星の指針
「迷子が無事戻りますように。」
マスト脇に括り付けられた笹が、海風にその葉を撫でられて サラサラと微かかな音を立てた。
提げられて時間が経過したのであろう。 少し色褪せた色とりどりの短冊が、何枚もその緑には提げられていた。
その葉の陰の目立たない場所、葉の色と同化しそうな緑の短冊に 几帳面な文字で書かれた冒頭の願いがかけられていた。
最強の座に挑んだ剣士の帰還を待ちわびて、仲間は皆同じような願いを誰からともなく新たに書いて飾った。
彼が船を後にしてどれくらい経つのだろう。
彼が切って残していった笹は、いまや潤いを失い 葉擦れの音も乾いた音を立てるようになった。
「綺麗な空だな。」
隣に立った男の気配を感じたのか、星達の小さな光でさえ金の髪で弾く男は振り向きもしないまま呟いた。
「降ってきそうなほどだぜ。」
言われて改めて空を見上げれば、文字通り満天の星空が彼らの上で輝いていた。
「てめぇ、行くのか?」
「あぁ。」
「・・・そうか。」
嗅ぎ慣れた紫煙の香りとともに 男の声が風に乗って流れた。
互いの顔は見ない。 視線は空に注がれたままだ。
腕を伸ばせば届く場所に男はいる。
───この位置関係が好ましかった。
決して立ち入らない、かといって無関心でもない。
隣に並ぶ事が当然で、だが、寄り添う訳でもなく 馴れ合いもせず。
毎日のようにある 一見乱暴に見えるやり取りさえ、小気味よく。
口には出さないものの 互いに認めた対等な男。
「帰ってきたら もっとうまいもん食わしてやるよ。」
出発の前夜祭だと船長が言い出した宴でも 調理と給仕に動きっぱなしだったというのに コックはそう言った。 今しがた、その宴で彼の作った食べなれたうまい食事を腹いっぱいに口にしたばかりだ。
「てめぇの飯はいつも美味かった。」
さらり。
天を見ていたコックが振り向いた気配がして髪が音を立てた。 コックの視線が 天をじっと見続ける俺の横顔に突き刺さる。 驚きで凝視するようなそれは すぐに丸みのあるものに変化した。 今俺がそちらを向けば、きっとコックは特徴のある眉をへにゃりと下げて笑っているのだろう。 一緒にいた月日が、そんな風に俺に思わせる。
「今日のはただの宴だ。・・・今度は、祝いだな。 もっとうめぇもん食わしてやる。 ・・・・・だから 『美味かった』 なんて言うんじゃねぇよ、・・・俺様のは 『美味い』 んだ、クソボケまりも。」
再びコックの視線が俺からそれ、前方に──海原に──向けられた気配がした。
目の前にいると気にくわなかった男は、隣に並んでみると案外居心地のいい男だった。
今では、前にいても、後ろにいても ムカつきもしないし 奴がどう動くのか勘で解かるようになった。
もっと近付けば もっと違う何かがわかるのかもしれない。
今、空を見ているその顔がどんなツラをしているのかも 俺が振り向けば・・・近付けば見れるかもしれない。 ───今は晒せない表情も。 見せるのを躊躇ってしまう感情も。
「必ず戻る。」
次に船に戻ったら、この腕を伸ばしてみようと一人星空に誓った。
月のない満天の空の下、港から少し外れた入り江を歩く男の姿が有る。
薄暗い中でも僅かに見えるその姿は、腰に三本の刀を携えた新しい大剣豪だ。
勝利の代償で受けた傷が癒えるのに少し時間が掛かってしまったが、彼はしっかりとした足取りで船を目指していた。
腹巻の中には、数週間前、出発前夜自ら森に分け入り刈り取って船に飾った笹に その晩皆で飾った短冊の中から抜き取った一枚がそっとしまわれている。
案外几帳面な文字の書かれた一枚の青い短冊。
そこには 「新しい剣豪に飯を食わせて 絶対ぇ美味いと言わせてやる!」 と書いてあった。
ぐうぐうと鳴る腹を 腹巻の上から押さえながら彼は進む。
お守り代わりのその紙にのせられたその手を 今度は隣に並ぶ男に伸ばす為に。
そして今度は、『美味い』 と男の顔を正面から見て言ってみよう。
彼が無事にこのまま真っ直ぐ進めば 皆の待つ船は、もうすぐそこだ。
END
2007/7/8
七夕に間に合わなかったよ(笑)
このゾロも七夕かなり過ぎてるし・・・ま、いっか(^-^;) ←いいのか?
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