態度がでかく口も足癖も悪いコックの事が気になりだしたのは
ドラムで雪の桜に降られている時。
アラバスタの宮殿で
ほんのり色付いた白い肌に欲情を感じた俺は、
そんな自分を有り得ねぇと勘違いだと否定した。
失いたくねぇ。
そう思ったのは
別れて戦った空島。
スノゥ・ブロッサム
Snow
Blossom
寒い島だった。船番に飽きた俺は静かになった船を降り、寒中水泳をしていた。
その間に何が起きていたかも気付かず、雪の中を彷徨っていた。
そりに横たえられた痩躯を見て知った出来事に 一緒に行動しなかった事を後悔する事になるとは‥。
横たわった身体に、青白く見える顔色に 背筋がぞわりとして俺は動けなくなった。
いつもなら口煩いほどに騒ぐその顔が、感情のままに大きく動く体が、
今静かに沈黙を守っている。
そんな見慣れないコックに心が乱される。そして、じきに目を覚まし自分の足で立つあいつを見てほっとしたのを覚えている。
島を離れる船上に降る薄紅色の雪の桜の中、仲間に向かって何も無かったように笑うあいつに安心し見惚れている俺がいた。
それと同時に、懐かしい光景がそれとだぶる。
俺の中に浮かんできた光景は‥‥故郷を離れてから思い出す事のなかった桜並木。
寒い冬が過ぎ、抜けるような青空に映える薄紅。
色の少ない世界を鮮やかに彩る樹木。
降る様に落ちていく薄紅の花びら。小さな世界しか知らなかった頃の懐かしい思い出。
「てめぇは、桜に似てる。」
気が付いたら言葉にしていた。
「俺の育った島は桜が沢山あって季節になるとそりゃ綺麗なモンだ。てめぇにも見せてやりてぇな。一斉に花がついて煌びやかでよ。でも何処となく清楚で‥散り際も潔い。」
頭の中で、桜に包まれるように佇むコックを想像する。
薄紅の舞う中で 髪を靡かせるコック。
目の前で唖然とするコックを見ながら、仲間を思いやり大切にするコイツはふんわりとやさしい雰囲気を醸し出す薄紅のようだ、とゾロは思う。
出会った頃には気付かなかったこの男の真実の姿。
人を暖かい気持ちにさせる花。
灼熱の季節をつれて来る花。
人々の目を楽しませ惜しげもなく潔く散る花。
言ってしまった後に湧いた後悔は、‥‥散って欲しくねぇ。潔くなんて散って欲しくねぇ。‥そんな事。
背骨に負った怪我のように 簡単に自分を差し出すな。もうあんな背筋が凍るような嫌な気分は味わいたくねぇ。そう思った。
「‥でも‥‥‥‥てめぇは、そんな所まで似るな。散り急ぐなよ。」
怪我をしても仲間を助けようとする心意気を潔いと思うと同時に 脆い。と思った。
ナミのように病気とかではなく、誰か他人の為に躊躇いなく命を危険に投げ出して突然目の前から消えてしまいそうで、俺には心もとなく感じたんだ。
唖然と開かれていたコックの口がゆっくりと引き上げられると 見た事の無いくらい綺麗に笑った。俺は初めて向けられた笑顔をずっと忘れられなくなるなんてこの時は思いもしなかった。
ただ、この笑顔を俺が守ってやりたいと思った、守られるのを好まないなら隣にいたいと思った。
アラバスタの風呂で見たコックの身体はまだ戦闘で負った傷だらけで、白い肌には 見ているこちらの方が痛くなるくらい傷が紅く彩って。
湯で暖められた体が、受けた傷を更に鮮やかに染め上げる。
その紅がまるで熟れた果実のようで、俺は吸い寄せられて目が離せない。
女の裸とは程遠い筈の野郎の裸から目が離せないのは何故だろうか。
気付くと湯船の中で俺の欲望が頭をもたげ始めていた。
上気した顔は目を潤ませ頬を染め、打ち身に色付いた白い肌は官能的で、・・湿気った髪から覗く青い瞳がいつもと違うあいつを演出している。
目が離せねぇ‥‥。
あの紅い刻印を舐めて癒してやりてぇ。潤む瞳を揺らしたらあいつは俺を見てくれるだろうか。あの笑顔で俺の名を呼んでくれるだろうか。嫌がるものなら組み敷いてでも‥。そこまで想像して俺は頭をぶるぶると振って自分の思考を否定する。
俺は今何を考えた?
あれは男じゃねぇか。女湯を覗こうとしているあれは、胸もぺったんこで 脛毛も生えて、俺よりは細身だが同じ位にタッパのある男‥何よりも今捲れたタオルから見えた男性器。それが、あいつを紛れもない男だと、組み敷くような相手じゃないと物語っている。
偶然見えてしまったそれに、あいつは男だと自分に言い聞かせて ようやく俺は欲望を鎮め風呂を出た。
その晩。
俺は前の島で交わった娼婦を思い出し 熱くたぎる股間に手を伸ばした。長い髪の豊満な胸の女は腰をくねらせ俺を締め付ける。俺は手の動きを早め追い込みを掛ける。想像の中の官能に揺れる娼婦の顔が いつの間にか風呂場で見たコックと入れ替わっていた。揺れる胸はなく、目前にあるのは平坦な胸と色素の薄い男性器。それでも萎える事のなかった俺は、その日初めて コックをオカズに欲望を吐き出した。
終わったあと自分のしたことを振り返り 冷や汗が出た。
よほど溜まってたんだな俺‥。何の間違いかコックで抜いちまった。生っ白くて女みてぇな顔をしてるから 溜まってた俺は錯乱してたんだ。
俺は自分にそういい聞かせた。
空島の神を名乗る男との戦いは、互いに知らないところで始まった。
俺が蔓に掴まって 雄叫びをあげていた頃、もうコイツは敵と戦っていたのかもしれない。
何があったかなんて聞いてねぇ。
あった事実は、コックが包帯でぐるぐる巻きになって焼け焦げていた事だ。
金髪を煤けた色に変えたコックは、ドラムで見た時のように横たわっていた。
‥‥強い男だと言うのを知っている。強靭な精神の持ち主と言う事も‥‥。それでも俺は横に倒れているコックを見て 動揺したんだ。生きているのか? 無事なのか? 地面がぐらぐらと揺らぎ 腹の底に重いものが詰まったよう‥。掛ける言葉も喉に張り付き出てきやしねぇ。まるで何かに見捨てられたような不安と絶望が渦巻いて俺を突き落とす。
死んじゃいねぇよな?目を開けろよ。“憎まれっ子世にはばかる”って言うじゃねぇか、てめぇみてぇな奴が 早々にくたばる訳ねぇだろ。なぁ、生きてんだろ? 笑えよ、いつもみてぇに。ふてぶてしくタバコなんか咥えて‥‥ニヤリと笑え。 まだ決着のつかねぇ戦いの最中だってのに寝てんじゃねぇよ、クソコック。
俺はだるい体を気力で起こすと、コックを上から見下ろして、ナミからの指示があった巨大な木の幹を倒す為にコックに背を向けた。
‥生きていた。
目を瞑ったまま微かに上下する胸板に ほっと胸をなでおろす自分が居る。
白いはずの頬が火傷した様に僅かに赤く腫れていた。白い顔に赤。
勿体ねぇ。何故かそう思った。
同じように倒れているチョッパーや 煤だらけのウソップとロビン。奴らも無事だ。
それを目に入れて、自分の中でコックの占める空間の大きい事に気が付いた。いつの間に懐に入れていたんだろう。俺は、他の誰よりもコックを失う事が怖くなっている‥‥。
そして今。手に入る訳がないと、望むことさえしなかった白い身体が己の下で声を殺す。
綺麗なラインを描く頬に手が触れるとサンジは目を伏せ・・。
ほんのり紅く上気した頬が熱いのが 俺のせいならいいと思うのは傲慢だろうか。
触れていた頬から指を滑らせ柔らかい金糸の中に分け入ると、サンジのこめかみから項へと指でなぞった。
それだけなのに唇を微かに開き、何かを逃すようにサンジは浅く息を吐く。
金に縁取られた揺れる瞼はまるで震えるよう。
薄く開いた口は、あ の形を作るように時折開き甘い息を吐き。
その形良い唇の間から赤い舌が覗いて見える。
全てを俺のモノにしたい。何度身体を重ねても全てを知る事は出来ない愛しい身体。
昨日まで知らなかった、サンジが顔を出し、俺はその度に目眩を覚え。
・・俺は白い首筋に顔を埋めると、サンジの匂いを吸い込んだ。
シャワーを浴びたばかりの髪はまだ湿り気を残し、甘い香りがする。
「サンジ、俺はてめぇが‥‥す‥‥‥‥‥‥‥好きだ。」
俺はどうにも愛だの恋だのを囁くのは苦手で‥‥声に出さなくても伝わっているだろうと 勝手な思い込みをしてずっとサンジを傷付けていた。
数日前にようやく伝えた俺の思いを 受け入れてくれたコイツを 大事にしたい。
だから、コイツがそれで喜ぶのなら苦手な愛の囁きってやつも たまには言ってやろうと思う。
でも、やっぱり照れくさいもんだ。言った自分の顔が熱くなるのがわかる。
「な‥に‥言ってんだよ‥‥ぶぅわぁ‥か。」
一瞬動きの止まったサンジが俺の肩に腕を回し ぎゅっと力を込め顔を肩口に押し付ける仕草をする。俺の項にかかる息がくすぐってぇ。 おいおい、そりゃぁ、嬉しいって言ってるようなモンじゃねぇか。‥言葉を伝える前までは、回される事の無かったその腕が俺も嬉しい。
優しくしてやりたい。傷付けた分だけ‥それ以上に、 優しく‥。ゆっくりと。
そう思うのに 俺の手は止まらない。
髪の感触を楽しんでいた手を後頭部に移動し
柔らかい頬に唇を落とす。
そのまま熱い吐息を吐く唇を塞いだ。途端に背筋から脳髄までぞくぞくと何かが這い上がる。あぁ、かつて、俺はキスだけでこんなに興奮した事があっただろうか‥。初めてサンジを抱いた時は今肩に触れるこの腕は床に落ちたままだった。コイツから顔を寄せる事はなかった。たったそれだけで、こんなにも違うものなのか。それならこの先の行為にはどんな快楽が待っているのだろう。そんな考えに俺の中心は更に熱を持って膨らむ。
サンジを抱くまで俺は、惚れた人間とSEXした事はない。だからなのか‥‥。この興奮は‥。
触れ合った場所から溶けちまいそうだ。
何度も角度を変え唇をついばんだ。苦しげに緩んだ隙間に舌を差し入れ逃げを打つそれを追う。サンジの舌を吸い 咥内をかき回す。切なげな声が漏れ始まると、やがて戸惑っていた舌が意思を持って動き出す。舌と舌が擦れ合う度に立ち昇る快感に気分は高揚する。
絡めた舌を外し、唇を遠ざけると、蒼い目が俺を見ていた。
俺は潤んで揺れる目を見たまま サンジの口端から垂れた二人の唾液を舐め取り、首筋へと移動する。肌蹴られたシャツの襟元、鎖骨を唇で追い、舌で嬲る。見上げたサンジの蒼い目がとろりと揺れる。
なんてエロい顔してやがるんだ。
俺は白い肌に食いつきたくなる衝動を押し留め、鎖骨から喉仏、耳までを舌で愛撫する。
耳に吹き込んだ息にビクリと反応するサンジを楽しむと シャツのボタンを全て外し滑らかな肌に掌を滑らせる。
淡く色付いている胸の突起に手を掛けながら 鼻先を髪に摺り寄せサンジの匂いを吸い込むと しなやかな体がほんの僅か身じろぎ 吐息を吐く。
耳元にかかる乱れた熱い息が奴の欲望を物語って 俺は身体が熱くなった。
明かり取りの小窓から日の光が差し込んで、晴れた眩しさで目が覚めた。
腕の中で眠る想い人の髪が日の光を受けて光り輝く。
昨日は無理をした自覚がある。途切れる事のない欲望と快感にすっかり虜になった。気を失うように眠りに付いたサンジの胸元の紅を見つけ、付けたのが自分だと思い出し、股間が熱くなる。昨日あれだけ放出したと言うのに 現金な奴だ。と、頭をもたげ始めた自身に思わず苦笑がでる。
サンジの閉じられた瞼の脇 うっすらと快楽の涙の痕の残る白い頬にそっと唇を落とすと 瞼がゆらゆらと開いて、ぼんやりとした眼差しが俺を見る。
愛しい。
そんな感情が突如俺を襲った。
感じた事のない とても幸せな感情。今すぐにでも抱きしめたくてたまらねぇ。
どうしたらいいのだ?。この感情を伝えるには‥‥。
今にも腕の中にいるこの男を俺は抱きつぶしてしまいそうだ。
だが、この男は俺が抱きつぶしていいような奴じゃぁない。
俺は、突き上げる衝動と葛藤しながら、サンジを見る。
目が合うと ぼんやりとした青い瞳が細められ、口元が弧を描き、ふわりとした笑みを浮かべ俺に手を伸ばしてきた。俺はどうして良いか解らないまま その手を好きにさせておく。 と、毛布の外に出されていた温度の低い指が、俺の肩を抱きこむように背にまわる。
冷やりとした掌が俺にサンジの体温を伝え。いつの間にか俺の衝動はなりをひそめ 穏やかな気持ちに変わっていた。
横向きの体が俺に半分乗り上げるような体勢で 抱いているのか、抱き込まれているのか・・・?、不思議な感覚。
海賊船の上とは思えないような、優しい、ゆったりとした時間が埃臭い格納庫を満たしていた。
こんな、‥こんな関係がいいと‥ふと思う。
上か下かなんて事じゃなく、俺が抱くのでもない、奴に抱かれるでもない、対等な関係。互いが夢を追う足枷にはならないような‥‥対等であればいいと。
こいつはどう思っているかは知らねぇが 俺は、そう思う。 多分、・・・きっとコイツも同じじゃねぇかと思う。いや、・・・同じであって欲しい。
背にまわされていた手が僅かに緩んで サンジの顔をのぞき込むと、蒼は閉じられ、規則正しい小さな寝息をたて始めている。どうやら、また眠ってしまったようだ。
緩んでいた腕が外れ、俺の右腕へと重なった。その腕を捕まえサンジの手をそっと手繰り寄せると 昨日怪我をした指が目に入った。
昨日、港に到着してすぐに
船番である俺達2人を残しクルー達は、思い思いに船を降りていった。
一度戻ってきたナミが言うには
ログが貯まるのに4日間。内2日を2人で船番、その後交換し、買出しと自由行動に当ててくれと言う。相変わらず有無を言わさねぇ、もう決定した言い方だ。
ナミの言う事に反論する事など勿論無く サンジは快くナミを送り出すとそのまま後部甲板に消えた。やがて、スーツをラフなTシャツ半パンに着替えたサンジが戻ってきたと思うと、キッチン前の甲板でごそごそとなにやら広げ始めやがる。
なにやってるんだ?
日課である串団子を振っていた俺は、どこか普段とは違うサンジを 少し離れた所で黙って横目で追った。
サンジは数日前まで薄紅の花を咲かせていた枯れた枝を広げる。 確か花が散った後、樽から引き上げ バラバラと甲板の端に置いてあった筈だ。あれはごみか野営用じゃ無かったのか?
大量の食事の支度をしないで良くなったサンジは、鼻歌を歌いながらその前に腰を落とし、なにやらごそごそと作業を始めた。
ご機嫌だな。
串団子振ってるだけだってのに こっちまでつられて口元が引き上がっちまうのを止められねぇ。
暖かい陽気にのんびりした時間が流れていく。
シュッ シュッ
串団子とは違う小気味良い小さな音が聞こえている。俺は手を止めて音のほうを眺めると どうやらコックの方から聞こえてくるようだ。
ま、今この船にゃ 俺達以外いねぇんだけどな。
屈み込んで枝を相手に屈んで動く姿は俺の所からみると
まるで原始人が火でもおこしているかのようで
少し笑えた。
串団子を置いて、上機嫌なキッチン下のデッキへと近付く。
サンジはタバコの紫煙を吐き出しながら、枝をナイフで削っていた。
????何だ??・・・こんなもん削ってどうすんだ?ゴミ増やしてんのか?いや、かさ減らしてんのか?・・こいつのやる事は俺には解らねぇ。相変わらず何を考えてるか。こいつはルフィと違う意味でびっくり箱だ。
なにしに来た。と言われたら、喉が渇いた事にすればいい。
あいつは文句言いながら グラスを取りに行くのだろう。
そんな人間を放っとけないような奴だから。
おし、我ながら名案。
折角そうシュミレーションして向ったのに、サンジは俺の影に気付くと
顔を上げ笑った。
「おっ。終了か?よし、ドリンク出してやっから、飲んだらてめぇ ちと手伝えな。」
サンジはガキくさい笑いを残してキッチンに消えた。
足元には、ナイフと枯れた枝が無惨にも皮を剥がれて落ちて(置いて?)いる。
?‥‥??
溶けた氷が、汗をかいた空のグラスの中で音を立てる。
渡されたナイフを手にして 俺もサンジの隣に腰を下ろし、言われるまま枝を削った。
先程、何してるんだ?と聞いた質問にサンジは答えず、相変わらずご機嫌にタバコをくわえて鼻歌を歌う。たっぷりタバコ二本分の時間が経ってから ようやくサンジが口を開いた。
「バラティエって憶えてるか?」
俺の返事を待たずに サンジは続ける。
「あそこはよ、海の上だろ。だから季節ってモンが目に見えねぇんだよ。・・その所為かオーナーが 季節には拘るんだよな。あんな面してるくせによ。」
水平線に目をやり 手を止めて新しいタバコを咥える。
「んで、季節のものを・・。停泊する海域の季節に合った物を飾るんだけどよ。なんせ船の上だから余計なモン置けねぇ。大抵花とかを島で調達すんだ。桜なんか船に置くのは まだ小さい蕾の枝数本なんだけどよ。ちゃんと咲くんだぜ。・・・それでジジィが言うには、花の面倒を見るのは
女子供の役目なんだそうだ。 その持論でいくとだな…あの船の中に 女はいない。っうか居つかねぇんだけど。おまけにコックはみんな大人で。そうなると
花の世話は必然的に
ガキの・・俺の役割になるんだよ。‥そう言いながらジジィも一緒に手入れしてたんだけどな。草花に・・土に、触れると自然に帰るってよく言うだろ。そん時だけは穏やかで、親父ってこんなモンなのかなって・・、わかんねぇけど、何だかジジィが親父みてぇだった」
サンジは目を細め、口の端にくわえたタバコを揺らして笑うと マッチを擦って火をつけた。
「・・・そうか。」
サンジがバラティエの事を俺に話すのはそう多くない。
穏やかに微笑む姿に見惚れながら 自分の顔が緩むのがわかる。そんな俺を見てサンジはくしゃりと顔を歪め、暫く目線を彷徨わせると、作業を再開する。その直前、俺を見てごくりと喉が動くのが見えた。
「なぁ、ゾロ。・・・もし子供欲しくなったり、惚れた人が出来たらすぐに教えろよ。俺は、・・・。」
「何言ってやがる。俺はてめぇの事を離さねぇよ。」
途中まで聞いてサンジの言葉を遮った。
放っとくと馬鹿なことを言い出しそうだ。この馬鹿は。 聞きたかねぇよ、そんな事。
「でも、俺は、てめぇが生きていた証がこの世に残るようにしてぇんだ。」
「そんなモン。ガキじゃなくたっていいだろ。俺が世界一の剣豪になれば済む話じゃねぇか。そうだろ。きっと名は残る。」
今日と同じ、抜けるような青空の下。チョッパーと子孫を残さない花の話をしていたサンジ。
チョッパに優しく言い聞かせる声と裏腹な儚げな表情。
思い出すとぎゅっと胸が痛くなる。
あんな顔はさせたくねぇ。あれを繰り返す事はもうしたくねぇ。
「それによ・・・。俺は、俺の事はてめぇがちゃんと見てりゃぁ良い。」
「でも・・・。」
「でもじゃねぇよ。俺は見たこともねぇガキより てめぇのほうが大事なんだよ、クソコック。」
髪で隠れていて見えない横顔が、どんな表情をしてるのか・・・。
「いッ・・・・。」
反射的に手を持ち上げ 小さく声を上げた後、呆けたように赤が滴る掌を見詰めるサンジの顔は、やはり髪で隠れてよく見えない。
「コックの手に怪我なんかしてんじゃねぇよ。」
俺はTシャツから伸びた白い腕を掴むと 肘まで伝いそうな赤を舐める。眼前の白と赤に眩暈を起こしそうで目を閉じた。途端に鮮明になるサンジの匂いと 鉄の味。抵抗する事も無く預けられた腕。
反応の無さに正面に回って顔を覗き込むと 潤んだ目を背けられた。
「てめぇ・・・?」
泣くほど痛かったのか?そう言おうとした時。急にボゥッと・・まるで火でも付いたかのように 音でも聞えそうなほど見事に サンジの顔が見る間に真っ赤になった。
「お前・・・。実はたらしだろ・・。」
?? 潤んだ上目使いで睨まれても怖くないんですけど・・。ってか何で俺がたらし?
「今までそうやって何人のレディを口説いてきたんだ?クソマリモちゃんは。」
サンジは腕をほどくと タバコに火をつけ煙を吐いた。
「俺?女を口説いたこたぁねぇぞ。声掛けなくても向こうから寄ってきたしな、後は金が絡んでっから話もしねぇし。・・好きになったのはてめぇが初めてだ。」
ブハッ サンジは一瞬目を見開いて盛大に咽る。
「クソマリモ!口説いた事もねぇ?向うから寄って来ただと?!何と生意気な!!金?・・うわぁお前最低。金払っててもそういうお姉様とコミュニケーションぐらいとれよ!!無言のSEXなんてしてんじゃぁねぇよ!・・・・・・・・・・・てめぇ・・・もしかして俺様が初恋とか言っちゃうのかよ・・・。」
少し考えて俺が頷くと サンジは戻っていた顔色を又真っ赤にして 睨み付けてくる。
威嚇するようなその目の下で口元がヒクヒクと蠢いて。笑われるのかと思っていたが どうやら嬉しいのと 俺を睨もうとするので顔が葛藤してるらしい。
おもしれぇ。クルクルと表情を変えるサンジ。この格好つけが・・可愛いじゃァねぇか。
これが昨日の事。
二人だけの朝をのんびりと過ごし 昼食兼朝食を済ませたキッチンに何故か俺は立っている。
「・・・で、ゾロ。昨日干した肉とって来てくれ。」
ドアを開けると強い日差しと風を受ける肉の入った網を手に戻る。昨日 つけてあったタレから取り出し 干しておいた奴だ。
サンジはコンロの上の深いフライパンに 昨日の木屑をパラパラと入れると その上に金網を乗せ火をつける。持ってきた肉を受け取ると 硬さを確かめその網に載せた。
??今食ったばかりなのに又料理?木も焼くのか?
「腹へってねぇぞ。」
火を弱め フライパンをすっぽり被うような箱をそこに被せると
「クソマリモ。これは夜のつまみだ。 二時間半位したら取り出して、チーズとゆで卵もやるから てめぇ卵剥けよ。」
サンジは絆創膏を貼った手を見せ付けるように笑って俺を見た。
箱の上部から煙が出始める。何だコリャ?
「何してんだこれ。」
「あぁ、スモークだよ。てめぇ酒場でジャーキーとか良く食ってるだろ。あんなのだ。もっとも干す時間がねぇから 味も落ちつかねぇし、かなり柔らけぇだろうがな。」
ルフィがいると干してる間に食われちまう、そう言いながらサンジは、自分も煙を吐き出す。
「桜はスモークするのにいい素材なんだぜ。樹皮を剥がして 木部を細かくしたモンを使うんだ。本当は山桜の方が薫り高いんだが、すぐ食っちまうことだし・・クソマリモ相手だし・・この際まァいいだろう。夜を楽しみにしてろよ。」
悪戯をするガキみたいな顔をして俺に煙を吹きかけてくる。何か変な事を言われた気がしたがまぁ、いいか。
こんな何でもない日常の中で、サンジが俺の事を見ていてくれた事に改めて気付く。ジャーキーの事も 国の漬物の事も。自分じゃぁ 全く意識してなかった。
桜の枝をそうしたように 俺の事も余す事無く見ていてくれるんだろうか。
強い風にドアがガタガタと音を立てる。
サンジはフライパンに木屑を足すと ドアを開けた。
途端に吹き込む風と小さな白。
ドアを出るサンジに続いて甲板に出ると 風と沢山の小さな白が舞っていた。
白が舞い飛んでくる先を見ると港のすぐ側の高台の雑木林の奥。目を凝らすと薄暗い木々の中にぼんやりと白い木があった。どうやら花びらはそこから飛んでくるようだ。
「よう、クソコック。ありゃ、桜か?」
「さぁな。知らねぇ。」
その声に振り向くと サンジが舞い飛ぶ花びらの中で髪を靡かせて佇んでいた。
日の光に金を反射させるその姿は煌びやかで。でも何処となく清楚で。
雪の桜が降る中のサンジの記憶が蘇る。
俺は、きっともう あの時に心奪われていたんだ。
この桜のような男に。
fin