熱の温度  2











 金色はくすんだ色で まだ日の当たらない見張り台の底に沈んでいた。

 毛布を身に纏って横たわっている。
(寝こけてやがる。 このアホコック。)
 何時も自分を起こす為、腹に蹴りをくれやがるコックに やり返す絶好のいい機会だと思いついて、にやりと口元が上がる。
 緑髪の剣士は気配を消して見張り台の中に降り立った。


 足元に転がる、胎児のように背中を丸めた姿は 近寄ると案外小さいものだった。
 年も身長も2人あまり変わらないが、ゾロと比べると身体の線が細いコック。
 それが戦闘時自分と引けを取らない威圧感を発する。
 だから、ちょっと薄っぺらな奴だ位にしか思ってなかった。
 こいつはこんなに華奢だっただろうか。 
 ・・・眠っている横顔はガキみてぇに幼い。




 あの態度があってこその 何時ものコックなのだ。  と、改めて思う。
 ゾロは踏み付けるのも忘れ、じっとサンジを見た。
 いたずらに上がっていた口元も いつの間にかいつものように引き締められていた。


 サンジはと言えば壁に凭れていたのがそのまま横に倒れたらしく 壁際で転がる身体は寒いのか、眠ったまま小刻みに震えていた。
 ずれた毛布が背中の白いシャツを見せている。
(マジでガキみてぇ。)
「起きろ、コック。」
 ゾロは溜息を付くと コックの身体をゆっくりと起こしにかかる。
 薄く見えても しっかりと筋肉のついた意識のない身体は結構厄介だ。
 眠ったコックの倒れた側に自分の身体を寄せ 押すように持ち上げる。
 ゾロの薄いシャツの腕に 冷たいサンジの背中が当たった。
(冷てぇ。 冷えてやがんな。)
 今進んでいる海域は寒暖の差が激しい。 水浴びしたくなるほど暑いかと思えば 朝晩は白い息を吐くほど冷える。
 かと思えば、昼も夜も一日中暑い、そしてその翌日には雪が降ったりするのだ。
 そういやぁ、 とゾロは思わず昨日を振り返る。

 昨日は朝からずっと暑い一日だった。
 万年お子様のルフィや毛むくじゃらのチョッパーが、大騒ぎしながら洗濯用のたらいに水を張り 水浴びをしていたのを思い出す。
 深夜の見張りの交代の時もさほど寒さは感じなかった、むしろ蒸し暑い位だったのだ。
 そんな陽気が朝方になって急に冷え始めた。
 夜通し鍛錬していたゾロの、汗をかいて火照った身体を 風が吹きクールダウンしてくれていた。
 ゾロはさほど寒さを感じなかったが、きっと他の者は違うのだろう。
 ドラム王国で自分が雪のなか水泳をしていた頃、他の連中は厚着をしても尚凍えていたのだ。
 体感温度が違うのかもしれない。


 ゾロの肩に凭れる形になったサンジの顔がすぐ近くにある。
 こんな近くでこいつをじっくりと見た事は無かった。
 伏せられた睫は意外に長く、やはり金色で。
 寒さのせいか、薄暗い空のせいか肌は色がなく白い。
 特徴的な眉は近くで見てもやっぱりグル眉だった。
 よほど深く眠っているのか、体を起こしても目覚める気配はない。
 寒いのだろう・・・身体の震えはまだ続いている。


 普段自分に見せる傲慢な顔とも、仲間に見せる顔とも違って、眠ったその顔はとてもあどけない。
 ゾロは寒そうなその頬にそっと手を伸ばしてみた。
(こうしてっと普段が嘘みてぇ・・・どちらかといえば小奇麗な顔してんだなぁ・・・やわらけぇ。)
 僅かに身じろぎしただけのサンジに気を良くしたゾロは 起こした体の後ろから腕を回すと背中から抱え込むように冷えた身体を抱きしめた。
 昇りはじめた太陽の光が見張り台の縁にまで上がってきたのか、金髪が輝きを取り戻し始め、光と重なったその眩しさにゾロは少し眉を顰める。
 甘い蜂蜜を連想させる 日にとろける髪を 空いた手でそっと撫でると、毛先までが冷たく温度を無くしていた。
(・・ったく。 冷えすぎだっての。)
 思わずサンジを抱え込み その震える身体を腕の中に入れると 冷たい後頭部に自分の額を当てて金の中に鼻先を突っ込んだ。
 香るのは タバコの香りとシャンプーと、・・・サンジの匂い。
(甘そうな匂いは・・・しねぇんだな。 ・・・当たり前か。)
 別に不快にも思わず、ゾロは小さく苦笑すると鼻先を髪につけたまま、サンジの体を暖めようと毛布を引き上げ二人をくるむ。 寒い日は体温の高い自分を湯たんぽ代わりにしている年少のクルーもいるのだからと、深い意味も持たずにゾロはサンジを抱きこんだ。
 ただ、向こうの方から彼の高い体温に甘えに来るほかのクルーと違って サンジだけは一度もこなかったので ゾロはその日初めてサンジの身体を抱き込んだ事になる。 


 ──実は以前からサンジの事は気にはなっていたのだ。 
 決して懐に入ってはこないあの男が。
 気になって、他のクルーとは全く違う想いで触れてみたくて・・・でも自分が奴にあまりよくは思われていないのはわかっていた。 触れようもんならきっと 渾身の蹴りを喰らい睨み付けられる事だろう。 それどころか二度と触れる機会も、普通に接する事さえ失うかもしれない。

 ──
 これは、ただ温めてるだけだ。
 冷えてる奴を温めてるだけ。
 そう自分へ言い聞かせながら、ゾロはサンジが目覚めないように 身体を優しく抱きしめた。
 (がっしりしてるかと思や、案外やわらけぇんだな。 すっぽり収まりやがる。・・・ 寒ぃんなら毛布被ってろボケが。) 
 やがて震るえの治まったサンジが身じろぎするまで ゾロはそうしていた。








「ふぁ・あ・ぁあ  ・・・・ん・・・んぁ?・・・・・・・うわあぁぁぁ! 」
 背中から抱え込んだ体が数度動いたのを見計らって ゾロが毛布をその身体から引き剥がした冷気に、目が一気に覚めたようだ。  夜の開けきった世界の明るさに彼は伸びをして一瞬後訳のわからない雄たけびを上げると
「やべぇ、 やべぇ。 もう朝じゃねぇか; このオレ様が寝坊かよッ!」
 と、連呼して、毛布の陰に埋もれたゾロに気付くことなく サンジはマストをするすると降りていった。



 その晩。やたらくしゃみや咳をするコックをチョッパーが気にしていたが どうやらコックは診察を受けなかったらしい。 小さな船医が肩を落として、せめて大人しくしてタバコ控えてくれればいいのに・・・・と長ッ鼻に愚痴るのをゾロは通りすがりに聞いた。