熱の温度 3
(このアホコック)
翌早朝、昨晩に引き続き見張り番を終えたゾロはキッチンに暖かいものでも貰おうかと足を向けた。 今日の朝方の見張りはウソップだ。
ラウンジからはオレンジの灯りがもれている。
もう、勤勉なコックが動き出している時間なのか
見張り台の上ですっかり眠ってしまって、行われたであろうサンジの朝の儀式を見逃したと、ゾロは 夜の明け始めた薄い明るさにてっきりそう思っていた。
なのに。 そこで目にしたのは予想外の。 机に突っ伏して眠るサンジの姿だった。
薄い茶色がかった紙に なにやら書き込んでいるうちにこの男は眠ってしまったらしい。
テーブルに散乱した紙の上に金が散っている。
「・・・・全く。」
白い手に握ったままのペンをゆっくり外すと、突っ伏した下に潜り込んでいた紙達をそっと引き抜き重ね、テーブルに軽く数度落とす、 顔の側でトントンと小さな音を立てて紙を揃えてもコックは起きなかった。
「几帳面な字を書きやがんだな。」
書かれていたのは 整然と並ぶ文字の羅列と 簡単なイラスト。 料理音痴のゾロが見てもそれが料理のレシピだということは簡単にわかった。 最も内容はわかったもんじゃなかったが。
(いい加減に見えて、仕事熱心な奴だよな。)
「コック。」
小さく声を掛けてみた。
反応は、ない。
「風邪・・・ひくぞ?」
・・・・・・
「ちょっと・・・・。悪りぃ。」
顔の下。
散乱していた最後の一枚。 コックの口元から伝う涎が今にも付いてしまいそうな、顔の下の紙を取るのに ゾロはサンジの顔をそっと持ち上げた。
その肌は昨日のように 冷たい。
さらりと落ちる髪の感触を腕に感じながら、ゾロは引き抜いた紙を束の上に重ねると、もう一度片手をサンジの頬とテーブルの間に差し込みもう反対の手も使ってその冷えた顔を挟み込み。 親指をそっと滑らかな肌に滑らせその感触を味わった。
こうして意識してコックの肌に触れるのは 初めてだ。
昨日は感触と体温を確かめてすぐに手を離してしまったのだし。 いつも喧嘩の最中に胸倉を掴み 額をつき合わせて睨み合うような事はあっても それ以外で触れる機会は滅多に無い。
ゾロは どきどきと鼓動が高鳴っていく自分を不思議に思いながらながら サンジの頬に触れた。
冷えていた頬がやがて体温を取り戻す。
ほんのりと赤みの差してきた顔を見て ゾロは手をそっと抜いた。
「ん・・。」
体温の高いゾロの手を追ったのか、身じろいで顔の向きの変わったサンジを見下ろしてゾロは小さく噴出した。 紙を下にしていた頬にはしっかりとペンのインクが反転されて写っている。
すました顔してるくせに やるこた可愛いじゃねぇか。
「クッ・・・くっくっ面白れぇ。」
凶暴コックの意外にもあどけない一面に 胸の奥からほんわかとあったかい微笑がもれる。
頭上で笑う不穏な男の存在に ようやくサンジは眩しそうに目を開け小さなくしゃみをひとつした。
「はよ。」
「お?・・おぉぅ、おはよ・・・・・ってこんなトコで何やってんだクソまりも。」
「別に・・のど渇いただけだ。 何かもらえねぇか?」
やがてキッチンからいいにおいが溢れ出し、クルーが引き寄せられるように集まり
今日もにぎやかな一日が始まった・・・・筈だった。
数時間後。
ラウンジには本格的に熱を出してぐったりとしたサンジの姿があった。
風邪すらも引いたことが無いと豪語していた男が風邪を引いた。
「ほらみろ、俺はバカじゃねぇんだよ。 バカは風邪ひかねぇなんてよく言ったもんだよ。 な、引いたことの無いバカ剣豪殿!?」
顔を赤く染めて咳き込み、浅い呼吸を繰り返してまで 悪態を吐くお前の方がよっぽどバカだ と言い返したいのを抑えて 咳き込んだ拍子にむせているその煩い口から ゾロはタバコを抜き取った。
「クソ・・・返しやがれ。」
「病人は 病人らしくしてろ、コック。」
火のついたそれを軽く唇に挟むと 普段されるようにサンジの顔に煙を吐きかけた。
「ごっ・・ごほっ。」
「や・やめろよ、ゾロ・・・。 サンジィ、ごめんね今丁度薬切らしてて・・・。 明日には島に着くってナミが言ってたから、もうちょっと我慢してくれよ?」
「あぁ? チョッパーが謝るこたぁねぇよ。 ただの風邪なんだろ? 俺が勝手に風邪引いたんだ、お前の所為じゃねぇよ。気にすんな。」
「・・・ん〜。 正式に言うと風邪なんて病気は無いんだ、ただ今の状況から風邪症候群って以外は考えにくいから、・・・でもグランドラインにはオレもまだ知らない病気もいっぱいあるんだ。 原因がはっきり判った訳じゃないんだから・・・暫く大人しくしててね。」
眉を寄せて心配そうに見上げる船医の帽子に 返事の変わりにサンジは、にこりと笑うとぽんぽんと軽く手を載せた。
「・・・って事でサンジくん!?」
「何でしょう? んナミすゎ〜んvV」
「うつると困るから大人しくしてて。 料理もこっちでするからいいわ。」
「・・・え; そんな・・・俺。」
「「えっ! な、ナミがつくんのか!?」」
「何よ、何か文句あんの。 あんた達? ・・・大体そんなふらついた足元で。 見てるこっちの方が疲れちゃうのよ。」
「ナ・・ミさん・・」
「そっかー ナミの飯かー、たまにはいいんじゃねぇ。 サンジの飯食えないのは残念だけどな。 ナミ、ナミ! オレ肉な、肉!!」
「・・・・・・・金取るんじゃねぇだろうな。」
「そこの腹巻っ! ぼそりと何言ってくれちゃってるのよ。 そんなの、・・・貰うに決まってるじゃない♪」
「「鬼だ、鬼がいる。」」
「あ〜〜っ、鼻もトナカイもうるっさいわね”! と・に・か・く。 サンジくんはゆっくりと寝てること! ・・で、早く治して いつものように美味しいご飯作って頂戴。」
「あぁ〜〜んvV なんて優しいんだナミさん、俺治ったらナミさんとロビンちゃんに美味しいご飯沢山作って差し上げますので〜 それまで待っ・・・」
「あーはいはいはいはいはい。 もういいからサンジくんは寝て!!」
「コックさん? お休みなさい。」
ひらひらと手を振るナミの追い風のように それまで黙って成り行きを見ていたロビンが サンジに向かってにっこりと笑った。 椅子から生えた手がサンジの体を支えて立たせチョッパーの方へと背を押した。
「ほら、サンジ。 行くよ!?」
人型になったチョッパーに ズルズルと引きづられるサンジの顔は、熱で真っ赤に染まって。
そしてその向こう。
サンジの出て行ったドアに背を向けて座っていたゾロも 灰皿に目をやりながらチョッパーに向けたサンジの笑顔を思い出し、ホンの少し顔を熱くさせていた。 元々が日焼けした褐色の肌なので、その僅かな変化には誰も気付かなかったけれど・・・。
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