷物を降ろす事無く賊を鎮めた。
持たされた風呂敷包みは意外に重く、「割れモンが入ってるから丁寧に扱え」と言うコックは
簡単に倒した賊を足蹴にすると紫煙を燻らせ広場の木々に視線を泳がす。
地面に落ちた色づいた枝を見て「おいおい、可愛そうな事すんなぁ。てめぇは。」
そう言って奴は枝を拾い 船に向かったのだ。

コックは船に着くと空樽に水を入れ枝を差し入れる。
腕一杯にあったものを樽に収め、形を整える。
「まだ咲いてねぇぞ。コック」
樽に入れられた何本もの枝は広がりをみせ 高さは身の丈位だが、まるで一本の木のようだ。
葉の無い枝に薄紅色の膨らんだ蕾が沢山付いている。

「無駄じゃねぇか。」
「ァん?何がだ。」
「飾ってもよ‥。まだ咲かねぇ内に切っちまったんだ。きっともう枯れちまう。」
「‥‥無駄か‥‥」
サンジはタバコをくわえた口端を片方上げて口元だけで笑った。
桜を見つめたままの目は決して笑ってはいない。
「花を咲かさない蕾はせっかく色付いても膨らんでも切られちゃ終わり‥か。てめぇらしい」
何かを諦めたようなさめた視線を寄越し、コックはキッチンへと消えた。




島を出発した凪の夜、海原に浮かぶ船は ログポースの指し示す方角をゆっくりと目指す。
月の光に浮かび上がる桜の枝は、どこか哀愁を漂わせている。

最近のコックみてぇだ。甲板で酒をぐいぐいと飲みながらゾロはそう思う。
どこか寂しそうな何か諦めたような奴の背中があの枝にダブる。見ていてなぜか物悲しくなるのだ。
何故かなんて、わからない。
奴は決して何かを悲しんだり諦めるような事も口にはしていない。
思い当たるとすれば、いつからか俺を見る奴が何かを飲み込んでいるような気がしていた。それ位か。
   度数の高い酒を喉に流し込む。
一瓶空けるとゾロは今宵の不寝番の為見張り台に上った。


翌日、ゾロはきゃいきゃいと騒ぐ年少組の声で目が覚める。
「よう、ゾロ。サンジの持ってきた木に花が咲いたぞ!!」
「すげぇ、すげぇ!!これ桜って言うんだろ?ドクターが言っていた花だろ」
「チョッパー良かったな本物の桜が見れてよぉ。」
興奮した年少組が見ているのはぽつぽつと開いた数個の花弁。
「これは、ソメイヨシノね。葉より花が先に咲いてるわ。」
見張り台から降りたゾロにデッキの上から声が掛かる。
ロビンは本を片手で開いたままゾロに向けていた視線を花に向けた。
「綺麗な花ね。剣士さんはこの花のあるところで育ったのかしら?」
「そんなことを聞いてどうする?‥‥‥‥‥まぁ‥同じ名前かどうかは判らねぇが、春になると咲いていたぜ。 俺の通ってた道場の庭に何本も植えられていて、毎年満開になるとその下で花見をした。」
「花見ってなんだ?」
ロビンとのやり取りを小耳に挟んだ船長が 目を輝かせゾロをみる。こういう楽しそうなことは彼は聞き逃さない。
「花見ってのは桜の花の下で、花を見て楽しむことだな。花を肴に食いもん食ったり酒飲んだりするんだよ。」
「へ〜っ。それいいなぁ!早速サンジに教えてやろう。」
そう言ってキッチンに走る船長の口元は緩んでいる。きっと今夜は数輪の花の下で宴会を催すつもりだろう。


暖かい陽気に誘われたのか 夕方までに蕾はほころび半分ほどの花が咲いていた。
「咲き始めると早いのよね桜って。ココヤシ村にも数本だけど有ったわ。」
ナミは懐かしげな眼差しで 低い高さに咲く花に手で触れる。
「強い花よね。伐られてもきちんと咲くの。この気候だと明日には満開かもしれないわ。」
「航海士さんが興味あるのは蜜柑の木だけかと思ったわ。」
「やーね。ロビンたら、‥‥あの村には娯楽なんて無かったから、季節の移ろいがわかる自然だけが楽しみだったのよ。」
開き始める蕾に目をやってロビンに笑いかける。
「んナミさ〜んvvロビンちゅわ〜んvv料理が出来ました〜。今運びますから、待っててくださ〜い。」
キッチンのドアが開き サンジが顔を出す。
甲板でカードゲームをする年少組を目に止めると
「おい。てめぇら!クソ旨ぇ飯食わしてやるから、運ぶの手伝え!」
その声に ゴム手を伸ばした船長が飛んでいき、キッチンに走り出した二人、そして鍛錬を終了させたゾロが足を向ける‥と
「あぁ‥汗臭い鍛錬馬鹿はシャワー浴びてこい。折角の料理が不味くなる。」
身体にルフィと飛び付いたチョッパーを張り付けたまま タバコの煙を残してサンジはキッチンのドアに消え、その後をウソップが追う。
ドアの中からは楽しげな声が漏れる。それを背にするとゾロは風呂に向かった。
出てくると桜の下でクルーが待っている。シャワーを浴びている間に準備は済んだらしい。
傾いていた太陽はすっかり海に沈んでいる。
月の光を浴びた薄紅の花は船上の宴を静かに見降ろしている。

花見と言いつつ結局いつもと変わらない宴会に、食って、呑んで、騒ぐ。
花を愛でていたのは女性クルー位だろう。
今日のメニューが弁当のように盛り付けられていた為か、サンジはあまり席を立つ事なく宴に興じている。心なしか酒を飲むピッチも早い。
ゾロは、一人マストに寄り掛かり黙って酒を飲んでいた。
月が高く昇り夜も更けた頃自然と宴会は幕を下ろす。
女共は早々に部屋に戻り、お子様達は甲板で寝てしまっている。
サンジは食器をキッチンに運んでいるが、かなり酔っているのか足元が覚束ないようだ。
ゾロは三人を船室に運ぶとキッチンへと向かう。
と、そこには赤い顔をしながら酒を飲むサンジが居た。
「その辺でやめとけ。」
取り上げようとした酒を両手で掴むとサンジは瓶のまま口をつけ酒を飲む。
含みきれなかった酒が口端から線を描く。拳でそれを拭うとサンジはどんと瓶を置く。
「飲みてぇんだよ。ほっとけ。」
「放っとけるかよ‥‥クソコック。」
焦点の合わない目で睨みつけてくるコックは、相当酔っている、寝ちまわないのが不思議な位にベロベロだ。
洗われないままの運ばれた食器が、山のように積まれている。
珍しくシンクに食器を溜めたままのサンジは座り込み ただ酒を飲んでいる。
どう見ても飲み過ぎだ。今船が襲われたらどうするつもりだ?
いつになく、酒を飲むサンジを見てゾロはそう思う。
すっかり目が座っているその顔はすぐにでも寝てしまいそうにとろんとしている。
「俺の事はほっといてくれ。」
相当眠いのだろう。ゆっくりと返事を返すと、力なく俯いた首筋も紅く色付いている。
くっちまいてぇ
「ほれ、それ寄越せ。」
首筋に噛み付きたい衝動を押さえ、瓶を掴んだままの手を外す。
「寝ちまったか‥。」
反応の無い相手を横にしてやろうと、テーブルに突っ伏した頭をゆっくりと引き上げる。と、腕の中で金糸がさらりと滑り落ち静かな蒼い目が現れる。
酔いつぶれて寝たと思っていたサンジが意外にも冷静な眼差しでこちらを見る。
「起きてんなら、ちゃんと部屋に行って寝ろ。」
ゾロは驚きながらもサンジの身体を起こすと 平静を装って声を掛けた。
その声にも動くことはせず、サンジはじっとゾロを見ていた。
そこからは何の感情も読み取れない。
ゾロは掛ける言葉を失ったまま、互いに無言で見詰め合う。

どれくらいそうしていたのだろうか、ほんの僅かだったのかもしれないが、ゾロにはやけに長く感じた。
やがて、サンジの瞳が僅かに揺れ、顔を伏せる。
それにようやく息をついてゾロはサンジの隣に腰を下ろした。
「なぁ。」
俯いたままの隣のサンジから、くぐもった声が聞こえた。
「‥‥‥。」
「なぁ、桜は蕾のまま枝を伐っちまっても 枯れやしねぇで、ちゃんと花を咲かすんだぜ。てめぇ知らなかったのか?」
突然の花の話にゾロは頭を巡らす。
「?‥‥‥あぁ。」
「梅だって、桃だってきちんと咲くんだ。」
「そうか。」
「枯れやしねぇで、ちゃんと咲くんだよ。‥‥。」
「‥‥‥そうか。」
「草木は強ぇんだ。‥‥でも、人間は、‥俺は弱ぇ‥。」
「?酔ってるぞお前。」
「煩ぇ!伐っちまっても花は咲くんだよ。でも俺は‥駄目だ‥‥‥‥無駄なんだ‥。」
「てめぇ、話が繋がってねぇ。飲みすぎだ。もう寝ろ。」
部屋に連れて行こうと立ち上がって、隣の腕を引き上げようとしたが、サンジの身体は椅子に座ったまま動こうとしない。
変わりに俯いていたサンジの顔が上げられゾロに視線を向ける。