dilettante






 細い月明かりが入り込む格納庫に 仄かな灯りが点々と灯される。

 薄暗かったこの部屋も数多くのロウソクのおかげで、真夜中だというのに壁板の木目が判る程度まで明るくなっている。

「うし・・・・・。」
 格納庫を見渡し、満足そうにマッチを腹巻きに戻しているのは この船の剣士、ロロノア・ゾロだ。
「おっと、・・・」
 思い出したように 格納庫の隅、砲弾の箱の裏に手を突っ込むと 隠してあったボトルを引っ張り出す。
 ラベルを見ながらボトルに掛かった薄い埃を手で払い、簡易ベットの中に突っ込むと、自分もそのベットを背にしてどかりと座った。




 暫くして 軽い足音がドアの前で止まり、そのドアからトレイを手にしたコックが目を丸くして現れた。
「うわっ、何だコレ。」

 格納庫の所々に置かれているロウソクの灯りを  一頻り目で追ってから、中に入ってくる。
 後ろ手でドアを閉め、トレイを下ろすとゾロの横に腰を降ろした。
 珍しいものでも見るようにロウソクとゾロの顔を交互に見つめる。
「百物語でもしょうってのか?」

 サンジは、以前迷い込んだ教会で沢山のロウソクを見ながらゾロが
 俺の島では夏の風物詩だった。と罰当たりな事を言ったんで 蹴り飛ばしたのを思い返す。
 あんときゃ、折角撒いた賞金稼ぎに見つかっちまったんだ。
 すぐに撃退したから海軍にまでは見つからずに済んだんだったよな。
「・・・ん〜、でもこりゃ百本もねぇよな・・・夏じゃねぇし。あっ、テメェ悪魔でも召喚すんじゃねぇだろうな。魔法陣は何処だ?」
「てめぇじゃあるまいし、しねぇよ」
 グラスに張った水に浮かべられたロウソクは、 船の揺れで炎が波のように揺れ、格納庫をオレンジがかった海に変える。

「グラスが足りねぇと思ったら、犯人はてめぇかよ・・・クソ腹巻き。新手の嫌がらせか?」
 口調とは裏腹に サンジの口角は上がり優しげに目が笑っている。








 宴だ!肉だぁ!宴だ!!とサンジの誕生日を祝う席は、小一時間前に女達が、おめでとうとサンジの頬にキスを残して部屋に消えて終了した。
 最も、その時点で船長以下狙撃手、船医などは腹を膨らませ騒ぎ疲れて その辺の甲板で行き倒れ状態になっていた。
 サンジは上機嫌に鼻歌を歌いながら、食器を拾い集め始め、ゾロは夢の中でパーティーが続いているらしい寝言を呟く 幸せな行き倒れ達を部屋に運ぶと、散らかった甲板を片付け格納庫に向かった。

 サンジがキッチンで後片付けをしている間、ゾロは集めておいたグラスや食器に水を張りそっとロウソクを浮かべた。
 見掛けによらず意外と子供っぽい所のある今日の主役の反応を想像して頬がほころんだ。
 悪戯をする剣士は、彼に関する事には自分も案外子供っぽくなっているのを自身では気付いていない。


 そして、冒頭に至る。






 トレイには剣士好みのつまみの皿と箸、小振りな瓶の純米酒、2つのグラスがのっている。
「今日はもう散々飲んだからな、後この位ぇありゃいいだろ」
 瓶を目の高さに持ち上げ碧い目が笑う。

 昼食後のオヤツの時間から始まり、深夜まで続いた宴は 沢山の酒とクルーの好物が所狭しと並べられその腹を満たしていった。
 食糧を補給したばかりとはいえかなりの量を消費しただろう。
 在庫を気にせず腕を奮うコックは大半の時間をキッチンとの往復で過ごしていたが、ずっと笑顔で楽しそうだった。


 昨日着いた島の沖に停泊したメリーは今静かに眠りについている。

 2人の男を格納庫に隠して…。






「こりゃぁ、ムードの欠片もありゃしねぇ」


 クッと喉で笑うとサンジは洗面器を覗き込んだ。
 中にはロウソクが10個浮かんでいる
「仕方ねぇだろ。・・・・・これ以上持ち出すと、キッチンの主に蹴り殺されそうだからな」
「違いねぇ」
 2人顔を見合わせて少し笑った。
「一歳から十歳までのお前だ。お前の親父に、お袋に、・・・お前を育ててくれた人達に感謝・・・だな。」
 唐突にそう言ってゾロは洗面器の火を吹き消した。
 消えずに残った一本を消そうとした時、冷たい手に顔をガシッと捕まえられ額に額を重ねられた。
「・・・熱は・・・・・・・・無ぇよな。」
「ねぇよ」
「そ、か、正気か・・・」
「至って正気だ。」
 ふーん、と上目遣いで、暫くの間 憮然としたゾロを 見ていたサンジが口を開いた
「俺、親の顔覚えてねぇんだよな、物心ついた時ゃ船に乗ってコック見習いしてた。っても遊び場が厨房だったってだけなんだけどよ。」
「そうか。」
「・・・・・・・・で、テメェなんか変なもんでも食ったか。いや、食わしてねぇよなァ。どこかで拾い食いでもしたのか。こんなんゾロのやる事じゃねぇだろ・・・・・・。それとも偽物か。」
「何ブツブツ言ってやがる」
「ああぁ〜っ、待てっ。まだ消すな。折角脳内筋肉が洒落た事してくれてんだろ。もちっとムードってもんをよぉ」
「チッ」
「チッって何舌打ちしてやがる。ムード・・・いや、もういい・・・・・・この歳に俺は、クソジジィと遭難した。」
 サンジは洗面器に残った一本を吹き消した。
「襲ってきた奴に助けられたんだ。同じ夢を見てるって理由で 俺を助けやがった。テメェの大事な脚を潰してまで。」
 俯いた、金の中のつむじを見ていたゾロは グラスを満たす酒をあおった。
 以前聞いた事のあるそれは、想像の付かない壮絶なものだったろう。

 暫くうつむいていた小さな頭が 不意に小刻みに揺れだした。
「クククっ、ゾ〜ロ。テメェこんなもんも使ったのか。どうりで、煮物入れてた小鉢が足りねぇ訳だ。」
 サンジは片付けの時に見なかった小鉢が、格納庫の壁際に二個並んで光りを放つのを見て腹を抱えて笑った。
 サンジは酒が入ると喜怒哀楽が激しくなる。
 元々激しいのだが、昼間のポーズのような激しさとは違い、感情に素直な穏やかな激しさになる。
 今日は祝われた事もあってご機嫌のようだ。

 立ち上がると壁際まで行き 一つの小鉢を持ち上げた。
「くくっ、三個も入ってやがる。」
 振り返って見たゾロはぶすっと酒をついでいる。
 胸の高さにある光りにサンジの顔は照らされる。
「この歳に救助されて、造船を頼んで、この歳にほぼ出来上がった。船のデザインや、インテリア、食器考えるの楽しかったなぁ。言っとくが、あの魚の頭考えたのは俺じゃないぜ。クソジジィだ。んで、この歳に元海賊と一緒にレストラン始めた。」
 一つづつ愛おしそうに指差して話し吹き消し小鉢を置くと、もう一つを取り上げた。
「暫くは2人無我夢中だった。寝る時間さえ惜しかった、俺は覚える事もいっぱいあったし・・・。そおいやぁ、副料理長になったのはこの歳だ。」
 鉢の中で揺らめく3つを一気に吹き消し、ゾロの隣に戻る。
 酒はゾロが殆ど飲んで瓶は空だ。満たされていたグラスを口に運ぶとちびりと飲んだ。

「16で副料理長か。すげぇな。」
 黙って飲んでいたゾロがサンジを見る。
「俺ァ天才だからな。知ってっか、天才は99%の努力と1%の才能が必要なんだぜ。」
 横に置かれたグラスを手にしてロウソクを消した。
「ジジィに会ってなきゃオールブルーはただの夢物語だと忘れるような大人になってたかもしれねぇし、その辺の場末のコックに成り下がってたかもしれねぇ」
 又一つロウソクを消す。
「あ、あぁ。じゃ、そのジジィに感謝しねぇとな。」
「ンァ、テメェが感謝すんのか。クソジジィに。」
「そうだ。てめぇの乗った船を襲ったのが、そのじいさんで良かった。脚を食らってまでてめぇを生かしてくれたんだろ、てめぇと同じ夢を信じるじいさんだからてめぇは夢を諦めずにいれたんだ。それに、じいさんがトップクラスの料理人で良かった。てめぇが見掛けによらず努力家なのも。じゃなければてめぇがこの船に乗ることも無かったろうからな。そしたらテメェと会うことも無かった。」
 それは困る。と呟きながらサンジの手の中のグラスを取り上げた。
「マリモがやけに饒舌だな。」
 顔を見合わせて笑う。
「この歳に俺達出会ったんだな・・・」
 ゾロが19個目の光りを指で摘み消す。
「あの頃てめぇは気に入らねぇ野郎だった。何にでも突っかかってきやがって。‥ルフィの奴最悪なコック連れて来やがったと思ってたぜ。」
「そりゃ、テメェの方だ。短気な大剣豪」
「・・・違ぇねぇ」
 クッと喉を鳴らして笑った。





「ビビちゃんやロビンちゃんにも会えた。」
「あぁ、ナミにもな」
「ゴムにも鼻にもトナカイにも・・・カルガモにも会った。世界一の野望を抱く寝腐れ剣士にも出会っちまったなぁ。」
 僅かに上目使いで嬉しそうにはにかむサンジはグラスを飲み干した。
 上気した顔は小さな炎に照らされて輝いて見える。
 こいつは何年経っても出逢った頃と変わらねぇ、無邪気でいつでも俺を煽りやがる。
 ゾロは今すぐに抱き込みたくなる気持ちを押さえて、
 簡易ベッドの毛布を捲るとワインボトルを取り出しサンジに差し出した。
「やる。っうか飲もうぜ。」
「これ、俺達の生まれ年のワインじゃねぇか。」
 今夜3度目の驚きに目を見張る。
「マリモにこんな芸当が出来るとは、・・・伊達に歳を重ねた訳じゃねぇんだな。」
 しみじみとした口調で呟きながら胸の前でボトルを撫でるサンジの肩をゾロの腕が引き寄せる。
「五月蝿ぇ。酒の他に何も用意してねぇ。それだって有名なモンじゃねぇしよ。・・・、悪ィがな」
「や、充分だ。最高の贈り物だ、クソ野郎。」
「口の悪いのは変わんねぇな、グル眉。」
 肩に寄りかかったままワインの封を開る金髪に指を通す。
 サンジは二人のグラスにワインを注ぎ、キャンドルの入ったグラスにもほんの少し垂らした。

 ジュッと音を立て 一つ灯りが消えた。
 水の透明に赤ワインが混ざる。
「二十歳か・・・・・・この歳には テメェが将来こんな芸当が出来るマリモに成長するとはマジで思わなかったぜ。」
「俺もだ。」
「だよなぁ。テメェはンナ事全く興味なかったもんな。天然記念物って感じでよ。付き合い始めたっつってもそれまでと何一つ変わんねぇし、ヤりてぇだけで告ってきたかと思ったぜ。」
「ンな事ねぇ。てめぇが他の奴らに知られたくねぇっつうから・・・・・・努力したんだぜ俺ぁ。島に降りた時しかヤれねぇしよ。まぁ、別にヤリタイだけで告った訳じゃねぇから我慢したけどよ。」
 実はもっと側に居たかった。と言うゾロは、サンジの右手を取ると甲に唇を寄せた。

 慈しむような祈るような真摯なキスをする。
 手に触れた吐息にびくりとサンジが揺れる。
 昼からの宴でアルコールの蓄積された体はかなり敏感になっているようだ。
 照らされたサンジの目が細まり、口角が微かに上がるのを見て手に視線をずらした。
 このプライドを持って仕事をする、少し荒れた手をゾロは気に入っている。
「新しい仲間が増えて、船が代わったのはこの頃だったか。もっと前か。」
 又一つ灯りが消える。
「もう少し前だったかもしれねぇなぁ。厳つい船大工が来たのは。」
「あぁ、お陰で格納庫が他から離れた配置になって、てめぇを船でも抱ける。」
「ヤるしか頭にねぇのかよ」
 また一つ灯りが落ちる。
 クスクスと笑うサンジの右頬に、左頬に、キスの雨を降らせる。
「あぁ、いつでも抱けるぜ。誰が見てようと、どんな場所でも相手がお前なら抱ける。」
「・・・・・・・未来の大剣豪さまは露出狂ってか。」
 呆れたように言うサンジに笑って見せ、立ち上がると、離れた場所にある灯りを2人の周りに運び、順番に3つ消すと格納庫は、かなり薄暗くなった。
 ゾロは両手に揺れる灯りを持ってワインボトルの横に置くと
 サンジの体を斜め後ろから抱き込むようにして座った。
「なぁに、余裕無くしてんだよ。剣豪。一気に消しやがって・・・」
「やっぱり、俺ァこういうのは性に合わねぇ。ケツがムズムズしてくらぁ」
 そう言いながらも、横向きに抱き込んだサンジに 柔らかい笑顔を向け、右瞼にキスをする。
 髪をかきあげ左の瞼と額にも唇を寄せた。
 くすぐったそうに柔らかにサンジは笑う。

 知り合った頃には絶対に見せなかった無防備な感情を晒す笑顔。
 言葉では言い表せない年月が過ぎたのだ。
 日常的な戦闘。
 新たな仲間との出会いと別離。
 続く命がけの冒険。
 手に入れた宝は物ばかりではなく・・・。
 出会った優しい人達。
 初めての土地や国、島。
 不要な遠慮や誤解で2人の想いが行き違った事もある。
 その度に深くなった絆。


 そして熟成されるように 年月が少年を大人に変えた。
 ・・・・・しかし、サンジの場合は少し違うのかもしれない。
 確かに彼は大人に成長したのだが、少年の頃大人の中で育った彼は感情表現が下手だった。
 他人に対することには過敏過ぎるほど長けていたが、自分の事には全くもって無頓着で表に出すどころか 隠し、押し殺していたのだ。
 それ故に、初めての同年代にどう接していいのか解らずにいた。
 それに気付き、手を差し伸べ受け止め 共に過ごしたのがゾロだ。
 ゾロ自身もサンジと接する事で無くしていた感情を取り戻している。


 サンジの小さな頭を上に向けると薄く開いた唇に自分のそれを軽く重ね すぐに顔をあげると炎を消した。
 1つ残るゆらゆらと揺れる炎はグラスの中で輝きを放ち暗い格納庫の中で2人の顔を照らす。
「サンジ、誕生日おめでとう。」
「・・・・・・おぅ。」
 照れているのだろう。擽ったそうな、でも幸せそうな顔で頷いた。
 抱き締める腕に力がこもる。暫く2人黙ってそうしていた。
 沈黙も今は居心地の良いものだ。



「旨ぇな、コレ」
 静けさの中グラスを傾けたサンジが、小さく呟いた。
 体に回していた腕を外し ゾロは腹巻きをごそごそと探ると、サンジのグラスにキャンドルをおとした。
「何すんだよ」
 その問いに応えずゾロは先ほど消した筈の近くのキャンドルに火を付けだした。
 一つ‥2つ‥灯りを付ける
「これだけ一緒にいたんだなぁ。8年か・・・」
 最後にサンジのグラスに忍ばせた、紅い液体に浮かぶまだ芯の白いキャンドルにも。
「お前、言うことが寒ィぞ、クソマリモならぬ クソジジィめ。・・・・んでコレはなんだ」
 顔の前に持ち上げられた 紅いワインの上で最後に灯した火が踊る。
 よく見ると他のロウソクより一回り大きいようだ。
「ロウソクだ。見て判らねぇのか、てめぇ・・・・それは食えねぇぞ。」
 ゾロは はぁ、と溜め息を吐く。
「や、それ位ぇ判るし。テメェ、コックを馬鹿にすんじゃねぇよ。・・・じゃなくて一個多いぜ。」
「それはこれから先の未来の分だ。・・・ずっと一緒にいられるように、・・・サンジ。」

 サンジは柄でもないゾロの言葉に絶句すると 頭を後ろのゾロに預けた。
「・・・・・・・・・・そうだな。死ぬ間際までテメェの横にいれたらいい。こんな、壊れちまったテメェの側でもな。」



 俺達は海賊で、明日の命の保証はない。
 目指す高みは世界一で、それは常に死の影が見え隠れしている。
 探し続ける海域は、何処にあるのかも解らず航海には危険がつきまとう。
 それでも 2人は共にあり続けたいと願う。
 互いの夢物語が現実になる時、己が隣で笑って抱きしめたいと願う。



「クソマリモ、俺のグラス使えねぇじゃねぇか。」
「・・・。」
「・・・ンッ。」
 がしりとごつい手が顎を掴む。
 芳醇なワインの薫りとアルコールが口腔に流れ込んでくる。
「必要ねぇだろ。」
 離れた唇から飲みきれなかったワインが顎を伝う。
 それを熱い舌が追った。


 甘い夜はまだ始まったばかりだ。

fin







一応、27歳頃という設定なんですが・・・・ゾロが壊れてます(泣)
とにかく甘い二人にしたかったんです。それには19歳じゃダメだろうな、
なぁんて年取らせてみたんですが、・・・・まぁ個人的にはこんな二人も好きかもです。  2005.2.21 もる