プラチナ















 街から帰った金髪のコックは 彼の城であるキッチンではなく、そのまま 男部屋にまっすぐ向かった。
 ごそごそと 少ない私物をひっくり返す。

 バラティエから下船する時に 持って来たナップザックをひっくり返すと ガチャガチャと小物達が床に散らばった。

「あっ・・・た。」

 その中に埋もれた 濃い青の長細い箱を手にとってコックは ホッと息を吐いた。
 旅の途中で落としたかと思っていたが 失くしてなかったのだ。
 毛足の短いビロードの生地に包まれたその箱を 右手でそっと撫でる。
 その感触を指で味わっていると チビナスと呼ばれていた頃の記憶が 鮮明に蘇える。







 元クック海賊団のゼフが経営するレストランという噂や 味のよさが評判を呼び、リピーターや顧客が増えた事で 経営がようやく軌道に乗った頃 サンジはゼフから初めての給与を貰った。

 早くゼフの味に近付きたい、と 食材と格闘しながら レストランの職務をこなす毎日。
 雑用を自ら買って出て ゼフの魔法のような手を盗み見ながら いつかそれ以上の 腕を身に付けてやると思っていた。
 お金を 何に使うか考える暇もないくらい忙しく働いていたサンジは 買出しに行った先でワインレッドの艶やかな革の装飾を施されたノートを見つけた。
 日記や記録用にいかが?とポップの下がっている棚の中のそれを手に取ると ずっしりとした重みに違わず厚みがあり紙質も上等なものだった。
 これなら・・・と。
 サンジは ゼフが真夜中の厨房で残り少なくなったレシピ帳に 書き込みしながら調理を続けるのを 翌日の仕込をしながら見たことを思い出した。


 小さなサンジの手に納まった 紙袋に包まれたノートは 財布の中身を殆ど空にしてしまったけれど サンジの心は何かに満たされたよう。
 照れたように笑うジジィの顔が目に浮かぶ。
 夕暮れの帰り道、今日仕入れた食材の事よりも 手の中の重いそれの方が気になった。

 バラティエに戻る足取りも軽い。











 クソジジィは やっぱりクソジジィだった。






 喜んでくれるかと思ったゼフは 袋の中身を見ると サンジを一瞥した。



「こんなモンになんか金使ってねぇで、テメェの物を買いやがれ チビナス。こんなクソにもならねぇようなモン買う為に大事な金やったんじゃねぇ。テメェには金の価値が解っちゃいねぇ。やっぱりチビは 脳ミソまでチビなんだな。」
 怒ったように吐き出される言葉。
 当時ゼフの胸までも身長のなかったサンジは 上から見下ろされる視線に身体が震えはじめた。
 ゼフの机の上に放り投げられ 紙袋から半分覗いているノートを持って すぐにでも逃げ出したかった。。
 竦んで動かない足。
 天国から地獄に突き落とされた様。
 夕暮れにはワクワクした暖かい気持ちを抱えていたというのに・・・
 今は頭から冷や水を掛けられた様・・・。
 心臓がバクバク騒ぎ 鼻の奥がつんとして目頭が熱くなってくる。
 痛くなるほどに手を握り締めていた。
「・・・チクショウ!ジジィのノートがもうなかったから・・・。」
 小さな呟きが漏れ、徐々に歪んでいく視界に 部屋のドアが開くのが見えた。
 カルネが仕入れ伝票を持って入って来たのを見て ようやく足が動いた。
 気が付くと入れ替わるように部屋を飛び出して 船の搬入口に立って荒い息を吐いていた。










 嫌な事や嬉しい事があると有ると来てしまう 船尾に近いそこは 荷受の時やゴミ出しの時以外使われる事は滅多になく ガキの頃、一人になりたい時にはそこに行くのが常となっていた。
 部屋は鍵が掛からないし ノックもせずに平気で部屋に入るヤロー共が居たから 落ち着く所ではなかったのだ。その部屋も思春期を迎えた頃には ゼフ自ら鍵を付けてくれたので その後、搬入口に行く事も減ったのだが・・・。

 甲板に服を脱ぎ捨てると 手摺を越えて海に飛び込む。
 日が落ちてすっかり暗くなった海を照らすのは 仕込みの為の調理場の灯り。
 窓から漏れる灯りはほんの僅かで 海はその僅かな光さえも吸い込むように静かに揺れて。
 冷たい水の中 サンジの頬を流れる涙も海に吸い込まれていった。

 ひとしきり漆黒の海に身体を任せると 怒りばかりが占めていた心が不思議と落ち着いた。
 ただ、ジジィの喜ぶ顔が見たかっただけなのに・・・。
 怒らせちまった。
 何がいけなかったんだろう。
 小さな俺は 答えの出ない問題をグルグルと考えていた。
 墨のように黒い海に飲み込まれるような恐怖を感じはじめた頃 そろそろ仕込みに戻ろうと思ったのと、身体が冷え切ってきたのとで 慌てて甲板に上がると下着で身体を拭き部屋に戻る。
 簡単にシャワーを浴びると 小さなコックコートを羽織って調理場に走った。
 賄いの準備をする顔に もう、涙はない。









 早朝の仕度の始まる前。
 他のコックが起き出す前に。
 暗い空の下でゼフの指導を受ける。
 調理についてではない、調理は見て作って覚えろというのが ゼフの持論だ。
 見て技を盗み、努力して自分の物にしろ。
 そう言って基本しか教えてはくれなかった。
 ただ、惜しみなく揮われる腕を 目の前で見る事が出来たので 暗黙に指導されているようなものだった。
 そして、そう言うゼフ自身が 日々慢心せず新しいメニューを試行錯誤している姿を 目の当たりにしていたので サンジも自然と努力を惜しまなかった。




(昨夜の事もあるし、クソジジィの顔見んのクソ嫌だ。)

 身体をほぐして ゼフから教わったステップを踏みながら まだ暗い空に溜息を一つ吐くと空に吸い込まれ消えそうな 星を見た。
「チビナスのくせに、生意気に溜息なんてつきやがって百年早ェぞ。」
 靴音と交互に木が当たる足音を響かせながらゼフが現れる。
「げっ。」
「・・・・。」
 そこには昨日の事は何も無かったかのような いつも通りのゼフが立っていた。




「テメェみてぇな貧弱なクソチビナスは もっと鍛えねぇとろくにフライパンも持てねぇだろ。」

 そう言われ 体力作りと評して始まった ゼフの蹴り技指導。

 今では そん所そこらのチンピラ位なら軽くあしらえるほどに上達した。
 大人をやっつけるなんて以前の俺には考えられない事で、まるでゼフが魔法使いのように思えちまったりしたもんだ。
(・・本物の魔法使いだったら 遭難なんてしねぇだろうけど。ま、俺様の半端じゃない努力の賜物だな。)
 周りには大人しかいない環境で 身を守るにはとても有効だった。
 なのに・・・義足な筈のゼフには全く歯が立たない。
 悔しくて悔しくて、ゼフに脚一本掠る事が出来ずに 寝る時間を削ってでも技を磨いた。
 思えば睡眠時間の少ない子供だったのだ。






 その日は前日に買出しがあった事もあり、港に停まっていた船から下りて 陸の上にあがる。
 しっかりとした 揺れない地面での蹴り。
 今日こそ。と思っていたのに 難なくかわされ地面に叩きつけられた。
 破損しては困る船の上とは違い、手加減無く(脚加減か?)技を試した筈なのに。
 ジジィの足元にも及ばない。
 港に近い岩場に場所を移し、海の上とはまた違った足場の不安定さを味わう。
 ごつごつとした岩に何度も足を取られ 身体をぶつけた。
 ゼフが的として投げる石が数少なくなり 
 港に停まった調理場が薄明るい空に灯りを灯し 一日の始まりを告げる頃。
 砕きそびれた石が 額に当たった。
 額を押さえて屈み込んだ俺に
「チビナス。ちっと見せてみろ。」
 ゼフの大きな手が前髪を持ち上げ 俺の額を風が撫でる。
「あぁ、ちっと切れちまったか、これぐれぇ避けれねぇんか。トロくさいなチビナス。」
「ジジィの投げ方が悪ィからだ。ヘタクソジジィ。」
 傷の辺りをそっと荒れた指が掠めたかと思うと そのすぐ横をピンと弾いて船に足を向ける。
「ちゃんと冷やしとけ。そろそろ戻るぞ。」
そ う言うジジィの背中に向かって 俺は思い切りアッカンベーと舌を出した。
「チビナス、金は有意義に使え。特にオメェみてぇなチビは自分に投資しろ。買いたいモンがねぇなら きっちり貯めておくか、将来のテメェに価値の有るモンを買え。」
 頭だけ振り返りながら俺を横目で見ると 手を後ろに伸ばし
 舌を出したまま止まった俺の頭を クシャクシャとかき混ぜる。
 その手の暖かさがなんだか照れくさくなって
「元海賊の頭が そんなちいせぇ事言うのかよ。ジジィも地に落ちたな。」
 と悪態をつくと ははっと笑われた。
「うるせぇクソチビ。じゃぁ、全部使っちまえ。ワリィが・・・俺ァ、今は海賊じゃねぇんだよ。」
 笑いながら港に向かうゼフの背中を見詰め 船に戻った。












 このチェーンを買ったのはあの後だ。

 ビロードの生地に包まれた細長い箱から 白金色の光を放つチェーンを手に取った。
 腰に付けたチェーンと同じデザインの細身の鎖。
 ゼフと買出しに寄った島で買ったものだ。
 数か月分の給料を手にして立ち寄った店。
 銀製の物を買おうとした俺に 「将来のテメェにカンパしてやる。」と、プラチナ製を選んでくれた。
 金が払えねぇと言って ケースに戻そうとした俺に 
「足りねぇ分は俺からのボーナスだ。」
 と言って店主に包ませたんだっけな。





 首に当てると 冷たい金属はすぐに体温と同じになった。
「やっぱ、まだ長いな。」
 鏡に映したそれは 胸元まで長さがある。
(あの頃の俺は、大人になったら逞しい身体になると思ってたからな。)
 パティみたいなのはごめんだが、ゼフや海賊もどきのコック達のように自分は、がっしりした身体になると思っていたから 長めのチェーンを買ったのだ。
 それなのに自分の身体は意に反してお世辞にも逞しいとは言えない。
 しっかりした筋肉で覆われてはいるけれど細身だ。
 成長期に栄養を取れなかった所為とは判っている。
 でもいいのだ。
 今日はこれがちょうどいい。

 外したチェーンに 街で作ったプレートを通す。
 いくつか前の島で 老夫婦にもらった 長い三角にも見える雫形のペンダントトップは、俺のお守り代わりになっている物だ。形も剣士の耳に揺れるピアスと似ていて 結構気に入っているのだが。でも事情を知らない奴らの前で、それをそのまま身に着けるのは いかにもって感じで憚られたのでポケットに忍ばせたままだった。
 金属工芸が盛んなこの島で プラチナのプレートに それをはめ込みトップに作り変えてもらったのだ。
 元々のデザインであったように白金の中に光る金。
 長めの鎖のおかげで シャツを脱がない限り人目につく事は無いだろう。

 見る事があるのは多分一人だけだ。


 シャツを脱がした時にあいつは 何と言うんだろうか。

 似合うと言うのか 気付かないのか それとも今の俺のように 何も言わずそっと唇を寄せるだろうか。

 小さなお揃いに胸が暖かくなる。






 甲板に出ると何時街から帰ったのか 剣士が背中を向けて鍛錬に勤しんでいた。
 筋肉で覆われた広い背中に流れ落ちる汗を見ながら、
 俺もこん位ガタイがよくなる筈だったのにな。
 と苦笑を漏らしながら、キッチンに向かう。
 剣士の喉を潤す 特製ドリンクを作ってやろう。
 今日はちょっと甘酸っぱく・・・。

 バラティエを旅立つ日 誰が入れたのか ひっそりと荷物に紛れ込んでいた 年季の入ったワインレッドの革のレシピ帳。
 最初のページに書かれているドリンク。

 ゼフの字でビッシリと書き込まれたノートは 今、メリー号のキッチンで鎮座している。


fin








何となく 二人におそろいってのを身につけさせたかったんです・・・。
でも丸っきりおそろいだとサンちゃん付けなさそうだし、って事でちょっと加工してみました。
そのついでに サンジの子供時代を捏造しちゃったぁ。