Morning glory
キッチンのドアの影には何かが居る。
何か見える訳じゃない。
目を凝らしても 何も見えることはない。
ただ、時折気配を感じるのだ。
何かの・・・。
いくつ前の島だったのか?
その気配はいつの間にか、誰にも気付かれる事なくするりとやってきて 気付いたらキッチンのドアの影にいた。
嵐の夜。
雨の後。
その気配は増し、床に染みを作る。
降り積もる悲しみのような 憤りのような その気配。
何も感じないクルーをわざわざ怖がらせる事もないから 他の誰かに言った事は無かった。
ただ、何かを感じるのか 時折船長が誰もいないドアを見て 二ィ と笑ったりすることや、入ってきた剣士が鋭い視線で 部屋を見渡すのを見ると 気付いているのが自分一人ではないのだと思う。
キッチンの主、サンジはいつからかその気配に気付いていたが、さして危険を感じるものではなかったので 特に気にするでもなく過ごしていた。
それが最近、気配を濃く感じる時、ドアの横をじっと見ると 仄かに空気が歪むようになったのだ。
まるで何かの像を結ぼうとしているように。
他の壁とは明らかに違う その気配のある場所がそれと共に ドアの影から動くようになった。
雨の後の湿り気を帯びた空気が肌に張り付く。
濃くなった気配の次に 目に見える異変は 「水」 だった。
サンジが一人キッチンで皿を洗っていると 水の出が悪くなり 水量を増やそうと蛇口を捻ると 今度は勢い良く流れ出し、蛇口を閉めても止まらない。シンクから溢れるほどに水が出る。
船大工兼雑用を兼ねている(?)ウソップを大声で呼び出し、その声で誰かがキッチンに入ってくると不思議とぴたりと止まり、いつも通りの蛇口に戻る。
嵐では、荒れ狂う波が船を打ちつけ、砕けて帰る波が、さらって行こうとしているのか、海水が纏わり付くように感じるようになった。
晴れた日にみかん畑で水撒きしてるとホースの先が自分の方を向き頭から水を被る事となる。
それは、まるで水に意識でもあるように・・・。
畑の隅に植えられている朝顔にも水は掛かり葉と花を濡らし光が反射する。
それでも自分以外には被害がないので、気にはなりつつもサンジはいつも通りに航海をしていた。
剣士が毎晩のようにキッチンで晩酌するようになったのは最近の事。
それまで、夜になると甲板で瓶から酒を流し込むように煽っていた剣士が、キッチンの椅子にどかりと座るとグラスに酒を移し 口数は少ないものの酒を味わうように飲むようになった。
シンクに跳ねた水気を丁寧に拭き散ると サンジはエプロンを外し、タバコに火をつけ紫煙を吸い込んだ。
「お疲れさん。」
「あぁ、お疲れ。・・・俺も飲むかな」
椅子を引いて座ると剣士がワインをグラスに注いで差し出してくる。
剣士がキッチンで飲むようになって改めて気付いた事。
それは、普段無口な男が、食事の際や朝の挨拶などをしっかりと言うという事。
そして今のような 労わりの言葉を掛けてよこす事。
あまり接点もなく 顔を会わせれば喧嘩に発展しているばかりの頃には気付かなかった 剣士との居心地のいい空間が今のキッチンにはある。相変わらず、剣士の眉間には皺が寄ったままだが。
そして誰か他の人間が近くにいるときには、何者かの悪戯もないので サンジは一人になりがちな夕飯後のキッチンで剣士が酒を飲むようになった事に少なからず安堵していた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「ん?何か言ったか?」
「いや?何も言ってねぇ。」
眠気を逃しながら 肘を突き目を閉じてグラスを口に付けていると耳元で何かの声がした。・・・ような気がする。
向かいの剣士は 俺ではないと 目をドアに向けた。 目を反らしたその顔が少し上気して見えるのは酒の所為か?
「・・・・何か見えるのか?」
「・・・・・・・・・・・・はっきりとは見えねぇが、感じる。」
気配について話したのはこれが初めてだが やはり剣士も何か感じていたらしい。
顔色を戻し、触ると切れそうな鋭い眼差しをドアから放さない。
それにしても 声が聞えたのは初めてだ。
気配もここに来て急に濃くなってきている。
(もうほっとく訳にゃいかねぇか・・。)
ただそこに居るだけだった気配が 意思を持って動き出そうとしている。
悪意を感じないから大丈夫だとは思うが クルーに何か有ってからでは遅いのだ。 ・・ここは海の上なのだから。
そんな事を考えていると外で雨が降り出したらしい、強い雨音が木板に当たる音がする。
「さっきまで星が出てたんだが・・。変だな。」
「クソマリモ。 ここはグランドラインだからな、急な天候の変化もあるだろうよ。」
そうは言ったものの 急激な変化に何かしらの意図があるような気がしてならない。
船が揺れ、その勢いでドアが開く。
テーブルの上の瓶が倒れて 赤紫の液体が流れる。
不意にアルコールの匂いが立ち昇ると、熱もないのに蒸気が上がった。
「おい。」
剣士の視線がテーブルに零れ出たワインを見る。
その液体は、指でなぞるようにたどたどしく、だがゆっくりと文字を刻んでいく。
『助けて』
ひとりでに刻まれた文字はそう見えた。
乗った船が突然嵐にあったの。 私、かぁさまに抱きしめられて船室で震えてたわ。
何度も大きく揺れて・・・船室にも海水が入ってきたの。
床を濡らすだけだった水が 膝の高さになって、胸を濡らすようになって・・・。怖かった。
かぁさまが私を小船に乗せてくれたの。他にも人がいてかぁさまの座る場所まではなかったわ。
「お前は生きなさい! かぁさまも後から行くからね。」そう言ってキスしてくれた。
運ばれた病院でいくら待ってもかぁさまは こなかった。
命を懸けて守ってくれたのに 私、私は死んでしまった。
・・・・折角生かしてくれたのに 私は死んでしまった。
もうじきあの海域。 かぁさまの眠る海。
かぁさまに会いたいけれど許してもらえる?
生きなさいと言われたのに死んでしまった私は、かぁさまの側に行きたいけれど・・・。
行ってもいい・・?
かぁさまと同じ目の色をしたお兄さんに会えたのは、刀を三本も腰に付けているお兄さんのお陰。
・・・・・・・・・・・・・・・・・あれはかぁさまが 毎年庭に植えていた 朝顔。 かぁさまが好きだった花。
かぁさまの色をした花びらに触れたくて触れたくて堪らないのに 手を伸ばしても触る事はおろか 通り抜けてしまい途方にくれていた私の前に すっと手が伸びてきた。
骨ばった傷跡の多い大きな手が 沢山の朝顔の中、かぁさま色の朝顔に触れた。
それは、優しい手付きで そっと。
まるで、私の代わりに花に触れてくれるようで・・・・その人を見たの
その人はその手と同じように 優しい顔をして朝顔を見てたわ。
おっきい男の人が花をそんな目で見るなんて初めて見たけど その花に唇を寄せたのを見て、かぁさまもよくそうしていた事を思い出して ・・・悲しくて・・・でもどこか嬉しかった。
だから、その人がお金を払ってその鉢を抱えて歩き出したのに付いていったわ。
そこは、船の上なのに 木が生えている変な船だった。
お兄さんは木の側に鉢を置いた。
船に人が帰ってきて、その中にかぁさまを見つけた。
かぁさまと同じ金色の髪。 そして、かぁさまと同じ色の目。 かぁさまの好きな朝顔と同じ色。
わかったわ。 かぁさまじゃない事位、すぐに。
でもね、私かぁさまと同じ色を持つお兄さんから離れたくなかった。 だからずっとドアの影にいた。
料理を作るお兄さんは いつからか時々こっちを見るようになった。
作った料理をほんの少しだけ小皿にとって キッチンの片隅に置くようになった。
それは翌朝 帽子を被った船長さんのお腹に収まるのだけど、きっと私にくれているもの。
ありがとう。 私に気が付いてくれて。 かぁさまに似たお兄さん。
お兄さんの側は、かぁさまの膝に抱かれているみたいで安心できる。
・・・・私はここよ。
こっちを見て笑ってくれる船長さんよりも、かぁさまに似たお兄さんと私に厳しい顔を見せるゾロと呼ばれるお兄さんよりも あなたに気付いて欲しいの。
私はここに居る。 ここにいるの・・・・・・・・ここよ
ここはかぁさまのいる海。
お兄さん、私・・・・怖いの。
かぁさまは死んでしまった私を許してくれるかしら・・・かぁさまの命と引き換えに託された私の命は、あっけなく終わってしまった。
あの時、私じゃなく かぁさまが船に乗れば かぁさまは助かったのかもしれない・・。
私がかぁさまの命を奪ったの?
かぁさま・・・・・かぁさま、ごめんなさい。・・・・・・・お兄さん・・・・私どうしたらいいの?
・・・・・こっちを見て、・・・ねぇ。
怖いの。 一緒にいて。
ねぇ、お兄さん一緒にきて・・・?。
かぁさまの処まで一緒に来て・・。
かぁさまの大事な朝顔と同じ色のお兄さんなら きっとかぁさまも喜んでくれるわ。
かぁさまの大好きな とうさまと同じ瞳の色をした お兄さんならきっと・・・。
・・・それでももし、かぁさまが私を許してくれなかったら・・・私とずっと一緒にいて・・欲しいの。 かぁさまに似たお兄さん。
お願い・・・一緒に来て・・・・・・? 私を助けて。
船のみんなに好かれてるお兄さん。 お兄さんの周りはみんな笑顔。
でも朝顔のお兄さんとだけは、喧嘩ばかり。 私、あのお兄さん嫌いよ。
かぁさまに似たお兄さんもその人には文句ばかり言ってるし、きっと嫌いなんだわ。
朝顔を見ていた時は いい人だと思ったのに かぁさまに似たお兄さんには笑わない。
それに何でいつも怖い顔してこっちを見るの?
いつまでもお酒飲んで お兄さんの側にいないでよ。
・・・お腹がすいたと駆け込んでくる船長さんも トナカイさんも 鼻の長い人も 女の人も夜にはいなくなって ここはお兄さんと私だけの場所だったのに。
・・・・いつからか気付いてしまった、お兄さんの前で笑わないその人が、その視界に入らないところで 優しい目でお兄さんを見ている事に。 そしてお兄さんも同じようにしている事に。
・・・・・・。 取らないで・・・・、私からお兄さんを。
目を閉じてお酒を飲んでるお兄さんを そんな顔で見ないで。 その顔は・・・・・。
あの晩と同じように この海は嵐になる。私にはわかるわ。
私の意志で動かす事の出来る水が、今 天から降り注いでいる。
お兄さんに一緒に来てもらうなら今夜。
『お兄さん、私と一緒に来て? でないと、他の誰かを連れて行くわ。』
立ち昇った蒸気に影が映る。
腰の高さほどの小さな人影。
底から突き上げる波に船体が揺さぶられ 大きく傾いた拍子に2人体勢を崩したが、頼りなげなその影は蒸気で揺れるばかりで船体の揺れにはびくともしない。
「てめぇ、誰だ!」
『お兄さん一緒に来て?・・・私を助けて。』
鯉口に指を掛け、口を開いた剣士には目もくれず 小さな影は俺に話しかけているようだ。
徐々に鮮明になっていく影が 小さな少女の形を作る。
現れたのは、長い金髪の 青い目の少女。
『お願いお兄さん。』
声までが聞えてくる。 ・・か細い小さな声が。
「レディ。 どうしたんですか?」
「おい。 てめぇ、何言ってやがる。 どうしたもこうしたもねぇだろ。 その腹。!!」
「煩ぇクソマリモ。 ちょっと黙ってろ! 小さなレディ、この前からこのキッチンにいたのは君なのかい?」
腹に飛び込んできた水が薄い刃になり スーツの上から肌を引き裂いた。 押さえた手が滑るのは血だろう・・。
『そうよ。 ・・・お兄さん私と一緒に来てくれる?』
話す間にも水の刃が飛んでくる。 剣士が振るう刀は水を切るばかりでその勢いを止める事もない。
「やめろ!」
少女の影に向かって刀を振り落とそうとする剣士が見えて、思わず少女の影と剣士の間に入った。
剣士の腕が止まる。
「レディ。 俺は、この船で旅を続けたいんだけど・・・何かあったのかい?」
『一緒に・・来て、お願い・・・。』
「おい、クソコックどけ!!」
「レディ?」
『かぁさまの処に一緒に。』
「コック!!」
「煩ぇ、黙ってろ!!」
凶器となった雨が身体に突き刺さる痛みに膝を突く。
「俺には見たい夢がある、この船でみんなと・・・。 レディ・・ だから一緒には行けない。」
『お兄さん来てくれないの?・・・・・じゃぁ、・・じゃぁ・・・船ごとみんなを連れて行けば 来てくれる?。』
近くなった少女の顔が歪むのと 船が揺れたのは、ほぼ同時だった。
『一緒に』
「クソコック!」
「ゾロ!!」
飛んできた水を受けた剣士の背中で血が跳ねた。
・・・・この少女は本気だ。
自在に水を操る少女の前では 小さな海賊船など木の葉を沈めるほどに容易いだろう。
「レディ? 俺がいればいいんだね?」
膝を付いたまま少女を抱きしめた。 陽炎のように見えた少女をそっと抱きしめる。
途端に流れ込む映像。
闇の中で嵐に揺れる船。 迫りくる水。 頬を掠めて離れていく少女の母親であろう女。 荒れる海に響く泣き叫ぶ少女の声。
母への思慕。 とてつもない悲しみ、空虚。 そして自責の念。
あの頃の 俺だ。
縁もゆかりもない海賊に助けられた俺。 武器である足を失ってまで助けた俺にその価値はあるのかと自問自答した日々。 自分の存在を否定したくなる気持ち。
少女の想いに近いものを少し俺は知っている。
幸い俺たちは生還したが 少女と母親は死んだのだろう・・・・。
少女の悲しみが俺の中に流れ込んでくる。
「いいよ、一緒におかぁさんに会ってあげる。 だから、俺以外は傷付けないで。」
自分に重ねられている少女の母を思いながら 少女の耳元に囁いた。
開いたドアから高波が入ってくる。 それを目視した後、身体は海に投げ出されていた。
海に落ちる一瞬前、倉庫の入り口にしがみ付くナミさんが見えた。
ごめんねナミさん。 ・・でも間に合ってよかった。 ナミさんがいればこの嵐は乗り越えられる。
冷蔵庫に入ってる肉、明日の分だ、食うなよルフィ。
明日の朝は今日のリベンジだ。 今度こそきのこソテー残すなよ ナガッパナ。
次の島で一緒に買い物に行くって約束したの忘れんなよ・・・・チョッパー。
ロビンちゃん、笑顔が増えてく君を見るの楽しみなんだよ。
クソ剣士、 喧嘩すんの楽しかったぜ。
事が済んだら船に戻るから、待っててくれよみんな。
暗い海底へと落ちていく。 傷口にしみる海水に赤い血が染みを流す。 水圧に押し出された空気が、口から吐き出され歪んだ丸を作って水上に向かって上っていく。 代わりに進入してくる海水に肺が悲鳴を上げ喉をかきむしった。 苦しさの中、暗くて見えない筈の海底で金がゆらゆらと揺れた。
海底から伸びて身体に絡みつく 何かが俺を包む。
突如息苦しさが消え、海中だってのに温かいものに包まれた感覚がする。 あれ?苦しくねぇ・・・俺死んじまったんか?
・・・・ん? これは少女の母親? 綺麗な女性が・・・花にキスをしてる。 その側ではじゃぐ少女。
少女の意識が入り込んできた。 そこに一瞬だぶって見えたのは同じ花にキスをする剣士。
レディ。 抱きしめてあげて。
リトルレディに言ってあげて <いいんだよ> と。
たったそれだけできっと伝わる。 リトルレディは解放される。
苦しめる為に 助けようとしたんじゃないって きっと解ってくれる。
俺は気付くのに時間が掛かっちまったけど・・。
さっきの、花にキスする剣士が脳裏に浮かぶ。
いつも仏頂面のあいつでもあんな顔するんだな・・・。 それとも俺の幻影? あいつのこんな顔見てみてぇって俺思ってたのか? にしてもんなもん見るなんてマジでヤバイかも俺。 だいぶあの世に近付いちまってるみたいだ。
・・・・こんな事なら言っときゃよかったぜ、クソムカつくけどよ、・・・あの剣士に。
いつか、どちらかが船を降りるときに 言おうと思ってた。
「クソマリモ、俺 お前の事嫌いじゃなかったぜ。 結構好きだったかも?・・な。」 ってよ。
言わなきゃ伝わらねぇ事は案外多いもんだよな、リトルレディ。
俺は伝え損なっちまったけど。
はは、俺の人生後悔ばっかりかよ・・。
お兄さん。 かぁさまが抱きしめてくれたの。 ・・・ありがとう。
それと朝顔のお兄さん、ごめんなさい。
かぁさまが、とうさまを想って花にキスをするのと 同じような顔をして朝顔にキスをしたお兄さん。
お兄さんが、かぁさまに似たお兄さんに気付かれないように見るその顔は、花を見ていたときと同じ顔。
その顔を見ればすぐにわかるわ。 お兄さんの気持ちなんて。 ・・ねぇ、お兄さん達。
その顔見せてあげて・・・・。
悲しそうな顔しか見せる事のなかった少女が 柔らかな光に包まれ笑っていた。
その後ろにひっそりと立つ女性もほほえんで見えた。
無事母親のところにいけたんだな、リトルレディ、・・・良かった。
「過去形で言うんじゃねぇよ、 しかも疑問系ってのは頂けねぇな。」
すぐ側で剣士の声がして、目を開けると 目前に顔を赤くしてふてくされた剣士がいた。
?
…?? 俺死んだんじゃ? それにしちゃ やけにリアルだな。
何ふてくされてんだよ、クソマリモン。
幻影に手をのばすと頬に触れた。
俺が触っても怒らねぇなんてやっぱコレ幻影だろ。 ちくしょーっ、死に際に出てくんのがナミさんみたいな素敵なレディじゃなくってクソマリモだなんて!! あ〜っ、くそっ。 こんな時に出てくんじゃねぇよ
俺は思い切りクソマリモの頬をつねった。 ・・・と、聞えてくる抗議の声。
「このボケコック、何しやがる!! 痛てぇ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ? 俺・・・生きてた?
慌てて身体を起こすと 腹部に引き攣れた様な痛みが走る。
傷があるであろう場所を探ると 切れた筈の傷口はしっかりと塞がっていた。
それでも切れた服と、体に残った痛みが 実際に有った事だと物語っていた。
「サンジくんっ!!」
「サンズィ〜〜。身体大丈夫か?」
「良かったな、うん・・・うん。よかった、良かった!」
「コックさん気が付いたのね。」
「サンジ何やってんだ? 俺、腹減ったぞ。」
「クソッコック、死にぞこなってんじゃねぇ。」
あ・・れ? みんな。
みんなの顔の後ろ、空はいつの間にか晴れて。
昇った丸い月がみんなの顔を薄く照らしていた。
「嵐、おさまったんだ。」
発した声が掠れてもれた。
「いい加減 コレ離せ。」
ため息を付いて剣士がつままれたままの頬を指差した。
「あ、悪ィ。」 慌てて離すとナミさんの顔が近寄ってきた。 その顔が不自然なまでにニコニコとしている。
「ゾロがね、海に落ちたサンジくん助けてくれたのよ。 引き上げてもサンジくん息してないし、人工呼吸なんかしたりして 大変だったんだから。 ・・嵐?なんだかわからないけどぴたっと止んじゃったわ。 ゾロもサンジくんも海の中でしょ・・。海水に弱いのばかり残ってたからどうしようかと思ってたけど・・・止んで助かったわ。 今回はゾロにちゃんと感謝しないとね!」
「航海士さんたら。 剣士さんもいい思いしたんだし、コックさんも無事だったんだからいいじゃない。」
「ナ・・・ナミさん? ロビンちゃん? 人工・・・・・呼・・吸?」
「そうね。 慌てたコイツなんて 滅多に見ないもの見れたし・・・ゾロったら、医者のチョッパー押しのけてたわよね。 俺がやるって言い張って。 意外とサンジくんとゾロ似合ってたわよ〜。 ふふ、息吹き返す前に水吐き出さなきゃもっとロマンティックだったけど。」
「え?・・あの・・ナミさん??」
「あら、航海士さん? 目を覚ます前のコックさんの言葉聞いたでしょ? あれも結構良かったわよ。 ね、剣士さん?」
「ロビンちゃん? 俺何か・・・????」
無事に意識を取り戻したサンジの側で 魔女達が面白いおもちゃを見つけたように笑う。 それを見てチョッパーとウソップが巻き込まれないようにと少しづつ離れていく。
船長はといえば相変わらず 「サンジが調子悪いんなら、飯どうなるんだ?」 と 食に関する事だけを言って ナミさんにどつかれている。 その横で剣士がほんのりと赤い顔をして 視線だけをこちらに向けていた。
俺は、レディ達の話にどこか身に覚えがあるように気がして、そのどうにもいたたまれない状況にもう一度意識を失いたくなったが、気を奮い起こし立ち上がって船長に夜食を作ってやるといって、その場を後にした。
「クソコック、身体大丈夫か?」
ルフィに夜食を食べさせると、そのまま朝食の準備を終え、休みを取ると船室に引っ込んだ。
傷口はふさがったとはいえ、 あれが現実だったなら結構な出血があった筈で・・、その所為なのかやけに身体がだるい。 キッチンをレディに任せ男部屋で休んでいると剣士がマストを降りてくる気配がした。
クソマリモか。・・・めんどくせぇ。
先ほどの事もあり、目を閉じたまま寝たふりを続けていると 剣士の声が上から聞えてきた。
「・・・・なぁ、お前。 あれは本当か? お前、俺の事嫌ってるんじゃなかったのか? 俺の事 <好きだったかも>っての本当か? ・・・・・<だったかも>って何で過去形なんだ? 今は違うのか? なぁ、・・・・・・・?」
囁くような小さな声で 語りかけるような声が降りてくる。
聞きなれない不安の混ざった剣士の声で問い掛けるその内容に、胸が騒ぐ。
それって、その話し方って・・・お前・・。 俺、誤解しちまいそうになるじゃねぇか。
喧嘩ばかりで手放そうと想った感情。 夜一緒に飲む事が出来るようになって 仲間という位置で満足しようと想っていたのに。
「・・・サンジ。」
心臓が早鐘を打つ。 何で名前呼ぶんだよ。 クソマリモ。 思わず目を見開くとマリモの顔が俺を見ていた。
腹横のソファが沈み ギシリと小さく音を立てた。
俺らは ムードもへったくれもなく目を開いたままキスをした。
リトルレディ?
俺、後悔しないように伝えようと思う。 クソマリモに言うのは癪だけど。
あのキスの意味を聞いてみようと思う。
あれからあのバカは、夜キッチンにくる事もなくなって 又甲板で酒をあおってやがる。
このまんまじゃ、何もなかった事になっちまいそうだ。
俺は・・・もう引き返せないよ。 なかった事になんか出来そうもない。
だから、伝える。 船を降りる時なんかじゃねぇ。 今。
みかんの木の横で 朝顔に埋もれて幸せそうに眠る剣士を叩き起こして
「クソマリモ、俺 お前の事嫌いじゃないぜ。 好きだよ。」
END
![]()